第20話 体力テスト1
「どう? まだ臭い?」
滝エリアから保護施設まで戻ってきた二人。
AIは早速昨日と同じ大人の鹿に腕を近づけてみる。
すると、鹿は「フンッ」と言いながら、舌で腕をペロッと舐めた。
「うわわわ! 何々? 合格ってこと?」
「あはは、良かったねAI。『舐める』ってことは信頼された証じゃないの?」
「うは、そうだといいんだけど、こら! 顔はやめてー」
勢いで顔まで舐めようとしてきた鹿に対して愛着が湧きつつも逃げだす彼女。
「じゃあ、ラヴそろそろ特訓始めようか!」
「Yes! 待ってました~!」
「ここだと鹿さんたちがいるから、場所をあっちに変えようか!」
「OK!!」
時刻はお昼を回ったところ。
二人は保護施設からすぐそばで広いスペースのある場所まで移動してきた。
「さて、それじゃあ昨日話した特訓を始めたいんだけども……」
「うん、何やる? 走り込み? 筋トレ?」
「確かにトレーニングも必要なんだけど、まずは自分の能力をなるべく正確に把握しておく必要があると思うんだ」
「確かに! 現状を知っておかないと、どれだけ成長したのか定量的な判断がしずらいよね!」
「その通り、と言っても、人間と違ってAndroidの私は基礎となるフィジカル面での成長は期待できない。だから『最大値』を知っておくことに意味があるのかな」
「その通りだね! つまり体力テストってとこだね!」
AIは自分の力がどれだけなのかを把握するために、テストする内容を簡単に決めた。
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1.腕力:最大でどれくらい重たいものまで持ち上げられるのか
2.パンチ力:全力で岩を殴ると、どれほどの破壊が起きるか
3.キック力:全力で岩を蹴ると、どれほどの破壊が起きるか
4.スピード:全力で走ると、どれほどのスピードが出せるのか
5.握力:全力で岩を握ると、どれほどの破壊が起きるか
6.エネルギー総量:熱エネルギーを使用するとどれほどで枯渇するのか
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「ざっと、こんなもんかな。これくらい把握できれば、ある程度の指標にはなるよね。具体的な数値で測れるモノじゃないから、見た目とか感覚だよりな部分もあるけど……」
「うん、いいんじゃない? 知りたくなったらまたテストしてみればいいんだしね」
もちろん、鉛筆やノートなんてものはない。
これは彼女がラヴと共有可能なデータエリアに書き込んだデジタルノートである。
はたから見れば二人はテレパシーのような方法でコミュニケーションを取っているように見えているだろう。
「じゃあ早速腕力から計測してみる! 私がこの間集めた丸太の木材でチャレンジしてみようかな」
「いいね! おそらくAIほどのスペックだったら重量が分かるプログラムがデフォルトでついてるよ」
「なるほど! 今まで意識してなかったけど、頭で命令すれば重さくらい測れるのかな」
「そのはずだよ! 試しにそこの石を持ってごらんよ」
彼女はラヴの提案通り、足元に転がっている石ころを拾い上げた。
「……」
頭の中で命令を出してみる。
(この石の重さを知りたい!)
ピピピ!!
すると視界に石がロックオンされたような囲いが入り、そこから線が伸びて「重さ:212グラム」と表示された。
「おおー! すごいぞ! この石は212グラムだ!!」
「やっぱりねー! 重さぐらい測れて当然だよ!」
「じゃあ、丸太重量挙げチャレンジ行ってみよう!!」
「いいねー! なんか盛り上がる!」
彼女は加工した丸太(高さ3~4メートル、直径約30センチメートル)をまずは一本だけ地面と平行に両手で抱えて持ち上げてみる。
「そりゃ!」
彼女は丸太一本を軽々と胸の近くまで持ち上げてみせた。
(丸太一本なら余裕で持てるね!)
ピピピ!
重量を見てみると、305キログラムであることが分かった。
「ラヴ! これ一本で305キログラムだって!」
「すごいね! 基準が分からないけど、普通の人間に持ち上げるのは無理な重さであるのは確かだと思うよ」
「じゃあ、次は二本行ってみるか……。そうりゃぁ!!」
ピピピピ!
