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青き炎の魔竜騎士(ドラグーン)  作者: シベリウスP
3/18

3 王都の震撼

謎の少年アゼルスタンと再会したホルンたちは彼を守って王都に向かうが、彼を追う者たちの影が忍び寄る。

一方、ホルンたちの話をサマルカンドからの報告で知ったザールたちは、ウラル帝国の不穏な状況を耳にしていた。

 『ホルンが姿を現した』……その報はトルクスタン侯国からすぐさま王都イスファハーンへともたらされた。

 その報告を最初に知ったのは、今や念願かなってザールの妃となったロザリアであった。


 彼女は魔族の血を引く女性で、トリスタン侯国公認で稀代の魔女と言われたゾフィー・マールの弟子であった。また、美貌と智謀、そして魔力の強さを謳われたロンバルディア三姉妹の中で、最も強い魔力と深い智謀に恵まれ、『終末預言戦争』ではハイエルフのジュチ・ボルジギンと共にザールの参謀として活躍してきた。


 彼女は王妃という身分にもかかわらず、宮殿の奥で退屈するよりも王国の現状をザールと共に憂い、そして喜ぶことに生きがいを感じる……そんな女性でもあった。

 今日も彼女は、自身の前職であった録尚書事サラーフ・ルディーンや中書令のアルテミス・ボルジギンの相談相手となっていたのである。


「ロザリア様、トルクスタン侯から緊急の親書が届いておりますが」


 アルテミスが、ちょうど部屋に入って来たロザリアを見つけて駆け寄って来た。


「何? 義父上ちちうえから?」


 ロザリアはアルテミスが差し出した封筒を受け取ると、つぶさに眺め回す。封印は確かにトルクスタン侯の、それも個人的書簡に使われるものだった。


「どういたしましょうか? 陛下は大司馬や大将軍と共に城下の軍団を査察中ですし、封印は個人的書簡用のものですので私どもで開封するわけにも参りません」


 困った顔で言うアルテミスに、ロザリアは笑って言った。


「分かった、私が預かろう。急ぎの用かもしれんから私が中を検める。なに、ザール様も何も言われないはずじゃ」


 そう言うと、ロザリアは開封して手紙を取り出す。


 しかし彼女は手紙を読んで、開封したことを後悔した。


「むむ……」


 顔色を変えて黙りこくってしまったロザリアに、アルテミスが心配そうに訊く。


「あの、ロザリア様。何か良くないことでも?」


「……いや、この国にとっては良いことじゃ。しかし、私が陛下より先に中を読んでしまったことは良くなかったかもしれないな……」


 ロザリアは紫紺の瞳で宙を睨みつけるようにして言う。そして


「……まあ良い、読んでしまったものは仕方ない。私は陛下の許に行くので、すぐに大宰相殿と驃騎将軍にも、査察場に来てくれるように伝えてくれ」


 そうアルテミスに言うと、すたすたと歩き去った。



 そのころザールは、イスファハーン南方にある練兵場で『不死隊』と『王の盾』を査察していた。


 『不死隊』とはいわば近衛軍団で、ファールス王国の最精鋭の野戦部隊である。その定員は1万人で、戦争の帰趨を決めるような重要な局面に投入される。この部隊の存在意義は決定的勝利を得ること、又は敗色濃い場面を勝利へと転換することにあり、『ファールス王国の勝利を約束する部隊』と称される。


 もう一つの『王の盾』は、定員5百名。王直属の特殊部隊で、その任務は王個人の護衛だけでなく、時には戦略的要地の奇襲や強襲にも使われる。


 これら王国の最精鋭部隊を査察するのは、大司馬イリオン・マムルーク将軍と大将軍リディア・カルディナーレ将軍であった。


「うん、練度はばっちりだね。ザールが王様になってから辺境も静かだし、他国もおとなしくしているから弛んできているかなと心配したけれど、いつでもどんな任務にも投入できそうだよ」


 『王の盾』の訓練状況をつぶさに視察したリディアが言う。


 彼女はザールの幼馴染で、いつもは身長150センチ程度の形をしているが、正体は『地上最強の戦闘種族』と言われるジーク・オーガの族長の娘だ。『終末預言戦争』では常に先頭に立ち、重さ82キッカル(この世界で約2・78トン)の大青龍偃月刀を揮って戦い、敵味方から『炎の告死天使』の異名を奉られていた。


 もう一人、海神の蛇矛『オンデュール』を揮い、『紺碧の死神』と言われる『水中最強の戦闘種族』アクアロイドのガイ・フォルクスと並んでホルン軍の双璧と謳われた猛将である。


「こちらも、軍紀厳正で少しの気の緩みも見られません。お膝元の軍がしっかりしていれば、その風は必ず辺境の部隊にもいい影響を与えます。今年の大演習は『不死隊』も加えた決戦を想定したものにしてもいいかもしれません」


 『不死隊』を視察してきたイリオン大司馬も、目を細めて言う。


 ザールはどちらの意見にも笑顔でうなずくと、その緋色の瞳を持つ眼を二人に当てて、満足そうに言った。


「そうか、将兵に気の緩みがないことは何よりだ。大きな戦乱も収まり、平和に慣れてくると自然、余も政治の方面に力点を置き、官吏たちほどには将兵と触れ合えなくなる。たまにはこうして査察や演習に参加してもよいかもしれないな。大司馬、演習の想定は余が指定しても良いか?」


「それは願ってもないことですが、陛下、くれぐれも『終末竜アンティマトルの出現』などという想定だけはご勘弁願います」


「うん? 余は将兵にそんな無茶はさせぬぞ? せいぜい魔物の集団が奇襲してきた場合、どうするかという想定くらいかな」


 イリオン将軍とザールがそう言って笑い合う。そこにリディアが


「ザール……じゃなくって陛下、そろそろ前にお立ちください。分列行進が始まります」


 そう言ってきたので、二人は笑いを収めてリディアの方に向き直った。


「では、陛下」


 イリオンに促されて、ザールは一段高い『お立ち台』へと登る。そこにロザリアが近寄って来た。


「陛下、緊急の親書じゃ」


 それを聞いて、ザールは眉をひそめてリディアを向く。リディアはザールの意図をくみ取り、大声で統制官へ号令した。


「分列行進一時中止、各隊をそのままの位置で待機させよ!」


 歩き出した部隊を止めることは難しい。ましてや彼らは国王に閲兵されるために心が躍っていた。けれど、統制官と各部隊長は出端を挫くような命令にも機敏に反応し、ぴたりとその行き足を止めた。さすがにリディアたちが『練度最高』と言うだけはあった。


