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re:隼

作者: 都築優


ある種の猛禽は三十年を超えて生きると自身の長く伸びすぎた嘴が胸に突き刺さって死ぬという。

死の宿命を逃れるみちは痛みと喪失、つまり威厳や誇りの象徴であったその嘴を自ら岩に叩きつけこなごなに砕くしか方法がなく、しかし実際そんな選択をとることの出来るトリはごく僅かしかいない。

そんな眉唾な話をSNSで流れてきた記事で読んだその数週間後、彼は電話を掛けていた。



「やっぱり引き取り行くこと決めましたんで、すんません」


「それはもちろん、ウチは構いませんけどもね、どないしましょか」


「まだ二階に置いて貰うてます? 軽トラ借りて行くんでじゃあ一、二週間くらい前に言ったらいけまっか?」


「ああ、ごめんなさいゴールデンウィークは休ませて貰ろてるんですわ、日祝も一年中やってるんでここだけは」


「じゃあその前の週にします。精算はどないしましょう」


「先に入れてくれてはったでしょう、それで足りますよ」


棄てられているかも知れないという不安、長く放置しすぎたという罪悪感、もう駄目なんじゃないかという諦め。向き合うには長い時間が掛かった。そもそもある筈の連絡がずっと来なかったのだ、そして待つという事に慣れ過ぎて。


その単車に最後に乗ったのはいつだったのかもうよく思い出せない。この店に頼むよりもそれはさらに前だった。

結婚をする予定だった女を後ろに乗せた時だったかも知れない。

その時すでに放置気味で、タイヤが硬化してろくに走れたもんじゃなかった。

バイクに乗っていることが自分の存在価値の大きな部分を占めると考えていた若造に、彼女の愛想笑いはずいぶんと堪えた。こんなもんじゃなかったはずなんだ。俺はこんなじゃない。


夢をよく見た。長いツーリングの夢だ。道の途中でいつも無くしてしまい、探し回るけれど見つからない。喪失感や見捨ててしまった後悔が起きた後も重く残る嫌な夢。


当時一人暮らしのアパートに住んでいて、彼女はそこに転がり込んできた。そしていろいろあって二年後、広い部屋に引っ越した矢先に彼女は出て行った。もはや不動車となり果てていたこれを新しい住まい迄夜中にひたすら押して歩いたのもその頃だった。


今思えばもう、降りてしまっていたのだ。


酒に溺れ、仕事も次々と変え、露も自分をかえりみることなく。

シートを掛けられて放置された単車は、小金が入った時に修理店に放り込まれた。こいつは手間がかかる状態だとの連絡があり、手すきの時に試すと言われて了承した。それっきり店から連絡は来なかった。


荷台にラダーを積んだ軽トラで下道を走る。早朝の空が淡く変わってゆく。

何年ぶりにか胸が躍っている。

陽気に誘われたキャンプ道具を積んだツーリング車たちとすれ違う。

そして、待ってろよと呟く。


あの時同時に見捨てたのは自分自身だった。


うんざりするくらいやる事は山積みだ。

クランキングはするんだろうか。

燃料ポンプは中古品を買おう。

ブレーキマスターシリンダのオーバーホールにOリングも注文しないと。

タンクの錆も落として、カウルの割れはパテで埋めて塗装、ステッカーもいるな。

ネットで色々調べて、工具も買わないと。大変だけど無理じゃない。


人の手に委ねて自身の責任から逃げていただけだ。


店に着くとすぐに出せるように用意されていて、店主もきっと厄介だったんだろうと考えると少し悪い気がした。

精算すると想像以上にお金が戻って来た。貯金してしかも駐車場代が浮いたようなものだ。それも屋内保管。


荷台に積んだ帰り道、入ったガソリンスタンドのスタッフに声をかけられた。


「コレ引き揚げて来はったんですか? じつは私もバイクに乗ってて、これずっと憧れだったんですよ」

「せやねん、今から直すんよ」


聞けばそのトリの話はもともとアメリカインディアンの説話だとかで、覚悟を決めたトリのその砕かれた嘴は、いずれ新たに生えてくるのだそうだ。




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