第14話 決死の逃避行
分岐パターンA
(正規ストーリー)
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しばらく進むとより霧が濃くなっており、数メートル先までしか視界が確保出来なくなった。
静かに進んでいると、十メートルほど先で複数の動物たちの気配がした。
(何だろう、モンスターか?)
何やら動物たちが円を囲んで動き回っている様子だった。
さらにその動物たちの周りが火で囲まれている。
モクモクモク……
バチバチバチ……
霧の発生原因はどうやらその火による特殊な煙のようだった。
どうやって火が発生したのか分からないが、動物たちは燃えさかる炎を気にしている様子はない。
もう少し近づくと、人間ほどのサイズ感のある全身赤色をした猿らしきモンスターの群れであることが分かった。
そして、そいつらが数匹の鹿を囲んで攻撃している。
鹿達は足や体を怪我しているらしく、その場でうずくまり動けない様子だ。
ギギギイイイー!!
ギギー!
ビシッ! ザシュッ!
「……まずいよAI、あれはオイリーモンキーの群れみたいだ」
「オイリーモンキー? 要は猿のモンスターってことだよね? 何がまずいの?」
「やつらの攻撃手段で厄介なのが口から緑色の粘着物を吐き出すんだけど、それが可燃性なんだ」
「えっと!? ってことは、そこかしこにあった緑の物体って奴らが吐き出した物だったって事!? きもちわるうぅ……」
「そうみたいだね、しかも一度それに火が付くと水を掛けても消化出来ないくらいしつこく燃えるらしいんだ。そのせいで一度燃えた火がしばらく燃焼し続けて煙が霧みたいになるらしい」
「なるほど、あの緑の物体と火は危険ってことだね」
「それに加えて奴らの身体能力がかなり高くて物凄く俊敏みたい。普通の攻撃は当てられないし、奴らの攻撃も早すぎて避けられないって」
「そっか、情報ありがとう。ってことは今の私には到底手に負えないモンスターってことだね……」
(悔しいけどここは引き下がるしかないか……)
「うん、それが無難だと思うよ。相手は集団だし、今ならまだ僕らに気づいてない」
猿たちに視線を向けたまま後退するAI。
(なんかものすごくデジャヴなんだけど、気のせい?)
その時、オイリーモンキー達に囲まれている鹿の一匹と目が合ってしまったAI。
『お願い、たすけて……』
その鹿はまだ子供のようだったが、とても美しい顔立ちをしていて、それは離れた場所からでも分かった。
その目が必死に訴える。
AIに助けてほしいと。
ギーギギィー!!
ザッシュ!! ザシュ!!
一匹のオイリーモンキーがその子鹿の足を引っ掻いた。
キャン!! キャーン!
痛々しく鳴く子鹿。
ギギーギギー!
ギギー!
オイリーモンキーは鹿に致命傷を与える訳でもなく、少しずつ痛めつけてまるで残虐行為を楽しんでいるようにも見えた。
ウギギギー!
ウッゥーー!!
ッシャ!!
オイリーモンキーが追撃を繰り出そうとした次の瞬間。
AIは右手に持つダガーを全力で投げ放った。
ズッビュン!!
完全に油断していたオイリーモンキーだが、数匹が異変に気づき「ギギー!」と騒ぐ。
慌てて振り返ったオイリーモンキーの腕にダガーが命中した。
ギィギャーー!! ギャーーッス!
ギャーーッス!!!
ダガーの飛んできた方向に相対して「ズザザザー」っと後退し纏まりを作るオイリーモンキー達。
集団の視線は完全にAI達を捉えていた。
「あーあ、やっちゃったねー……」
「だって、あんなかわいそうな子たちを放っておけないよ!」
(ただでさえこんな世界だって言うのに、何で無残にも命が奪われなきゃいけないんだ!)
AIは激しい怒りの衝動が抑えきれなかった。
「だけど、怪我した鹿たちを連れてどうやって逃げるって言うのさ?」
「そんなの、考えてる余裕がある分けないでしょ!」
「やっぱりそうだよね…… 本当に困ったねえ……」
「ねえ、ラヴならあいつらの攻撃やり過ごせるよね?」
「ん? 何言ってるのかな?」
「ラヴがあいつらの注意を引き付けている間に私が鹿たちを何とかする!! いい!?」
「ちょっと、何その作戦!? 全然良くないんだけど!」
「だってあなたは実体がないんだから奴らの攻撃なんて痛くもかゆくもないでしょ!!」
「それはそうだけどさぁぁぁ……」
「ね! だからお願い!! もう奴らが動き出すよ!」
「仕様がないなぁ、でも上手くいく保証は出来ないからね!」
「ありがとう! うん、5分くらい粘ってくれたらきっと逃げ切れる!」
「5分!? そんなに長い時間気を引くって、大丈夫かなぁ」
「きっと大丈夫! ラヴならできる! 私は信じてるから!」
タタタタタタ……
ラヴがオイリーモンキー達の斜め前まで走り出す。
「ほうーら、こっちにおいでー!!」
「……」
オイリーモンキー達はラヴに対して脅威を感じていないのか、一瞬だけ見て再び視線をAIに戻して警戒を強めた。
(いやいやいやいや、そこは役に立ってラヴくん!!)