「……見事だ。リディア、余が褒めていたと各部隊長に伝えてくれ」


 ザールはそうリディアに言うと、ロザリアに歩み寄って小声で訊いた。


「ロザリア、余が閲兵に参加していることは聞いたであろう? それを中断してまで余に知らせねばならないほどのことなのか?」


 するとロザリアは、すまなそうに言いながら親書を差し出した。


「すみません、将兵たちを失望させたことは謝ります。けれど、陛下にとって喜ばしいことだと思いました故……」


 ザールは親書を受け取って、封緘を検める。ロザリアは慌てて釈明した。


「すみません、私的封緘ではございましたが、緊急ということで私が先に中を検めさせていただきました。勝手なことをしてすみません」


「いや、それは構わない。そなたは王妃だ、余がこの国の意思を決定できない状況にある場合や緊急時には、余に代わって皆を指揮せねばならぬからな」


 そう言いながら手紙を読んだザールの顔が、パッと喜色に包まれる。それを見てロザリアは少しの嫉妬を感じていた。


「なに……ホルンが?」


 そう言った後、隣にロザリアがいることに気付き、慌てて言い直した。


「陛下がサマルカンドにいらっしゃるそうだ。この2年間、どこで何をしていらっしゃったのか……とにかくこれは朗報だ。ロザリア、僕はすぐにサマルカンドに行ってくる」


 それを聞いて、ロザリアは紫紺の瞳を持つ眼でザールを見つめて言った。


「では、私も同行しよう。モアウなぞでチンタラ行くよりも、『転移魔法陣』の方が時間の節約になるからのう」


 ザールはちょっとためらった後、ロザリアに優しく笑いかけて言った。


「すまないね。君が気にするかもしれないから先に言っておくが、君は王妃で、僕の妻だ。そのことは自信を持っておいてくれ。僕たちの間にはもうロスタムもいるじゃないか」


 するとロザリアはクスリと笑ってうなずいた。不思議な笑みだった。


「リディア、ちょっと僕とロザリアはサマルカンドに行ってくる。ジュチにもそう伝えておいてくれ」


 ザールが言うと、リディアはびっくりした様子で駆けてきて訊いた。


「えっ⁉ 急にどうしたのさ。将兵たちも待っているのに。何か悪いことでも起こった?」


 ザールはニコニコしながら笑って首を振ると、小さな声でリディアに告げた。


「ジュチとガイ以外にはまだ誰にも話さないでおいてくれ。実はホルン陛下がサマルカンドに戻られたそうなんだ。僕とロザリアは陛下に復位をお願いしに行く。ちょっと待っていてくれないか?」


 それを聞くと、リディアはチラッとロザリアを見て、


「分かったよ。それはおめでたいことだね。でもさザール、ザールにはもうロザリアがいるんだからね? そこを忘れてロザリアを悲しませるようなことをしたら、アタシはザールといえども許さないよ?」


 そうイタズラっぽい瞳で言う。ザールは苦笑しながら答えた。


「分かっている。ジュチと共に陛下をお迎えする準備を進めてくれ。無論、秘密裏にだけれどね」


   ★ ★ ★ ★ ★


 そのころホルンは、トルクスタン侯サームの、


「陛下に復位のお気持ちがないことは解りました。けれど先の遣いを持たせた伝書鳩も戻りました故、ザール陛下もおっつけここに見えられると思います。せめて陛下に直接、お気持ちをお伝え願えませんか?」


 そう言う願いに首を振り、


「私はあの戦いを乗り切ってこの国を守ることが与えられた使命だったのさ。その後この国を導いていくのはザールの使命、そしてザールはちゃんとそれを果たしている。私が今さら何を言う必要もないよ」


 そう言って、ガルムやカンネーを振り返り、


「さて、イスファハーンに出発しようか。アリョーシャ……じゃなかったクリスタ、心の準備はできているね?」


 そう、ガルムたちの隣に立つ美少女に笑いかける。クリスタは真剣な顔でうなずいて


「大丈夫です。それよりサーム様、色々と心配りいただき感謝いたします」


 そうサームに礼を述べた。


 サームは気の毒そうな顔でうなずくと、


「礼には及びません。あちらに着いたらすぐにお探しの人と出会えるように手配しておきます。それより道中お気をつけて、陛下」


 そう別れの言葉を述べた。


 ホルンはその言葉に機嫌よくうなずくと、


「私からも礼を言うよ。突然帰って来て無理難題を持ち掛けてすまなかったね。ザールにもよろしく伝えておいてくれればありがたいよ」


 そう、トレードマークの『死の槍』を片手に笑って言った。


 全員の姿が丘の向こうに見えなくなるまで見送ったサームは、傍らに立つ重臣たちに、


「……惜しい、陛下はああ言われるが、あの御器量ならザールと共にこの国をもっと素晴らしい国にできるはずなのに……運命とやらは陛下に何を望んでいるのだろうか」


 そう、深いため息と共に言ったという。



 ホルンたちの一行は、カラクム砂漠を突っ切るのではなく、いったん南西へと進みマリを経由してアシガバードを目指すことにしていた。


「ところで、私は陛下のことを何て呼べばいいんですか?」


 今はトルクスタン侯国の臣下となったカンネー・イレーサーが、隣を歩くガルムに恐る恐る訊く。彼はホルンの命令で、50人ほどいた部下のほとんどをサマルカンドに残し、特に気の利く二人、アズライールとダヤーンだけを連れてきていた。


 ガルムは左目でギロリとカンネーを睨むと、


「それはそなたの好きに呼べばいい。ホルンさんは何て呼ばれようと気にはしないお方だからな。『陛下』以外はな?」


 そう言ってニヤリと笑う。


「いや、さすがに私はガルム殿のように陛下のお側近くに仕えていたわけではありませんから、そんな砕けた呼び方はいかに私が野人であってもできませんぜ」


 慌てた様子で言うカンネーに、聞こえないふりをしていたホルンが振り返って言う。


「カンネー、今私のことを『陛下』って呼ばなかったかい?」

「えっ、いや別に」


 元軍団兵で、『自警団』として山賊まがいのことをしていたカンネーだが、ホルンにかかるとたじたじとなってしまう。ホルンはそんなカンネーの様子を見て笑って言った。


「はっはっ、そんなに慌てなくてもいいさ。私は別に呼び捨てでも『さん』付けでも気にはしないけれど、あんたがそんなに気になるなら『様』付けってのはどうだい? それでも私はちょっとむずむずするけれどね」


 『死の槍』を肩に担いで言うホルンだったが、次の瞬間、彼女の翠色の目に鋭い光が宿り、サッと槍の鞘を払って全員に言った。


「気を引き締めな! 変な波動があるよ」


 その言葉に、カンネーとその手下たちは抜剣し、ガルムもその身に『魔力の揺らぎ』を沸き立たせた。


 そして彼らの中央にいた可憐な少女、クリスタも、腰に佩いた剣の鞘に左手をかけて前を見つめている。その視線の先に、砂漠の砂を光らせながらうねうねと動くものが見えた。恐らくサンドサーペントだろう。


