第29話 みいつけたぁ
「よし、鉄素材の格納はこれで一通り完了」
「思ったよりも早く完了したね」
AIが鉄工所にある鉄素材を片っ端からDiCEへ格納するまでに十分ほどで完了した。
保存した鉄素材は全部で五十個ちょうどにした。
これは次元Aの六面体に保存可能な個数制限に達した為である。
「じゃあ、ここにはもう用はないから服の修理と素材を確保しに行こう」
「OK」
例のアパレルショップへ向かい、慣れた手つきで自身のボロボロになったジャケット、タンクトップ、ショートデニムを新調していく。
「これで良し! やっぱ新品はいいね~」
ついでに服を作成、修復するのに必要な素材を纏めて次元Bの六面体へ格納した。
(これでしばらくの間は服の心配をする必要もなくなりそう)
次元Bの保存領域はまだ四十個ほどの空きがある。
「よし、じゃあ久しぶりに新宿御苑へ戻って、明日の準備を整えよう」
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新宿御苑
「うわー、なんだか懐かしいな~」
「ここに戻るのは約一か月ぶりくらいだもんね」
「うんうん、奥多摩で結構いろいろあったもんなぁ」
「ほとんどはAIの修業期間だった気もするけど……」
「それもそうだけど、私は動物を救うことができて本当に良かった。それが私のこれからの希望にもなったしね」
「この世界を回って少しでも動物を多く救うって話だよね?」
「うん、少しでも多くの命を助けてあげたい……」
「……それで最後はどうなるのかな?」
「それは私にも分からない……。だけど、今できることをやりたいの!」
「そうだね、ぼくもそれでいいと思うよ」
「あ、そうだ! 今日は久々にまた菜の花料理と鉄料理頑張ってみようかな!」
「そういえば、ここへ初めてきた理由も菜の花で料理するためだったね(ぷぷぷ)」
ラヴが当時のことを思い出してまた思い出し笑いをする。
「なに思い出して笑ってるの?」
「いや、なんでもないよ(ふふ)」
自然と笑みが漏れるラヴに不思議な顔をするAI。
彼女は自身が人間と同じ食物を食べたときの反応を忘れているのだろうか。
ラヴはまた“事件”が発生するのではないかと不安に思い始めた。
そんなラヴの思いも知らずに彼女は着々と調理を進める。
今夜は近くで入手した水で菜の花を茹でて食べるようだ。
鉄料理は遠目で見ただけでは正直よく分からない。
それから十分ほどが経過して、完成した料理が即席テーブルの上に並べられた。
「どう!? 鉄ハンバーグに茹でた菜の花の盛り合わせ」
「うん、なかなかシュールな見た目だねぇ。あはは」
目を閉じて苦笑いしながら答える彼を見ると、「そんなことをぼくに聞くんじゃない!」と思っていそうな雰囲気だった。
「ではいただきまーす!」
(結局食べるのは私一人なのがちょっと寂しいところね)
どこで用意したのか、彼女はフォークやナイフといったカトラリーもちゃんと用意しており、カチャカチャと音を立てながら丁寧に食べていく。
鉄ハンバーグは通常の方法では食べられないため、直接高熱を加えて柔らかくする。
それをうまくフォークで刺して口元へ運ぶ。
二度手間だが、彼女はより人間らしく振る舞いたいと願い、そのこだわりが見受けられた。
二人はこのあと、ほどなくして眠りについたが、まだ起きている段階でAIの消化活動による愉快なラッパ音が響き渡った。
笑いを必死にこらえながら、寝たふりをするラヴ。
音が出た瞬間に「またやってしまった」と寝ながら赤面するAI。
とても静かな夜であった。
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ロックの森
パカラッパカラッパカラッ
『はぁ、はぁ、たすけてーー!』
ダダダダダダッ!!!
暗闇の森の中を必死に駆け回る鹿。
それを追うハンドガンを持った謎の人影。
ジャカ!
バヒュン! バヒュン!
バシュ!!
『っいたぃぃ……!!』
男が銃で撃った弾丸が鹿の足に命中した。
鹿はその場に倒れこむ。
「だから逃げても無駄だってぇ……」
ガッ!
「言ってるだろぉ!」
バキッ! ドゴォ!
キャン! キャン!
男は銃をしまいながら弱った鹿にさらに数発の蹴りを浴びせる。
鹿があまり動かなくなったのを確認すると、男は片手で鹿の角を持ち、もう片方の手で腰のホルダーからナイフを取り出した。
「もういいかなぁ、殺してもいいかなぁ……はぁはぁ……」
男は「ニタァ」っと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、鹿の首筋にナイフをあてる。
■■■■■■
「やめろーーーーーー!!!!!」
ガバ!!
