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短編集  作者: 中路太郎
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ガラスノクツ

 昔々、ある所にシンデレラと言う美しい娘がおりました。

 シンデレラは、毎日のように意地悪な継母と、二人の義理の姉たちに苛められておりました。

 が、それには特に堪えた様子も無く、彼女はあっけらかんと日々を楽しく過ごしておりました。



 そんなある日。

 お城で舞踏会が開かれる事になりました。

 国中の女性が集められ、盛大なパーティになるそうです。

 しかも、噂によると、そこで王子様の目に留まった女の子は、おきさきとして迎えられるというのです。

 体の良い花嫁探しでした。

 その話を聞いた、中々欲深い継母と義理の姉二人は、目の色を変えて、舞踏会に臨むべく準備を始めました。

 姉二人が美しいドレスに着替えるのを手伝っていたシンデレラに、一番上の姉は言いました。

「シンデレラ、まさか、お前までお城の舞踏会に行きたい何て言うんじゃないだろうね」

 それを聞いて、継母にドレスの背中を閉めてもらっていた次女が意地悪そうに笑いました。

「いいえ。それよりも、お義姉様、またちょっと太られました?」

 眉を顰めてシンデレラは尋ねます。

「え、うそ。変?」

「変じゃないけど、これだと余計に太って見える。他の出してきます?」

「えー、お願い」

 急いで脱がせたドレスを持って、シンデレラはクローゼットへと走っていきました。

「ふう」

 ホッと息をつく長女を見て、次女と継母は溜息をつきました。

「全く、お姉様ったら甘いんだから……」

「本当に、この子の言う通りだよ。旦那様が亡くなったとは言え、私は後妻の身なんだからね。お前の態度が甘い所為で、あの子がいらない知恵をつけでもしてごらん。私たちはこの家を追い出され、二度とこんなに豪華な暮らしは出来なくなるんだよ」