 ホルンはゆっくりと歩を進めながら、クリスタに言った。


「……あの様子じゃ数十匹はいるね。クリスタ、あなたはカンネー隊の中でじっとしてな」


 そしてガルムとカンネーを振り返ると、


「カンネー、あなたはクリスタの護衛だ。側を離れるんじゃないよ? ガルムさん、あなたは適宜、私を援護して」


 そう言うと、カンネーとクリスタがその命令に異議を唱えた。


「ホルン様、私たちも一緒に戦いたいのですが」

「そうです、僕も一緒に戦います」


 けれどホルンはニヤリと笑って首を振った。左額から右の頬にかけて、ホルンの顔を斬り裂いた傷が、その笑顔に鮮烈さを添える。


「相手はサンドサーペント、毒を吐く魔物だよ。魔力が使えるならまだしも、そうじゃないなら自分の身を守ることに全力を傾けるべきさ」


 ホルンはそう言うと、緑青色の『魔力の揺らぎ』を沸き立たせ、虚空に叫んだ。


「ブリュンヒルデ、出番だよっ!」

『承知いたしました、ホルン様』


 そう言う咆哮と共に、ホルンたちの頭上に体長10メートルはあるシュバルツドラゴンが姿を現した。ホルンと共に旅をしてきた子どものドラゴンである。


 ブリュンヒルデは、一度地面に着地すると、ホルンを背中に乗せて空に飛び立つ。そして琥珀色の瞳をサンドサーペントの群れに向けて訊いた。


『どうされますか?』


 ホルンは至極簡単に答えた。


「近づかせて乱戦に持ち込まれたくない。まずはファイアブレスだね」


 その時、サンドサーペントの群れはクリスタたちを認めたのだろう、群れは進行方向をぐるりと変え、速度を上げて近づいてくる。


 ホルンはそれを見ながら、落ち着いて言った。


「引き付けて、周りをあぶってあげな」

『承知しました』


 ブリュンヒルデはそう言うと、クリスタたちにもう100ヤードほどまで近づいてきていたサンドサーペントの周りに、特大のファイアブレスを放った。


 ブリュンヒルデはまだ子どもとはいえ、シュバルツドラゴンの一族である。ファイアブレスは200ヤードほどの火柱を上げ、3千度に達する高温が群れを包んだ。


 キシャアアアアッ!


 たまらず、十数匹のサンドサーペントが炎に包まれてのたうち回る。ホルンはその様を翠の瞳でじっと見ていたが、


「ガルムさん、何匹かは地面に潜ったよ!」


 そう叫ぶと、ブリュンヒルデに


「のたうち回っている奴らにとどめを刺してあげな」


 そう言いざま、ブリュンヒルデの背中から飛び降りた。


 一方、ガルムは左目を細めて眼前に繰り広げられる情景を見つめていたが、ホルンの声が聞こえたと同時に、ゆっくりと両手を背中の両手剣と楯に伸ばしながらカンネーたちに言った。


「カンネー、10ヤード後ろに下がれ!」


 カンネーたちはホルンの戦いぶりの凄まじさに気を飲まれたように突っ立っていたが、ガルムの叱声に似た命令に身体が条件反射した。


「10ヤード後退、急げっ!」


 カンネーとその仲間がクリスタを守りながら後ろに引いた時、今まで自分たちがいた場所からサンドサーペントが大口を開けて飛び出してきたのを見て、全員が肝をつぶした。


「放心している場合じゃねえぞ?」


 ガルムはそう言いながら、左手に持った両手剣に緋色の『魔力の揺らぎ』をまとわせると、


「くたばりやがれ!」


 そう叫んで跳び上がり、


 ザシュッ!

 ギョエエッ!


 サンドサーペントの頭をぶった斬る。


「ガルム殿、後ろッ!」


 魔物の断末魔の声で我に返ったカンネーは、ガルムの後ろからさらに数匹のサンドサーペントが頭を持ち上げたのを見てそう叫んだ。


「わが主たる風と友たる炎よ、『Et in Archadia Ego(死はどこにでもある)』ものなれば、その力をもちて罪なき旅人を襲う魔物に『Memento Mori(死を思い出さ)』せよ!」


 サンドサーベントたちがガルムに食らいつこうとした瞬間、澄んだ声が響くとともに、


 ドバッ!

 グウオエエーッ! ギュワーッ!


 一陣の翠と緋色の風が、数匹のサンドサーペントの頭をまとめて斬り飛ばした。


「ホルンさん、感謝!」


 ガルムは地面に降り立つとそう一言言い、ニヤリと笑うと次の敵に斬りかかって行く。


「相変わらず、人間にしとくのは惜しいね」


 そんなガルムを見て、空中にいるホルンもまた、次の獲物に飛びかかって行った。


「……すげえ」


 二人の戦いぶりを、カンネーたちは口をあんぐりと開けて見ていた。


(あれが、噂に聞いた『破壊竜アンティマトル』というドラゴンを退治した力か……確かに僕は、あのお二人には逆立ちしたって敵わない)


 クリスタもまた、腰の剣に手を触れながら、固唾を飲んで目の前に繰り広げられる戦いを見つめていた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「それで、ホルンはすでに王都に向けて旅立ったのですか?」


 サマルカンドでは、ホルンを迎えに来たザールが、サームから事の次第を聞いて難しい顔をしていた。


「うむ、わしも気にはなったが、ホルン殿はあの御気性だからな……」


 サームも眉間にしわを寄せてうなずくと、


「それに、一緒にいた少年。話によるとウラル帝国の皇太子だと言うが、そんな人物がなぜ、誰から狙われているのかは全く分からぬ。ことによるとウラル帝国から何か難題を持ち込まれるかもしれないから先にお前の耳に入れておいた方がいいと思ってな」


 そう、息子の緋色の瞳をのぞき込んだ。


 ザールは、父であるサームの視線を真っ向から受け止めると、うなずいて言う。


「……頭の中を整理させてください。まず、ホルンは復位するつもりはないということでしたね?」


 サームのうなずきを見て、ザールは隣にいるロザリアを見つつ言った。


「……そして、ダイシン帝国からの帰り道、ホルンは何者かに襲われている少年を助けた。そして少年をガルム殿の所に担ぎ込んだ。そこを再び謎の魔導士に襲われた……」


「その時、魔導士は皇太子殿の持つ剣を狙っていたとのことでしたね?」


 ロザリアの言葉に、サームが


「ただし、その時剣は封印された箱の中に入っていたため、相手は狙っている剣の詳細を知っているわけではないようだ。今、その剣は皇太子殿の腰にある。皇太子殿は女装されていたがな」


 そう、説明を入れた。


「そしてホルンはカンネーという山賊を配下にして、皇太子殿と共に王都に向かいつつある……ということか。皇太子殿は王都で何をするつもりでしょうか?」


 ザールの問いに、サームは


「皇太子護衛隊長が王都に来ているらしい。彼と連絡を取って、しかるべき準備をするのだろうな」


 そう言うと、ザールに訊いた。


「仮に、王都で何かしらの事件が起こった場合、そなたはどういう処置を取るつもりだ?」


 ザールはニコリと笑って答えた。


「適宜適当に処置しますよ。その時の状況によって臨機応変にね? 僕の側にはジュチもこのロザリアもいます。ウラル帝国から難癖をつけられないように気は付けておきますよ」


