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第1話 TOKYO

 AIが完全なAndroidとなって初めて訪れた場所はかつて「Tokyo」と呼ばれた大都市だった。


シュタ、 シュタ、 シュタ、 シュタ、


(もうだいぶ歩いてきたはずだけど……。そろそろ、何かないかな)


シュタ、 シュタ、 シュタ、 シュタ、


(おかげさまであんまり疲れは感じないようだけど、精神的に同じ景色ばかりはしんどいよ)


 ただ歩いているだけだが、まだこの世界のことや自分の体のこともよく分かっていない。

 AIはただ何かしらの情報を求めてひたすら彷徨う。


 今何時なのかも分からないが、太陽の位置で午後を回っているだろう事を推測する。

 急ぐ必要はないので、仕方なく歩き続ける。


 喉の渇きを感じない、空腹も感じない、呼吸をするという事さえも頭には浮かんでこない。

 そんなAndroidの不思議を実感しつつ、一方でこれも悪くはないと前向きに考えるAI。






■■■■■■






 それから更に一時間ほどが経過……



「ここはどこだろう」



 AIは復活した海岸から道なき道を突き進んで数十キロほど歩いた後にようやく町らしきものを見つけた。

 しかし、やはりそこは廃虚となっていた。


 落下している道路標識の掲示板らしきものに目を向けると「Tokyo」という文字が目に入った。


「確か『Tokyo』って日本語で言う『東京』のことだよね?」


 AIは復活した時に読み込んだ「一般常識」の記憶から「Tokyo」に関する情報を思い出して一人呟く。


 そこはかつて世界の大都市に分類される高度に発展した経済圏の都市。


(以前の記憶はほとんどないけど、一つの情報だけでそれに起因するあらゆる情報を芋づる式に引っ張り出すことが出来たみたい。不思議な感覚だけど便利ね)


 さらに歩を進め、かつて「東京」と呼ばれた大都市が崩壊した様をじっくりと観察しながら現状の理解に務める。


「色んな建物があったんだなぁ……」


 人間だった頃の記憶のないAIにとっては、眼の前の惨状を前にしても、今はただの瓦礫の山にしか見えない。


 不思議なことに、人の死骸や生物の気配が全く無かった。


(それにしても、こうも瓦礫だらけだとなかなか歩きづらい)


 ここはかつて商店街だったのか、日本語で書かれたお店の看板と思われる落下物がそこら中に転がっていた。



居酒屋 呑兵衛タロウ

ファミリーレストラン「OceanClub」

FoodMarket リブス

ラーメン 虎太郎

Mobileショップ Airbit東京

高級寿司 EDOMAE



 たくさんの看板が面白くて、AIはそれらをジグソーパズルのように並べて読み上げてみた。


「へー、ってか私も元は日本人だったっぽいよね。確証はないけど、復活後の標準言語が日本語だし、日本語への違和感とか全く無いもんね」


 体はその辺のスクラップの寄せ集めで元の顔がどうだったのかなんて知る由もないAIが呟く。


 今はとりあえず断片的な記憶「漫画家、夢」だけを頼りにこの世界を見て回ることしか出来ない。


 AIは復活してから漠然と歩き続けていたが、改めて世界崩壊の惨状を目の当たりにして少し戸惑ってしまう。


(何で私だけが復活したんだろう。それに「人」ではなくAndroidとして)


 AIは自分が復活した経緯を良くわかっていない。

 そして“人”としての自覚があるにもかかわらず“体”はAndroidとなってしまった違和感。


(私以外の誰か、人じゃなくてもいいから、何か情報が欲しい)


 ……廃虚を散策してふと気づく。


(苔が青々している箇所が多々あるみたい。少しは自然に戻りつつあるということなのかな?)


 壊れた車、壊れたバイク。

 鍵付きを見つけるがもちろんエンジンはかからない。


 かつて多くの人が行きかっていたと思われる大通り。

 物音がしたと思って振り返っても空き缶のごみが転がる音だった。


 比較的きれいに残っているホテルを発見したAIはその中に入ってみる。

 だが、人がいた形跡は残っていない。


 食料などもない。

 水道も壊れているのでシャワーはもちろんでない。


「どれもダメか……」


(大爆発が起こった後に生き残った人々もいたはずだ)

(彼らは一体どこへ消えてしまったのだろう)


 何となく喉が渇いた気がした。

 AIは自分の力で水が作り出せないか試行錯誤してみた。


「てい!! うーん、やっぱ無理かー」


 まるで魔法でも放つかのような所作で右手を前に繰り出してみるがもちろん何も出ない。


 そもそも自分の動力源が何なのか分からない。

 なんで自分は電力供給もないのに動けているのか。


 水分も必要としていないようである。

 何かしらの力を変換して動力源となるエネルギーに変換しているのだろうが、この時のAIはまだ自分のシステムについて理解が追いつかない。

 細かいことはあまり気にせず、また必要な時に考えようと切り替えるAI。


(普通に生きている人間だって自分がなぜ呼吸出来るのかなんて意識しないしね)


(……だって、それが当たり前だから)

(……私もきっとAndroidの『当たり前』を享受しているのだろう)


(どこかに科学者でもいれば私の体の構造について聞いてみよう)






■■■■■■






夕方




「はぁー、奇麗だなー」


 廃虚にきれいな夕日が落ちる。


(復活する前にただの夕日を見てこんなに感動した事なんてあったのかなぁ)


 何もなくて空しくて寂しさを感じるが不思議と心地も良い。

 ホテルの空き部屋に戻ったAIは何となく疲れを感じていた。


(今日は復活してから動きっぱなしで、体力的な疲れはないはずなのに、眠りたい気分だなー)


 ベッドの上に横たわると、通常よりも軋む音がした気がした。


 目を(つむ)ったAIは今日そのまま眠ることにした。






■■■■■■






真夜中




 愛衣は机に向かって必死に何か作業していた。

 何の作業をしているのかは自分でも分からない。

 ただ、その表情はとても必死のようだが笑っているようでもある。


 しばらくすると、何かの作業が一段落したらしく


「ふうー……」


 ……というため息とともに、座っている椅子の背もたれに寄りかかる。


 何やら幸せそうな表情だ。


 その時、古びた椅子の背もたれに限界が来たのか「ピキッ!」という音とともに激しく背もたれが崩れてしまう。


 愛衣も一緒にバランスを崩して床に転倒する。



―――――


第1話 完

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