「そ、そっか」

 二人に強い態度で責められて、長女はがっくりと肩を落としました。

 それから気合を入れると、戻ってきたシンデレラに毅然とした態度で言い放ちました。

「ドレスはそこに置いておいて頂戴。それから、お前は私たちがお城へ行っている間に、この家をピカピカに掃除しておくんだよ、いいね」

 はあ、と首を傾げ、でも、とシンデレラは尋ねました。

「それはいいですけど、お一人でドレス着替えられますか?」

「あ、そうだ、ごめん、お願いしても良い?」

 はー、とウンザリしたように眉間を押さえた継母が、二人の間に割って入ります。

「シンデレラ! 口答えをおしでないよ! 着替えは私が手伝うから、お前は言われた事をちゃんとやっておいで!」

 シンデレラの手からドレスを取り上げながら、長女を睨みました。

「分かりました」

 それでも、頷いて部屋から出て行ったシンデレラに手を振っている長女を見て、二人はまた溜息を深くするのでした。



 そうして、三人が舞踏会に出かけていくと、シンデレラは直ぐに家中の掃除に取り掛かりました。

 普段から掃除は好きなほうなので、あっという間に家中がピカピカになりました。

 雑巾を片手に満足そうにふうと息をつくと、途端に空腹感を覚えたシンデレラは、台所に入って料理をこさえました。

 テーブルの上で出来上がったカボチャのパイをむぐむぐ頬張っていると、ハッと閃くものがあって、口の動きが止まりました。

「そうだ、亀を飼おう」

 そう呟いて、テーブルの上に居た友達の二匹のネズミに、意見を求めるような視線を向けます。

「それで、ランドールって名づけよう」

 二匹のネズミたちは、互いに見合い、肩をすくめました。

 やれやれといった様子です。

 しかし、そんな態度には気が付かないシンデレラは、さも名案だと言わんばかりに、うんうんと頷きました。

 この日、町にはお祭りがやってきていました。

 その事をシンデレラは知っていたのです。

 綿飴に、型抜き、ヨーヨー釣りに、亀掬い。

 心躍る異文化コミュニケーションです。

 継母たちには、舞踏会には来るなと言われましたが、お祭りに行くなとは言われていません。

 という事は、家中ピカピカにした以上、どこで何を掬ってこようがシンデレラの自由のはずでした。

 そうと決まれば善は急げです。

 パイの残りを一気に口に放り込み、パイくずを友達にお裾分けしたシンデレラは、急いで自室に戻り、着替えを始めました。

 それから、こっそり溜めておいたお金を取り出して、ポケットの中に入れると部屋を飛び出そうとしました。

 その時です。

「おお、可哀相なシンデレラ」

「……誰ですか?」

 部屋の中に、くぐもった女の声が響いてきて、シンデレラは思わず身構えました。

 すると、どうでしょう。

 閉まっていたはずの窓から、蛍のようなたくさんの燐光が入ってきて、部屋の隅で渦を巻き始めました。

 やがて、それは何かの形をとり始め、気が付いた時には、そこにローブ姿の太った老女が立っているではありませんか。

 福福とした顔立ちに、手には先に星の付いた杖のようなものが握られています。

 どうやら、魔女のようだとシンデレラは気が付きました。

 魔女は言いました。

「これ待ちなさい」

 魔女だと気が付いたシンデレラは、正体が分かって良かったと部屋から出て行こうとしていました。

 これが人間なら大事おおごとですが、魔女ならこれくらいやっても不思議ではありません。

 シンデレラの心の中は亀で一杯だったのです。

「なんですか?」

 部屋の入り口で、祭りに行きたくてしょうがないみたいな、そわそわした様子のシンデレラを捕まえて、魔女はとりあえず彼女をベッドに腰掛けさせました。

 その間も、足先はかたかたと落ち着きません。

 はあ、と溜息をついて、魔女は言います。

「あなたは、舞踏会に行きたいのでしょう?」

「いえ、別に……」

 淡白に言い放ったシンデレラを、魔女が大声で怒鳴りました。

「そんな事はない! あなたは舞踏会に行きたいのです!」

 強い口調でいわれ、そうだったのか、と変な納得の仕方をしてしまうシンデレラ。

 魔女の顔が怖かったと言うのもあります。

「言われて見ればそんなような気がしてきました…」

「そうでしょう、そうでしょう」

 うってかわって、穏やかな表情で魔女が頷きました。

 どうやら、厄介な人のようでした。

「それでは、今から、私がドレスを用意してあげるから、それを着てあなたは舞踏会に行きなさい」

「えー」

 シンデレラのあからさまな不満の声を無視して、魔女が呪文を唱え始めました。

「ほんにゃらーはんにゃらーみすぼらしい服よー美しいドレスに変われ!」

 身も蓋もないような呪文ののち、杖の先から、先ほどと似たような燐光が出てきて、シンデレラを取り巻きました。

 光に包まれていると、良い匂いもして来て、なんだか気持ちよくなっている内に、気が付くと、シンデレラは世にも美しいドレスを身にまとっていました。

 足元にはガラスの靴、義姉二人も持っていないような綺麗な仕立てのドレスに、髪もきちんと整えられています。

 自分の着ているものを見て、シンデレラはがっくりと肩を落とします。

 これじゃあ、お祭りにはいけない……。

 浮いてしまうからです。

 なんだか落ち込んだようなシンデレラに構わず、残念そうな声で、魔女は言いました。

 どうやら、やりたいようにやることに決めたみたいです。

「でも、残念な事に魔法は永遠ではないの……。夜中の十二時になればそこで魔法解けてしまう。それまでに、家まで帰ってくるのよシンデレラ」

 言われて、再び肩を落とすシンデレラ。

 お祭りは十時まででした。

 もう、こうなってはしょうがないと覚悟を決めたシンデレラに、厄介な魔女は言いました。

「それじゃあ、舞踏会に行くには、馬車が必要ね。魔法で作るから、カボチャを出して頂戴。馬車はなくてもカボチャはあるでしょ」

 しかし、シンデレラは首を振って、自分のおなかをポンポンと軽く叩きました。

「カボチャもありません」

「……」

 黙ってしまった魔女が、じゃあリンゴで、と言ったのは四秒後でした。

 なんだか、もっと長い時間が過ぎたような気がするシンデレラでした。



 舞踏会は、中々盛り下がっていました。

 期待に胸躍らせる淑女たちはともかく、主賓であるはずの王子様が、酷く憂鬱そうに謁見に応じていたからです。

 挨拶に並ぶ人たちをつまらなそうに睥睨しながら、目の前に立った女性たちにも、お座なりに挨拶を返すばかり。

 その態度を見て、シンデレラはムッとしてしまいました。

 招いたはずの主役が、あの態度はどういう事なのだろう。

 あの様子からも、この会が彼が望んだものでは無いという事は分かりましたが、それを止める事もできず、ここに出てきている以上、ゲストを不快にさせるような態度は、最低限のマナーも守っていないように思われました。