 そう言って帰ろうとする二人に、サームはふと思い出したように言う。


「おお、そう言えば忘れていた。アンジェリカがロザリア殿と話をしたいそうだ。ザール、悪いが先に一人で王都に戻ってもらわんといかん」


 ザールは苦笑して、


「……だ、そうだ。ロザリア、悪いが母上の相手を頼むぞ」


 そうロザリアに言うと、『転移魔法陣』の中に消えた。



「お久しぶりです、お義母かあ様。ロザリアが参りました」


 ロザリアはアンジェリカの部屋を訪ねると、入口でそう声をかけた。するとすぐに若々しい声で返事がある。


「久しぶりですね、ロザリア殿。遠慮せずに進んでください」

「はい、失礼いたします」


 ロザリアは少し硬い顔をして言うと、ゆっくりと部屋の中に入る。ザールと結婚して2年になろうとしているが、いつになってもアンジェリカと会うのは緊張するロザリアだった。


「ふふ、そんなに硬くならないでいいのよ? あなたもドラゴニュート氏族、いわば同族ではないですか」


 アンジェリカは、カチンコチンになっているロザリアを見て、クスリと笑うと椅子を勧める。ロザリアはなんとか椅子に腰かけ、ほっと溜息をついた。


「……ザールを善導してくれているようですね。さすがはロンバルディア三姉妹で最も優秀と言われるあなただけはありますね」


 アンジェリカがそう言って微笑むと、ロザリアは頬を染めてうつむく。


「……いえ、ザール様が優秀なだけです。私はただ、お側にいるだけです」


 やっとそう言うロザリアだった。


 アンジェリカは微笑のまま一つうなずくと、


「そういうことにしておきましょうか……さて、今回、ホルン殿が持ち込んだ問題については、もう耳に入っていることと思いますが、ザールの思案に余る場合は、ロザリア殿、あなたとジュチ殿に力を尽くしてもらわねばなりません」


 そう言う。ロザリアはうなずいて答えた。


「それはもちろんのことです。どのような状況になるかは未知数ですが、大宰相殿たちともしっかり協議したうえで、ザール様を補佐させていただきます」


 するとアンジェリカは表情を改めて、静かな、けれど厳かな声で言った。


「そうしてください。たとえその決定によりホルン殿を見捨てることになったとしても、まずはこの国の平和を第一に考えねばなりません」


 ロザリアはハッとして顔を上げる。ただでさえ白いロザリアの顔は、蒼白と言ってよい白さとなっていた。


 アンジェリカはロザリアの動揺を見て、ロザリアの気持ちを奮い立たせるように強い視線を送り、


「ザールはこの国の王、国王たるものは何よりも国民を第一に考えて行動せねばならず、そこに私情をさしはさむ余地はありません。あなたは王妃、ザールがもし、私情によって決定を迷うことや間違うことがあったとしたら、あなたがそれを正すべきです」


 そう、厳然たる口調で言った。


「……そのような事態が起こるでしょうか?」


 ロザリアはそんな事態が起こらぬことを願いながらそう訊く。けれどアンジェリカは首を振って、


「ホルン殿の気性は、一緒に戦ったあなたたちの方がよく分かっているはずです。あの方はこの国に迷惑がかからぬように、万が一の時は自分自身でけりをつける覚悟を持っていることでしょう。その時、どうするかは状況次第ですが、できればすべてがうまく行くようにことを運んでください。あなたやジュチ殿なら、できるはずです」


 そう言うと、ポツリとつぶやくように付け加えた。


「……ロスタム殿のためにも」


 そのつぶやきを聞いて、青い顔をしていたロザリアに血の気が蘇って来た。


「……お義母様のお気持ち、よく分かりました。ロスタムはシャー・ローム様直系の血を引く大切なお方、また我が子でもあります。ロザリア、そのために知嚢を絞りましょう」


 そう言うロザリアに、少し悲しそうな顔でアンジェリカは言った。


「……あなたには、苦労ばかりかけますね? 自分の子どももほしいでしょうに」


 けれどロザリアは、薄く笑って首を振ると答えた。


「それはそうですが、こればかりは運命ですので。それとお義母様、そのことは私たち()()の秘密ではありませんか?」


「……そうでしたね……さて、大事な話は終わりました。ここから先はお茶でも飲みながら話をしましょう。もちろん、あなたがザールの所に飛んで帰りたいというなら、止めはしませんが」


 いたずらっぽい目をしてアンジェリカが言うと、ロザリアは顔を赤くして笑った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「イヴァン・フョードロフがやられたというのか……」


 サマルカンド近くの林の中で、数人の男たちが焚火を囲んで話をしている。はた目には、旅人が昼食を摂っている体であったが、彼らの服装は皆一様に灰色のマントで統一され、そして全員が金髪碧眼だった。


「……ユーリー・アンドロポフ、相手は確かに槍遣いの女だったというのだな?」


 最初言葉を発した男の問いに、アンドロポフはうなずいて答えた。


「はい、隻眼の大剣遣いの男も一緒でした。私たちは『覇気』を隠していたのですが、見事に察知されましたし、彼女の槍の法もわが国では見たこともないような速さでした」


「ふむ……そ奴らも『標的』を探しているのだな。それにしても、その二人の正体が分からぬと手の打ちようがないな」


 男が思案顔になる。水も滴る美男子であったが、左目の下に刀傷があった。


「カツコフ先任魔剣士殿、ここは奴らを泳がせて、その動向を見張っていた方が得策のような気がいたします」


 若い剣士がそう提案すると、カツコフ先任魔剣士はうなずいて


「そうだな、ポクルイシュキン魔剣士長殿もそう命令されていたし、相手の正体を魔導士たちが調べ上げるまではその方がいいだろう。それに奴らも『標的』を探しているのであれば、こちらは労せずして『標的』に案内してもらえることになるしな」


 そう言うと、その場にいる全員を見回して、


「アンドロポフの班は、今の決定に従ってその用心棒たちをしっかり見張っておけ。ポクルイシュキン魔剣士長殿から連絡があって、この任務にはロシチェンコとパブロフの班も加わることになっている。それまでは相手に気付かれずに動向を探るだけにしておけ」


 そう言うと、ゆっくりと立ち上がって、


「では、私は自分の班を指揮して先にイスファハーンに参る。『標的』や用心棒たちを発見したら、遅滞なく仲間の班にも知らせるんだ。相手は今まで出会った中で最強の実力を持っていると言って過言ではない。手柄を狙っての突出は厳に禁止する、いいな⁉」


 そう命令してその場から消えた。


 ポクルイシュキンが消えた空間をしばらく眺めていたカツコフは、しばらくして部下たちを見回して言った。


「みんな、『オプリーチニキ』の魔剣士部隊としては今までにない屈辱的な命令だが、イヴァンをやった奴らは明らかに百戦錬磨の剣士たちだ。僕の実戦経験からも、彼らは単に人間だけでなく、魔物やそれ以上の存在と戦った経験があるように感じた。時が来るまで雌伏して爪を研ぐ、それも我ら『オプリーチニキ』の信条の一つだ。奴らを見かけたらすぐに班全員で情報を共有し、人数で優っていても決して戦うな」


 カツコフの言葉を無念そうに聞いている班員に、彼は優しい声でしみじみと言った。


「僕は初めて部下を失った。その無念さは忘れないが、これ以上君たちのうち一人でも失うのは耐えられない。だからみんな先任魔剣士殿の言葉に従ってくれ。この任務の成功を残りの全員で祝おうじゃないか」