悪夢にうなされていたのか、大声を上げながら目を覚ましたAI。
「あれ? 夢か……?」
夢にしてはとても鮮明な感覚に戸惑いを隠せない。
(今見ていたのはどう考えても私が助けた鹿、そして近くの森)
「なにか、ものすごく嫌な予感がするな……」
となりでむにゃむにゃしながらラヴも目を覚ます。
「こんな早くからどうしたんだい? まだ朝の四時だよ」
「なんか気持ちの悪い夢をみちゃってね……」
「へぇ、そんな珍しいこともあるんだね?」
「前にも夢は見た気がするけど、こんなに鮮明じゃなかったし、気持ち悪い感じではなかった」
「ストレスでもたまったるんじゃないの? まだ早いからもうひと眠りさせて~」
そういいながらラヴはまた目を閉じようとする。
「ダメ。今すぐ、ここを出る!」
彼女はすぐに起き上がって体をほぐす。
「え~本気で言ってるの?」
「嫌な予感がするんだ、すぐに保護施設へ戻りたい」
「そうっか、じゃあ急ごう!」
急いで身支度を済ませたAIたちはバイクに乗って新宿御苑を後にする。
「ラヴ、もう一度、最短ルートで行ける道を探してくれる?」
「あいあいさー!」
ピピピ!
「うーん、やっぱりどんなに急いでも三時間くらいはかかりそうだよ」
「それは、迂回した場合でしょ? ちょっと無茶してもいいから最短距離で到着したい」
「OK、じゃあ僕が地図を見ながら指示するから、それに従って! なんとか二時間以内の到着を目指そう!」
ブイイイイィィン
いつもより激しい音を立てながら猛スピードで走るAI。
(急げ、急げ、急げ!)
■■■■■■
二時間後
ブルルルルンン!!
キキィーー!!
危険な勢いで奥多摩の入り口までやってきた二人。
途中で何度も事故を起こしかけたが、その度にAIの超絶なテクニックで回避していた。
「やっと着いたぁ! ここからも急ぐよラヴ!」
バイクをその場で倒してすぐに駆け出す。
ここから保護施設までどんなに急いでも一時間はかかってしまう。
(お願い、みんな無事でいて!!)
□□□□□□
AIたちが奥多摩の森に到着する数時間前。
バババババババ……
「レーダーの反応だとこの辺のはずだよなぁ……」
ある男が小型ジェットに乗って奥多摩の森付近の上空を飛んでいる。
ピコン、ピコン
何やら生体反応を捕捉するレーダーらしきものを片手に窓から下を見下ろす男。
顔にはドラゴンのタトゥー、逆立った白髪に白いひげ。
男の顔面には“悪”が表出していた。
さらにジャケットから出ている腕はサイボーグのそれだった。
「あぁー、早く殺してぇなぁ。獲物を見つけるのは久しぶりだからなぁ。くくくく……」
男は不気味な笑みを漏らしながら着陸可能なポイントを探す。
その時、森と山岳地帯の中腹に位置する荒野が広がる中央付近に木の家があるのを確認した。
「ん? あの建物、すごく新しいねぇ。怪しいねぇ」
バババババ……
ヒュウゥゥゥゥン……
男は器用に旋回しながら木の家の近くに小型ジェットを着陸させる。
「ふぃぃぃ。くせぇ、くせぇぞ、ここはぁ。思ったよりもでけぇ小屋だなぁ」
男は小型ジェットから降りてからも木の家の様子を確認しながらゆっくり静かに近づいていく。
いつの間にか手にはハンドガンを構えていた。
「間違いねぇ、ここにいる。まだ寝てやがるかなぁ」
男が小屋の前まで来てそのドアノブを握る。
小屋の中の様子は外からはまだ分からない。
ガチャ
キィーー
ゆっくりとドアが開かれる。
目の前の部屋はテーブルや寝具などが置いてあり、人間が使用するような部屋だった。
「ここにはいねぇ。奥かぁ?」
その時、奥の部屋でドアの開閉音で鹿たちが静かに目を覚ました。
『ねぇあなた、こんな時間にお姉ちゃんたち帰ってきたのかしら?』
『うん? でもいつもとなんか違う匂いがするぞ』
親の鹿たちは野生の勘ですぐに男の異常な殺気に気付く。
そしてその危険度から今すぐにこの場を離れなければいけないことも。
『まずい!! あなたたち早く起きて!!』
『ん? こんな早くに何なの。ママ?』
『いいからお前たちはこの後ろのドアから出て森の方へ走るんだ!! 急げ!!』
『分かったよ、パパ』
鹿たちは男が部屋を開けて気付かれる前に、自分たちの子供二頭を先に森へ逃がす。
『必ずあとから追いかけるからね……』
『我々は少しでもここで時間を稼ごう、いいねママ?』
パカラッパカラッ
パカラッパカラッ
子供たちが小屋の放牧エリアから出ていく様子を見守りながら、覚悟を決める親鹿たち。
「ん? 奥の方で音がするなぁ、動物のよぉ」
男が早足で奥につながる部屋へ近づきドアを勢いよく開ける。
ガチャ!!!
「みいつけたぁ♡」
―――――
第29話 完