 挨拶が終わると、音楽が流れ始め、ダンスが始まりました。

 フロアに人の環ができ、中央では王子がパートナーを探し始めました。

 祭りにいけなかった自分と、それから、楽しそうに準備をしていた姉二人の事を思い出すと、余計に腹立たしさは強くなりました。

「帰ろ」

 今からなら、まだギリギリ夜店がでている時間です。

 出席した事で、魔女への義理は果たした事にしたシンデレラは、そう思いながら踵を返そうと人の輪から外れました。

 その時です。

「ちょっと待ってくれ!」

 そう言って、王子が立ち止っていました。

 女の人たちの列が割れ、注目が自分に集まるのをシンデレラは感じました。

 いつの間にか音楽も止まっています。

「……なんですか?」

 これまでの態度を見て、敵愾心を抱いてしまったムッとしたような表情のシンデレラに王子が駆け寄ります。

「も、もし、宜しければ、ダンスのパートナーになっていただけませんか?」

 完全に恋する男の声でそういった王子に、周囲がざわめきます。

 嫉妬したような女性達の視線が、しかし、シンデレラの美しさを見てホウッと溜息をついたように脱力しました。

「……シンデレラ?」

 信じられないような声の呟きが聞こえてきて、シンデレラははっとしてそちらを振り返りました。

 そこには口元を手で押さえた、継母達の姿がありました。

 そちらから顔を逸らしつつ、シンデレラは考えました。

 ここで、もし申し出を断ったりしたら、家族にどんな迷惑がかかるかも分からない。

 相手は一国の王子様です。

 おいそれと恥を掻かせていい相手ではありませんでした。

 渋々シンデレラは頷きました。

 嬉しそうな王子に手を引かれフロアに出ます。

 音楽が再開され、ダンスが始まりました。

 不満そうだった女性たちも、それぞれパートナーを見つけて、ダンスの輪に加わりました。

 楽しい楽しいダンスの時間。

 ただ一人を除いて。



 大きく時計の音が聞こえてきました。

 ボーンボーンと、十二時を知らせています。

 シンデレラは駆け出しました。

「どこへ行くんだ!」

 伸ばした王子の手を振り払い、シンデレラは言います。

「もう帰る時間なのです」

 魔女との約束は、十二時まででした。

 話してみると、王子は思ったより良いヤツでしたが、だからと言って、その約束をたがえる事はできません。

 階段を下りる途中、ガラスの靴が脱げてしまいましたが、気をやってもいられず、シンデレラはリンゴの馬車に飛び乗りました。

 扉を閉める時、魔法で御者に変えられたネズミに、シンデレラは言いました。

「町に向ってください!」

 まだ亀を諦めていないシンデレラでした。



 その翌日。

 昨夜、祭りは当然のように終わっていましたが、舞踏会の事を帰ってきた継母達に聞かれたのをなんとか誤魔化したシンデレラは、いつものように楽しそうに掃除をしていました。