「話には聞いていましたが、実際に見ると凄まじい強さですね」


 サンドサーペントの群れを全滅させ、王都への旅を再開したホルンたち一行では、カンネーがガルムにそう感嘆していた。


「……何事も経験だ。そして経験を体系的に分析して自分なりの理論を組み立てることさ。もちろん、ある程度の腕に達していることが前提ではあるがな」


 ガルムは前を見たまま言うと、チラリとカンネーを一瞥し、


「お前も人間相手ならある程度の経験があるようだが、魔物とはあまり戦闘をしたことはないな?」


 そう言う。カンネーは正直に答えた。


「まあ、スライム程度ですね。キルギスに出張った時も、ほとんどが遊牧民を相手にしていましたし、幸か不幸か魔物らしい魔物にはお目にかかったことがありませんでした」


 ガルムはうなずくと、


「正直なのはいいことだ。ホルンさんと一緒に旅をすれば、魔物や魔剣士、魔導士たちとも戦いたい放題だ。命を大事にしながら、一つ一つの経験を積んでいくといい」


 そう笑って言った後、


「……今のザール陛下の代で、魔物たちはこの国から駆逐されるだろう。魔物退治なんて経験ができるのも今のうちだけだぞ」


 そう、少し寂しそうに言った。


「ガルムさん、なんか残念そうだね? 魔物がいなくなれば辺境の人たちも平和に暮らせるし、私たちのような用心棒の出る幕もなくなる。それはいいことじゃないか」


 先を行くホルンが、ガルムの気持ちを感じ取ってそう笑う。カンネーたちもうなずいたが、ガルムは苦笑して、


「ホルンさん、それはそのとおりだが、魔物がいるからこそ、人間といい関係を築いている魔族の有難味が分かるってものだ。魔物がいなくなれば、人間ってヤツはきっと自分たちに理解しがたい能力を持つ種族や、俺たち『魔力の揺らぎ』を扱える存在を毛嫌いするに違いない。それだけは勘弁願いたいものだな」


 そう言う。


 ホルンはその言葉にハッとして、


「……そうだね、ガルムさんの心配はよく分かるよ。『すべての種族が互いを尊重し合う世界を創る』……それが私とザール、いや、あの戦いに参加してくれたみんなの願いだった。せっかくそんな世界が実現しようとしているのに、魔物がいなくなれば元の木阿弥……それは私も本意じゃないよ」


 そう、しばらくの間を置いた後に言った。


「……魔物と僕たち人間は、共存していけるのでしょうか?」


 後ろの方からクリスタがおずおずと訊く。


 ホルンは真剣な顔で答えた。


「できる……と私は信じたいね。現に今、このファールス王国の国王はドラゴニュート氏族だし、大宰相はハイエルフ、大将軍はジーク・オーガで驃騎将軍はアクアロイドだ。もちろん人間の方が比率は高いけれど、重要な役職にある人間は大司馬のイリオン将軍くらいさ。それでこの国はうまく行っている」


 そしてクリスタを振り返って、


「あなたの国ではどうか知らないけれど、聞くところによると皇帝陛下はあまり魔法なんてものを信用していないみたいだね?」


 そう訊く。クリスタは首を振って答えた。


「いいえ、確かに父上は理論的に物事を進める性格ですが、理論で説明がつかない事象について、頭から否定するお方でもありません。『非論理的でも帝国のためになるものは認めねばならぬ』が口癖ですので」


 それを聞くとホルンは嬉しそうに言う。


「そうかい、それだったら私も皇帝陛下とは話が合うかもしれないね。その心がけは素晴らしいから、ザールも気に入るかもしれないよ?」


 するとクリスタも嬉しそうに言った。


「この国を立て直されたお二人です。そのような機会ができれば、父上もきっと喜ばれることと思います」


「ふふ、じゃそんな機会があれば私に言ってくれればいいさ。私はもうこの国の運営には関わり合いがない身だけれど、ザールになら話を通してあげられるからね」


 クリスタは、ホルンの言葉を注意深く反芻してみた。そして彼女が、約束どおり自分の今の境遇について何一つ訊こうとしていないことを確認し、ニッコリと笑った。


「何だい? 私は何か変なことを言ったかい?」


 ホルンが訊くと、クリスタは満足そうな顔で首を振り、


「いいえ、ただ、ホルン様は約束を破らないお方だなと安心しています」


 そう言う。


「ふふ、用心棒って仕事しょうばいは信用が第一さ。その信用を得るコツは、嘘をつかないこと、約束を守ること、そして時間を守ること……簡単なことだけれど、案外軽く見られがちなことだよ」


 ホルンの言葉をかみしめるように聞いていたクリスタは、紅潮した頬を上げて言った。


「僕も気をつけておきます。いつか来る日に、胸を張って歩いて行けるように」


   ★ ★ ★ ★ ★


「何だい、結局姫様は戻って来られなかったのかい?」


 イスファハーンの王宮では、ホルンの帰りを待っていたジュチたちが、ただ一人悄然として戻って来たザールから事の経緯を聞いて残念がっていた。


「姫様が2年間もどこにいて、誰と何をしていたのか気にならないかい? ザール。ボクはとても興味があるよ。なんたって姫様はお美しいからねェ」


 ジュチがウザったく伸びた金の前髪に、形のいい人差し指を絡ませながら言う。そして碧眼の流し目でザールの顔を意地悪く眺めていた。


「ジュチ、姫様は仮にもこの国の女王様だったお方で、姫と言う立場は捨てきれないってことは十分に解っていらっしゃるはずだよ? アンタが想像しているようなこと、姫様に限ってされるわけがないよ」


 リディアがその可愛らしい顔を真っ赤にしてホルンをかばうように言う。


 けれどザールは、余りそんなことには興味がない風情で、


「まあ、そこはリディアが言うとおりだろうね。で、ジュチ、僕は君に意見を聴きたいことがあるんだが」


 そう冷静に言うと、ジュチは肩透かしを食らったような顔で、


「おやおや、ロザリアと言う王妃様がいるってだけで、昔の彼女の動向に関してそんなに冷静になれるのは素晴らしいよザール。で、ボクに聞きたいことって何だい?」


 そう訊き返した。


「アンタねぇ」


 ジュチの言葉にカチンときたリディアが、何か文句を言おうとして口を開けたが、ザールは微笑んだまま切り出した。


「リディア、ジュチはこれでもいろいろと心配して言ってくれているだけだ。あまり彼を責めないでくれ。それよりリディアにも、そしてガイにも聞いていてほしいことがある。それは姫様が救ったという少年のことについてだ」


 そしてザールは、サームから聞いた出来事について、ジュチたちに詳しく話した。


「……ということだ。もちろん僕が直接姫様から聞いたことではないから情報として不完全ではあるが、それでもウラル帝国の皇太子が女装してこの国に紛れ込み、そしておそらく伝家の宝剣と共にイスファハーンに向かっているんだ。このことについて僕は、そしてこの国はどういう態度を取ったものだろう?」