「くう、ご、589キロ……」
ドドッスン……
重さというより、二本を同時に抱え込むのが大変だった。
この後、三本持とうとしたが、やはりうまく持てずに丸太を転がしてしまったため、計測不能となった。
「正確な重量確認は出来なかったけど、少なくとも600キロ近くの重さは持ち上げることが出来そう!」
「うん、これだけでもAIはオリンピック選手の世界記録を優に超えてるよ!」
(よし、なんとなく自信が湧いたぞ!)
「じゃあ、次はパンチ力を試してみよう! えーっと、適当な岩を――」
「あ、あのさ、いきなり岩をなぐるのもなんか、気が引けるというか……。万一それで私自身の腕が壊れちゃったら元も子もないじゃん? だから、岩じゃなくてまずは、もう少し柔らかそうなので試さない?」
「それもそうか、岩くらいじゃAIの腕は壊れないとは思うけどね……。それなら、この地面でも思いきり殴ってみたら?」
そう言ってラヴが地面をコンコンとつま先でつついて見せる。
「なるほど! 地面ね! 確かに岩よりはましだね、たぶん土だし」
彼女はその場にしゃがんで右足で立ひざをつくり左腕を高く上げた。
そして、思いきり地面に向かって振り下ろす。
「せーの!」
ビュン!!
ズァグァァァンンン!!!
「うわぁぁ……」
……パラパラ
自分で殴った箇所が思ったよりも大きなクレーターとなり、彼女自身がバランスを失って、穴の中心に転げ落ちる。
砂煙が落ち着くと、半径二メートルほどのクレーターが出来上がっていた。
「ぶはっ! 思ったよりも威力があったよ」
「だから言ったじゃないか! きっと岩殴っても平気だよ!」
「最悪、腕が変形する程度なら回復もできるだろうし、試してみるか……」
「じゃああそこに見えるAIと同じくらいの高さの岩を殴ってみて!」
彼女は岩に近づくと、思ったよりも岩の大きさや厚みに戸惑う。
岩のサイズは高さ約1.6メートル、横幅約2メートル、奥行き約4メートルほどのひし形である。
(果たしてこれを思いきり殴って本当に無事でいられるのだろうか……)
彼女は思い切って振りかぶり体を左へとねじる。
そして、岩へと向かって思いきり左ストレートのパンチを繰り出す。
「フッ!!」
ビュオッ!!
!!!!!
ズゴォォォォン!!!
パラパラパラ……
凄まじい破壊音が響くと同時に、彼女の拳が触れた部分の岩が砕け散る。
岩は殴られた勢いで回転しながら7~8メートルほど後方まで飛ばされた。
「ふー、良かった……。私の拳も無事みたい」
ラヴも内心彼女の腕が破壊するんじゃないかとドキドキしていたが、無事で安心した。
「やっぱり、すごい破壊力だね! こんなの食らったらモンスターだってひとたまりもないよ!」
「そう、当たったくれればね……。動かない相手だからこそ、この破壊力が出せるんだけど、きっとモンスター相手ではそういかないよ」
「確かにそうだね、敵と対峙したら攻撃をあてるのでさえ必死になるからね」
「そう、だからこの一撃を食らわせるための“格闘術”が私には必要なの。単純な力がいくら強くたって、それが相手に通用しなければ意味がないからね」
「格闘術かぁ。僕が教えてあげられればいいんだけど、今ではサイネット上からスキルセットのプログラムが失われてしまったからねぇ……」
かつては彼の言うように様々な技術のスキルセットがサイネット上に存在しており、ハーフロイドはそれをダウンロードしてインストールすることで、その技術を簡単に再現する事が出来たのだ。
だが、戦争終結時の大爆発によってそのほとんどが失われてしまった。
今では座学を画像イメージや書籍データなどで学習する事は可能だが、実際の体術は独自に練習して体得していかねばならない。
「まぁ、格闘術のことはいったんおいといて、次にキック力試そうかな……」
この調子でAIは予定していた能力をいろいろな方法で確認していき、結果は次の通りとなった。
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1.腕力:約600キロの重量上げが可能
2.パンチ力:地面は2メートルのクレーターができる、岩は破壊され7~8メートル吹っ飛ばされる
3.キック力:岩を破壊し10~11メートル吹き飛ばされる
4.スピード:50メートルを全力ダッシュで約5秒で駆け抜ける
5.握力:手の平サイズの岩を片手で4~5個に砕く
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おおよその力量を把握したAI。
残すところ、エネルギー総量のテストのみとなった。
(ここからがいよいよ本番って感じね……。どうか、うまくいきますように!)
―――――
第20話 完