 掃除がとても好きな娘なのです。

 ただ、靴をなくしてしまっっていた所為で、代わりに布袋から靴をこしらえた為、酷く歩きにくそうにしてはいました。

 昨日はまったくの厄日でした。

 靴はなくすし、亀は掬えないし。

 そんな風に思いながら、シンデレラが窓枠にハタキをかけていると、とんとん、と、玄関の扉をノックする音が聞こえてきました。

 継母が扉を開けると、沢山の兵士を引き連れた太った役人が、ラッパを首から提げてそこに立っていました。

 豪華な台座に載せられたガラスの靴を、崇める様に掲げています。

「王子様からのお触れである! この靴とサイズのぴったり合う女性を探しておる!」

 それを聞いた継母は嬉々として、二人の娘を呼びました。

 シンデレラは、掃除をしながら黙ってをそんな様子を見ていました。

 確かに、靴は惜しかったのですが、またあんな所に行かなければならないのはごめんでした。

 王子は確かに良い人でしたが、気に入った相手も自分で探せないような男は、例えそれが王子のせいでなかったとしても、シンデレラはごめんだったのです。

 見ていると、まずは長女が挑戦するようでした。

 二度三度試して直ぐに無理だと気が付いたのか、諦めました。

 しかし、継母が肩を無理矢理掴んで押し込んだために、かかとの皮膚が破れ血が出てきてしまいました。

 兵士に止められ、ようやく継母は長女を解放しました。

 涙目になっている長女のために、シンデレラは救急箱をもって来て彼女を治療してやりました。

「ありがと」

 小さくお礼を言ってくる長女に笑顔を返していると、次は次女が挑戦していました。

 彼女は長女よりも継母に近い性格をしているらしく、痛みに顔を顰めながらも、グイグイとガラスの靴に足を押し込んでいきます。

 そんな強引な態度に不満を上げたのはガラスの靴でした。

 ピシッと嫌な音がして、口の部分に小さくひびが入りました。

 その場に居た全員が息をのみました。

「な、な、なんて事を!」

 顔色をなくした役人達が、次女に詰め寄ります。

「あ、あ、あ、わ、私、な、なんて事を…」

 次女も顔を真っ青にしながら、今にも倒れそうな様子でした。

 直ぐに役人がガラスの靴を取り上げ、次女を兵士に捕まえさせました。

「処刑してやる!」

 彼らも仕事である以上は、責任というモノがあります。

 がっくりと項垂れる次女を見て長女が泣き始めてしまいました。

「お待ちください」

 そんな長女の背中を一度撫でて、シンデレラは役人の方に歩いていきました。

 呆然と見守る継母の前を通り、役人の手に持たれたガラスの靴を見下ろします。

「な、何だお前は」

 そんな役人の疑問には答えず、シンデレラはガラスの靴をつまみ上げました。

「あ」

 と、いう暇もありませんでした。

 シンデレラはガラスの靴を無造作に掴みなおすと、それを、床に叩き付けてしまったのです。

 澄んだ音を立てて、粉々になるガラスの靴。

「ふんっ!」

 静かに呆然と自体を飲み込めない周囲を見回しながら、胸を張ってシンデレラは鼻を鳴らしました。



 兵士達の手で捕まったシンデレラは、王子様の前に引っ立てられてきました。

 目の前には、魔法が解けてしまいもとの木靴の破片となったモノが、置かれています。

 後ろ手に縄で縛られたシンデレラを見て、王子が驚いて立ち上がりました。

 直ぐに縄手を解かせ、頭を下げます。

「本当にこんな扱いをして申し訳なかった」

 心からの詫びを入れる王子に、シンデレラは毅然と言いました。

「これが私の姉が相手でも、王子様は同じ態度を取られましたか?」

 王子は、何も言い返せません。

 不遜なシンデレラの態度を見て、兵士が打ちかかろうと飛び出しました。

「良い」

 それを手で制した王子は、ふうと息をついて、神妙な顔になりました。

「すまないとしか私には言いようがない。靴を壊してしまった事も不問としよう」

「私は私の靴を壊したまでです。その事を罪に問われるいわれはありません」

「ぶ、無礼な!」

「良いと言っている」

 激昂した大臣をウンザリしたように手で止めて、王子はシンデレラの方を見ました。

 それから、目の前の木屑と化した破片を見て、再びシンデレラの目を見つめます。

「確かにここにあるのは木靴の破片だな。しかし、それはそうとだ。ここでこうして会えたのは僥倖だった。ぜひともわがきさきとしてこの城に来てくれ」

 その言葉に、大臣たちが驚いて声を上げました。

 それもその筈で、今のシンデレラは、昨夜の美しいドレス姿と違って、みすぼらしい服を身にまとっていたからです。

 顔も煤で汚れ一見ただの下女にしか見えませんでした。

「それは、しかし……」

 尚も何か言おうとする大臣を目線で止めおいて、王子はシンデレラに尋ねました。

「どうかな?」

 その質問に、シンデレラは跪いて応えました。

「失礼ながら、王子様には既にお心に決められた、ガラスの靴の持ち主と言うお相手がいるように存じます」

「しかし」

 言いかけた王子に、シンデレラは顔を上げて真っ直ぐな視線を向けました。

「私は心を決められた相手がいらっしゃる方に嫁ぐ事はできません」

「し、しかし、昨夜の彼女はキミだろう!」

「どうしてもと仰るのでしたら、何かをお見せください」

 微笑みながら言われて、王子は愕然としてしまいました。