 ザールがそう話を締めくくると、彼には似合わず真剣な顔をして聞いていたジュチは、ただ一言で答えた。


「ただ機に臨んで変に応じるだけさ」


 ザールはガイの顔を見た。最初から一言も言わずに話を聞いていたガイは、紺碧の瞳を持つ目を細めて一つうなずくと、落ち着いた声で答えた。


「ジュチの言うとおりだ。今の話だけでは相手の置かれた立場や裏が全く分からない。すなわち、現時点では国として公に手を出すべき事項ではない。その時が来たらしかるべき処置をするために、とりあえず姫様たちの動向だけはつかんでおく必要はあるがな」


 ザールはさらにリディアを見る。リディアは可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべながら額の白い角をつついていたが、ザールの視線に気づくと


「アタシはさ、難しいことはよく分からないけれど、その皇太子が助けを求めているって言うのなら力になってやりたいよ」


 そう答え、ザールに逆に訊いた。


「ウラル帝国から、何かそれを匂わせるような知らせとか入っていないのかな?」


 するとジュチが代わりに答えた。


「実は、入っていないこともない。中書令から回って来たものだが、まだ確認が取れていなかったものだ。だからまだザールの耳に入れていなかった」


 するとザールは驚いた顔でジュチに訊いた。


「どんな内容だ?」


 ジュチは肩をすくめると、片方の眉を上げる独特のしぐさをして答えた。


「情報として確認が取れていないことを前提にして聞いてくれたまえ。中書令から上げられた報告は三つある。一つ目は皇太子護衛隊長のアリョーシャ・バグラチオン将軍が王都に来ているらしいことだ」


「それが事実なら、皇太子はバグラチオン将軍とここで落ち合う予定なのだろうな」


 ガイが静かにつぶやく。ジュチはその言葉に一つうなずいて、


「ボクもそう思うが、今は憶測は省いて報告だけを話すことにしよう。

 二つ目はウラル帝国内で『破壊竜アンティマトル』に似た波動が観測されたことだ。この件については、ロザリア妃がゾフィー殿の縁をたどってルーン公国のアニラ・シリヴェストル殿と言う魔女に問い合わせている途中だ。今回の件に関係があるかどうかは分からないけれどね?」


 そう言うと、ザールが緋色の瞳を持つ眼を細めて、身体中からパッと白い『魔力の揺らぎ』を燃え立たせた。


(アンティマトル、あいつのせいでリアンノン殿も、ゾフィー殿も、そしてオリザも散らさなくていい命を散らしてしまった……そいつが復活しているかもだと⁉)


 血相を変えているザールに、ジュチは静かに語りかける。


「……ザール、落ち着いてくれ。まだそうだと決まったわけじゃないし、そうであったとしてもウラル帝国がどう出るかによってこちらの出方も違って来る。キミが今力んでも仕方ないんだ」


「そうだよザール。そりゃオリザのこととかいろいろあったから、そんな風になるのは分かるけれど、まずは落ち着こう?」


 リディアも困り顔でそう言う。


「……陛下、怒りは周りを見えなくします。相手が難敵ならなおさらです」


 ガイが凪の日の海原のような、伸びやかな、そして穏やかな声で言うと、ザールはハッと我に返ったように『魔力の揺らぎ』を収めて言った。


「そうだったな……それで、続きを教えてくれ、ジュチ」


 ジュチは薄く笑うと、驚くべきことを告げた。


「最後は、この宮殿内にウラル帝国の諜報の手が伸びていること、です。この話をボクたちだけに限ってしてくれたことは幸運だったよ。でないと相手に筒抜けで、否が応でもウラル帝国の都合に振り回されるところだった」


「何だって? いったい誰が?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、ザールではなくリディアであった。ジュチは薄く不気味な笑みを湛えたまま、ザールを見て言う。


「まだそれは確認中だが、意外な人物が関わっている可能性がある。もろちん、はっきりしたらザールに知らせるが、その処置はボクに任せてもらってもいいだろうか?」


 ザールは大きくうなずいて言った。


「それはもちろんだ。君が思うとおりにやってくれて構わないさ」



「見つけたぞ。あいつらだ」


 サマルカンドから南西に200キロほど離れたアムダリヤ河の畔で、『オプリーチニキ』の一行はホルンたちを捉えた。


 最初はまだサマルカンドにいるのではないか、ひょっとしたら『東方の藩屏』トルクスタン侯サームの庇護を受けているのではないかと心配して、城内をあまねく調べ上げた彼らだったが、


(これはもうサマルカンドにはいないのではないか?)


 ふとそう閃いたユーリー・アンドロポフは、直属の上官であるミハイル・カツコフ先任魔剣士に


「私たちはサマルカンドからイスファハーンに続く街道を調べてみます。結果はご報告いたします」


 そう連絡を入れると、急いで街道沿いに探索の網を広げたのだ。


 それから、自分の直感に従って南西へと駆けに駆けたアンドロボフたちだったが、最初の日は何も収穫がなく、


(やはりまだサマルカンドにいるのか?)


 そう思ったものの、


「いや、奴らが『標的』を探しているのであれば、いずれにしても王都への道はたどるはずだ」


 そう、天啓ともいえる確信に支配され、次の日も駆け続けたアンドロポフだった。


 その賭けに似た行動は、彼にとって吉と出た。ちょうどホルンたちはアムダリヤ河の渡し船を待っていた。そこに彼らは追いついたのだった。



 アンドロポフは、ホルンたちの一行をつぶさに眺めた。


 先頭には身長180センチを超える、がっちりとした男が立っていた。茶色の髪の下に青い隻眼が鋭い光を放っている。


 髪には白いものが混じっていて、年の頃は50前後と言ったところだったが、ごつい両手剣と直径60センチほどの楯を背負い、革の胸当と重い革製の長靴を履いている。そのたたずまいには、いくつもの死線を潜り抜けて来た者のみが持つ凄味があった。


 次に、問題となっている『女槍遣い』が、肩を超える銀髪を風になぶらせながら立っていた。銀髪には手の込んだ造りの金の髪留めが光り、翠色の瞳で何者も見落とさぬかのようにゆっくりと辺りを見回している。


 美しい顔には左の額から右の頬にかけて一筋の刀傷が走っており、緑色のマントは歴戦の証のようにボロボロだった。恐らく魔力が込めてあるであろう鎖帷子の上に革の胸当を着け、腰には大腿部を守るように革製の横垂を装着している。


 そして膝当の付いた底の厚いブーツを穿き、手には穂先の長さが60センチはある手槍を持っている。まったくスキのない構えだった。


 その後ろにいるのは、身長155センチほどの美少女だった。金髪碧眼で鼻筋は通り、意志の強そうな眉をしている。


 浅葱色のワンピースの下に裾が絞られたズボンを穿き、腰に巻いた革製の太いベルトには、少女には不釣り合いなくらいしっかりした剣を吊っている。


 その後ろにいる30前後の男が、恐らくその男の後ろにいる二人の男たちの長だろう。身長は175センチくらいだが、その碧眼には油断ならない光が宿っていた。この男も、それなりの修羅場をくぐって来ていることは明白だった。