「仕方ないな……。あれを使うか」
ラヴがそう言うと体が急に光かがやき出した。
オイリーモンキー達も何が起きるのかと視線を向ける。
ラヴの体が足元から少しずつ別の生物へと姿を変えているようだ。
最終的には眼の前で横たわっている鹿と似た姿となった。
オイリーモンキー達は何が起きたのかよく分かっていないようだが、標的を私ではなく鹿に姿を変えたラヴに変更したようだ。
(よし! ナイス!)
ラヴはその姿のまま少し足踏みをすると、遠目でオイリーモンキー達の周りを一周し、やがて森の方へとかけていった。
オイリーモンキー達は「ギギー」と言いながら全員でラヴを追いかけて行った。
おそらく鹿たちは既に怪我を負っていて、その場から動けないと判断したのだろう。
すかさずAIは怪我をした鹿たちに駆け寄る。
鹿たちは少しだけ「ビクッ」と反応するが、AIに敵意が無いことが分かると気を落ち着かせる。
「もう大丈夫だから!! 助けるの遅くなっちゃってごめんなさい」
AIは鹿たちの様子を見る。
大人の鹿が二頭と小鹿が二頭の計四頭。
それぞれが体の至る所を怪我しており、息を荒げている様子であった。
中でも小鹿はケガのダメージが酷く一刻を争う様子である。
(これはまずい。ラヴの言った通りこの子達を連れて逃げるのは不可能だ)
「それならば……!!」
AIはおもむろに胸ポケットに手を突っ込み、持参していた「鉄トースト」を取り出した。
それを勢いよくかじり出す。
早く食べるコツは既に分かっていた。
自身の持つ熱エネルギーを指先に集め、適度な柔らかさに鉄を熱するのである。
そうすることで、咀嚼がスムーズになり食べやすくなった。
ガツガツ!
ゴクンッ!!
目の前のAndroidが突然鉄の塊を食べだして不思議な表情で見つめる鹿たち。
急いで「鉄トースト」を食べ終えたAIは最もダメージの酷い小鹿に近づき、そっとケガしている箇所に触れる。
急に触れられた事に鹿は警戒心を強めるが、動く気力は無かった。
「ごめんね、すぐ良くなるからね」
そう言うとAIは【再生】と呪文のように言葉を発する。
カチカチカチカチカチ……
ガチガチガチガチガチ……
キュウゥーーー……ンン
鹿が怪我している箇所が「パァッ」と不思議な光に包まれた。
それはまさにAIが自身を回復させる時と同じ光景だった。
みるみるうちに鹿の足や体の至る所が鉄のような部品によって覆われていく。
まるで生物と無機物が一体化するように鹿はサイボーグ化した。
そして、何事も無かったかのように鹿は立ち上がり、怪我から全快出来た様子である。
「やった! 上手くいった!」
その場でしゃがんだままAIが激しくガッツポーズをする。
無我夢中で治療してみたが、AIにも上手くできるかは分からなかった。
それでも「これしか方法が無い」と強く思う事で「生物をサイボーグ化する」というとんでもない奇跡を起こしたのである。
本来は元の姿に戻すのがベストであるが、生物の細胞を「0」から作り出すというイメージがまだAIには出来なかった。
だが、自身の体を治すように鉄を細分化して体に組み込むイメージは出来たので、なんとかそれだけでやってのけたのである。
他の鹿たちも同様の手順でサイボーク化して怪我を回復させるAI。
最後の一頭の治療がもう間もなく完了するというところで、ラヴが炎の向こうから鹿の姿のままで駆けて戻ってきた。
「AI~!! 良かった、みんな無事みたいだね! って、ええっ!!」
ラヴは鹿状態にままでも普通に会話ができるようだ。
そして、目の前の鹿たちのサイボーク化した姿を見て驚く。
「質問は抜きにして、今はこのまま逃げよう!」
「うん、もうすぐそこまでオイリーモンキーが迫ってる! 急ごう!」
キュウゥーーー……ンン
最後の鹿の回復が完了し、みんな走れる状態まで回復出来たようだ。
「よし!じゃあ、みんな行くよ!」
AIの掛け声とともに、一斉に炎の先、森の向こう側へと駆け出す。
その時同時に、ラヴが戻ってきた方角からオイリーモンキーの群れがやってきた。
ギギ―!!
ギギギ!?
ギーギー!!
そのまま、オイリーモンキーたちに追われる形でAIたちはその場を急いで離れる。
―――――
第14話 完