 それは、まさに自分自身がやっていたことだったからです。

 立ちすくむ王子に、シンデレラはスカートの裾を抓んで礼をすると、城から出ていってしまいました。

「よ、宜しいのですか?」

「……はは。うん、良い」

 問いかけてきた大臣に、笑顔で王子は答えました。

 どこか恥ずかしそうな笑い顔でした。



 ヒョコペタンヒョコペタンと城の階段を下りるシンデレラの姿を、庭に植わった楡の木の枝の上に腰掛けた魔女が見下ろしていました。

 太ったその両肩には、二匹のネズミがちょこんと掴まっています。

「あーあー馬鹿だねえシンデレラったら」

「アレでよかったのですか?」

 二匹に同時に訊ねられて、魔女が微笑みました。

「良いんですよ。私は切っ掛けをあげただけなんですから、それをどう活かそうと、あの子の自由」

「でも、折角玉の輿に乗るチャンスだったのに……」

 不満そうに右のネズミが言いました。

「価値観は一つとは限らないって事ですよ。あの子の幸せはもしかしたらあそこにもあったのかも知れないけれど、許せないものもあったんでしょう。見てみなさいあのお顔」

 魔女がおかしそうに言って、二匹のネズミが視線を向けました。

 そこには、いかにも不機嫌そうに鼻息を吐き出すシンデレラの顔が見えました。

 ふうと、肩をすくめて、二匹は溜息をつきます。

「しかし、このまま、あの家に帰って、シンデレラは幸せになれるのでしょうか?」

「さっき言ったでしょう、どう活かそうとって、あの子は上手くやりましたよ」

 自宅へと帰っていくシンデレラを見つめながら優しく魔女は笑いました。

「……さて、次はどこに行きましょうか」

「あ、はい、ここから直ぐの所に、糸車の呪いで眠りついた女の人がいます。それから、少し遠いですが、東の島国に、もう三年も眠りっぱなしになっている男がいるとか」

「へー次は目覚まし鳥になるのか」

 左のネズミが手帳を読み上げると、右のネズミがそう言ってチャカしました。

 魔女はフームと一度唸ると、顎をなでて、コクリと頷きます。

「糸車の方にしましょうかね。東の方はあちらの神様におまかせして」

 下心見え見えの魔女の顔を見て、二匹はまた肩をすくめました。

 自分達のご主人が、可愛い女の子が好きなのを二匹は知っていたのでした。



 それから、一週間後の事です。

 王子様が隣国のお姫様との婚約を発表しました。

 国中が喜びに沸き立つ中、シンデレラはと言うと。



「……そうだ、鯰なら近所の沼にいるかも知れない」

 自室のテーブルに座り、未だにそんな事を言っていました。

 最近友達のネズミ達が姿を現さなくなって、ほんの少し寂しいシンデレラでした。

 ペット探しにもどこか気合が入っています。

 そんなシンデレラの部屋にノックの音が響きました。

「入るよシンデレラ」

 現われたのは長女でした。

「どうぞ」

 テーブルの上で頬杖をついていたシンデレラは、そのままの体勢で長女を迎え入れました。

 部屋に入ってきた長女はどこか、そわそわと落ち着かない様子で、シンデレラの目の前の席に腰掛けます。

「考え事?」

「いえ、別に。それより、後ろ手で何を隠しているんですか?」

 シンデレラがそう言うと、長女がバツが悪そうに、手を前にやってその正体を明かしました。

「えへへ、これ」

「靴?」

 取り出したのは、可愛らしい赤い靴でした。

 さすがにガラスの靴には劣りますが、ピカピカの新品同様の靴でした。

「お下がりで悪いんだけど、シンデレラ靴失くしたみたいだから、あげる」

「……ありがとうございます」

 驚きながらも、一応素直に受け取っておいて、シンデレラは赤い靴を見つめました。

 ……家事がしづらそうだなー。

 それは、言わぬが花です。

 戸惑いながらも、かなり嬉しかったりするシンデレラでしたが、部屋に再びノックの音が響いて、今度は席を立って、客を迎えました。

「あれ? どうなさったんですか?」

 そこに立っていたのは次女でした。

 長女もですが二人がシンデレラの部屋を訪れた事はこれまでありませんでした。

 次女は、バスケットを下げて、なんだか微妙な表情で佇んでいました。

 黙ってバスケットを差し出します。

「なんですこれ?」

 シンデレラが尋ねると、少しだけ顔を赤くしながら、

「パイを焼いたの。それで焼きすぎたからシンデレラもどうかと思って」

 そう言えばほのかに焼けたパイ生地の匂いがするような気がします。

 気まずそうに部屋に入ってきた次女は、姉の姿を認めてぎょっとしたような顔になりました。

「な、なんでお姉様が……はっ。べ、べつに、あんたのために焼いたんじゃないんだからね!」

 この頃、ツンデレと言う言葉はまだありません。

 理解しがたい態度を取っている次女にも席を譲って、シンデレラは部屋に戻りました。

 それから、三人で仲良くパイを食べました。

 こうして、シンデレラは姉妹三人、微妙に幸せを感じながら、いつまでも平和に暮らしましたとさ。



 ちなみにそのパイの味の方はと言うと。

「ごで、不味ばずい」

「ご、ごめんなさいお姉様」

 ゴミ箱に品良くごめんなさいしながら、シンデレラに料理を教えてもらうことに決めた義姉二人でした。


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