「ネターニエフ、あいつらはどんな関係だと思う?」


 アンドロポフは、次席の指揮官であるヴァシーリー・ネターニエフに訊く。この男は40を過ぎて『オプリーチニキ』にスカウトされた人物であるが、集団を一目見てその中にある人間関係を見抜くという特技を持っていた。


 ネターニエフはじっとホルンたちを眺めていたが、やがて首を振って答えた。


「後ろの茶髪の男が、それに続く二人を指揮しているのでしょう。それは間違いありません。そして先頭の男と銀髪の槍遣いは主従のようですね。もちろん、槍遣いの方が主人です。その後ろの少女は、ちょっと見当がつきませんね。少なくとも先頭の主従の子どもではありません」


「部隊長と女槍遣いはどういう関係だ?」


 アンドロポフは意外に思っていた。歳こそ離れているものの、あれだけの阿吽の呼吸で攻撃を繰り出せる二人だから、血縁関係があるかと思っていたのだ。先頭の男の娘が銀髪の女槍遣い、その娘が剣を佩いた12・3歳の少女……そう当たりを付けていたが、どうやら違うらしい。


「不思議です、あの隊長も槍遣いの女に敬意を抱いています。ひょっとしたらあの女槍遣いは、ただの用心棒ではないかもしれませんね」


 ネターニエフが不思議そうにそう言うのを聞いて、アンドロポフは決心した。


「よし、僕たちも一般人に化けてあいつらにつかず離れずイスファハーンまで行くぞ」



 一方で、ホルンたちの方もアンドロポフたちの存在に気付いていた。


「……性懲りもなくまた来やがったね」


 ホルンがそうつぶやくと、ガルムも前を向いたまま言った。


「気付いておられましたか。まあ、これだけの視線だからホルンさんが気付いていないはずはないと思っちゃいましたが……どうします?」


 ホルンは笑顔で振り向いて、笑顔のままクリスタに物騒なことを言った。


「気付いているかもしれないが、あなたを狙っている奴らが追い付いてきたよ。だから今後は気を抜かずに女の子を演じてくれないと困るよ?」


 クリスタは、思いのほかしっかりとうなずくと答えた。


「分かっています。安心してください」


 それを聞いたホルンは、ガルムやカンネーに


「じゃ、とりあえずは無視だ。あいつらが何か変な動きを見せたらその場で叩き潰す。それでいいかい?」


 そう言う。ガルムもカンネーも心得顔でうなずいた。


 やがて、渡し船が岸につくと、


「クリスタ、私から離れるんじゃないよ」


 そう言うとホルンは、さっさと船に乗り込んだ。


「……奴ら、乗り込んできませんね?」


 渡し船が岸を離れると、カンネーがそう言って今、後にしてきたアムダリヤ河の右岸を見つめる。そこには次の船を待つ人たちが既に集まっていて、その中の何人かは確かに自分たちに刺すような視線を送っていた者たちだった。


「下手に接近して正体を知られるのを恐れたんだろうね。次の船で渡っても私たちに追いつく自信があるんだろうさ」


 ホルンが背伸びをしながら言う。


「着いたら走りますか?」


 ガルムが訊くと、ホルンは首を振った。


「奴らにそんな手は効かないさ。さっきも言ったとおり、私たちを捕まえたからには二度と逃さない自信があるんだろう。そんな奴相手に無駄な体力は使わない方がいい。勝負の時まで取っておこうじゃないか」


 渡し船は20分ほどで対岸に着いた。


「どこまで足を延ばしますか?」


 下船したガルムが訊くと、ホルンは


「そうだねェ……普通に考えればトルクメナバートで宿を探すってことになるだろうけれど……」


 そう言いかけて、イタズラっぽい目をしてガルムとクリスタ、カンネーたちに言う。


「あいつらを出し抜いてやろうか。ここから直接、イスファハーンに行こうじゃないか」

「えっ⁉ でもここからイスファハーンまでは直線でも600マイル(この世界では約1100キロ)はありますよ?」


 クリスタが信じられないといったふうにホルンを見て言う。けれどホルンはニコニコしながら皆を見回して、


「人の目に触れない所に行こう。あっちの丘の向こう側でいいかな」


 そう言うとすたすたと歩き出す。


「何をなさるつもりなんですかね?」


 カンネーも信じられないと言った顔をしてガルムに訊くが、ガルムはくすくす笑いながらカンネーたちを煙に巻いた。


「まあ、俺はホルンさんと戦ったことがあるから、あの人のやり口は判っているつもりだが、ここで『奥の手』を使うとはな。とにかくみんな急いでホルンさんの後を追おう」


「みんな揃ったね」


 丘のこちら側に回り込み、渡し場が見えなくなったところで、ホルンは足を止めて振り向いた。ガルム以外は、これから何が起こるのかと考えあぐねている顔だ。


 ホルンはクスリと笑うと、


「まあ、普通の人間じゃ思いつかないだろうけれど、私にはガルムさんの他に強い味方がいるのさ。いつもは姿を隠しているが、いつだって私の頭上を守ってくれている味方がね?」


 そう言って声を張り上げた。


「ブリュンヒルデ、また一つ力を貸してくれないかい?」

『承知いたしました、ホルン様』


 クリスタやカンネーたちはびっくりした。咆哮と共に彼らの目の前に現れたのが、体長は10メートルはあろうかと言うシュバルツドラゴンだったからだ。


 ブリュンヒルデは、クリスタたちを琥珀色の瞳で見るとうなずいて、ホルンに訊いた。


『皆さんをイスファハーンまでお連れすればいいのですね?』


 ホルンはうなずいて、


「そうさ。ちょっと人数が多いけれど、ブリュンヒルデならばなんとかなるだろう?」


 そう言うと、翼を地面へと下げるブリュンヒルデを後ろに、ホルンはみんなに言った。


「怖がらなくていいよ。このブリュンヒルデは私の仲間だ。みんな背中に乗ってイスファハーンまでひとっ飛びってわけさ」


 そう言いながら、ホルンはブリュンヒルデの背中へと飛び乗る。


「じゃ、俺もお言葉に甘えて世話になるか」


 ガルムも、軽々と背中に飛び乗り、まだ事態を飲み込めないでいるクリスタやカンネーに鋭い声で言った。


「クリスタ、カンネー、ぐずぐずしていると置いて行かれるぞ!」


 その言葉に、クリスタたちも条件反射のようにブリュンヒルデの翼を伝って背中に登って来た。


「しっかりつかまってな。振り落とされたらイチコロだからね」


 ホルンはニヤリと笑って言うと、背中に立ち上がって


「ブリュンヒルデ、行くよ!」

『かしこまりました』


 ホルンの号令と共に、ブリュンヒルデは一飛びで雲まで届くほど飛び上がり、風を切りながら南西へと飛び去って行った。


 アンドロポフたちがこちら岸に到着した時、既にホルンたちは遠くマリの上空を飛んでいた。



 飛翔すること2時(4時間)、ホルンの翠の瞳は、遠く遥かに王都イスファハーンを捉えた。ブリュンヒルデは高度1千フィート(約3百メートル)を、首を大きく上に持ち上げた形で飛んでいたため、寒さや風圧はさほどのものではなかった。


「あいつら、びっくりするだろうね。こちら岸についてみれば私たちの影も形も見えなくなっているからね。あいつらがどう急いだとしても、まだマリにすら行きついていないだろうね」


 ホルンはくすくす笑いながらご機嫌である。


「しかしホルンさん、そうなると奴らは全力をイスファハーンに投入して、俺たちを探すだろうな。ひょっとしたらすでに奴らのなにがしかはイスファハーンでこちらを待っているかもしれないぜ?」


 ガルムが言うと、ホルンはちょっとためらった後、


「その点は大丈夫だと思うよ。私に考えがあるからね」


 そう言うとブリュンヒルデに話しかける。


「ブリュンヒルデ、お疲れだったね。適当なところに着陸してくれないかい?」

『いえ、久しぶりの快適な飛行でした。ところで内城の中庭に着陸しましょうか?』


 ブリュンヒルデが意地悪い声で訊くと、ホルンは顔を赤くして


「ばっ、ザールをびっくりさせるのが目的じゃないんだよ? それに私たちがザールと会うと、ちょっと面倒なことになりかねないからね。南のくぼ地辺りに着陸しておくれ」


 そう指示を出した。


 ブリュンヒルデから降りた一行が向かった先は、サマルカンドの交易会館だった。


 交易会館は、地域の商人たちが作っているもので、そこでは投機や投資の情報、作物の出来不出来、各国通貨の為替の状況など商売上の情報から、旅をする商人のための宿屋の手配、そして用心棒のあっせんまで行っている場所である。


 もちろん、世の中が平和になるにつれて用心棒の出番は少なくなりつつあったが、それでも辺境に近い場所にある交易会館には、いまだに用心棒用の『求人票掲示板』が残されている。イスファハーンの交易会館もそうだった。


 意外と言えば意外だが、ホルンはこの交易会館で仕事を請け負ったことはついぞなかった。彼女が辺境を主な仕事場にしていたこともあるし、何よりザッハーク朝の目を逃れる必要があったからだ。


(本当に久しぶりだね……)


 けれどホルンは、イスファハーンの交易会館の前でちょっと立ち止まって、柄にもなく感慨にふけった。考えてみれば王位に就いた後、よく宮殿を抜け出して用心棒時代の服装に身を包み、ここにお忍びでやって来たものだった。


 それはガルムも同じだったようで、彼が前将軍だった時、ホルンは偶然にもここで彼に出くわしたこともある。その後、ガルムはホルンに骸骨を乞うたのだ。


 思えば、『預言の黙示録』の意味を知った彼女が、王位を捨てる決心をしたのは、その瞬間だったかも知れない。人皆それぞれ、その人に与えられた役割がある。その役割を終えた後は、肩の荷を下ろして自適するのもいいかもしれない……ガルムの辞意を聞きながら、ホルンもまたそう考えたのだった。


(まあ、私の場合は『肩の荷を下ろした』とは到底言えない状態だったけれど……まあ、それは今でも変わっちゃいないから、どうでもいいことではあるけれど)


 ホルンはそう思いながら、イスファハーンの交易会館へと足を踏み入れた。



(サーム様は、クリスタが速やかにバグラチオン将軍と出会えるよう手はずを整えると言っていたね。だったら交易会館の責任者に聞けば、何か分かるかもしれないね)


 ホルンの考えは当たっていた。


 ホルンが自分の名を告げ、責任者に会いたいと言うと、


「お話はサマルカンドのオマル館長からうかがっています。こちらにお通りください」


 受付にいた男性は柔和な顔でそう言うと、ホルンたちを奥の応接室に案内した。


 そしてそこで、ホルンたちは懐かしい人々と出会ったのである。


「お久しぶりだね、姫様。姫様ってばあの頃とちっとも変っていないねェ」


 ソファから立ち上がって、人懐っこい笑顔を向けてきたのは、身長150センチ程度、茶色の瞳がくりくり動き、茶色の髪をショートカットにしたリディアであった。


「まったく、麗しいご尊顔に2年も拝謁できなかったことは、ボクの人生の中で最も暗黒な時期の一つでしたよ」


 同じくソファから立ち上がり、優雅にお辞儀をするのは金髪碧眼の美青年、ジュチだった。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 そしてガイが、深い海の色をした瞳に懐かしさを湛えて言う。


 ホルンも、思わず涙ぐんで、皆に背を向けると急いで目をこすり、


「久しぶりだね、みんな。あのころと変わらなく元気そうで何よりだよ。まあ、座って話そうか」


 そう、努めて明るい声で言うとソファに座る。ジュチたちも腰を掛けたが、ガルムとカンネーたちはクリスタを守る形で突っ立ったままだった。


「早速だけれど、私が何をしに来たのかはもう分かっていると思うから、サーム様……じゃなかったオマル館長からの依頼について、最新の状況を聞かせてくれないかい?」


 そう、ホルンが本題を切り出す。


 リディアとガイの視線を受けて、ジュチが笑って答えた。


「まったく、こういう役割はいつだってボクなんだね? まあいいや、まずはバグラチオン将軍についてですが……」


 ジュチはそう切り出しながら、ホルンの後ろに立っているクリスタの顔を見て、


「……その方が皇太子殿下ですね? なるほど、女装とはいい案だ」


 そう言うと、サッと真剣な顔をして碧眼を細めて言った。


「早いな……ボクの想定ではあと1時(2時間)は時間を稼げるはずだったけれど」


 そのつぶやきと共に、交易会館の前で何かが炸裂する音がして、建物全体がぐらぐらと大きく揺れた。


 ジュチたちはさっと立ち上がると、


「……姫様、ここで話している時間が無くなりました。『隠れ家』は覚えておいでですか?」


 レイピアを引き抜きながら問いかけてくる。


「覚えているわ」


 ホルンも『死の槍』の鞘を払いながら答える。


「では、皆さんをそこにお連れください。ここはボクたちで食い止めます」


 ジュチが言うより先に、リディアは虚空から偉大な大青龍偃月刀『レーエン』を呼び出して素振りをくれると、


「姫様、案内役は頼んだよ?」


 そう一言残し、部屋を出て行った。


「姫様、一刻も早く『隠れ家』へ。あそこはロザリアが編んだ次元空間、めったなものは入れません」


 ガイも海神の蛇矛『オンデュール』を取り出すと、リディアに続いて外へ出て行く。


 ホルンは、自分も戦闘に加わりたかったが、震えているクリスタを見て考えを変えた。確かに、あの隠れ家の場所と入る方法を知っているのは自分しかいない。


「分かった、久しぶりにみんなの活躍を見たいけれど仕方ないね。みんな私についておいで」


 ホルンはそう言うと別の扉から外へと向かった。


「やれやれ、あいつを泳がせたばかりに大事なところでチャチャが入った。ボクの計画が台無しじゃないか、腹立たしいな」


 ジュチが最後に外に出ると、既にリディアとガイは『敵』を一人残らず始末していた。


 ジュチは肩をすくめると、呆れたような顔でガイにぼやく。


「ボクは出番もなしかい? 一人くらいは残しておいてほしかったけれどね」


 ガイは笑って


「それは仕方ない。降りかかる火の粉は払うべきだからな」


 そう言うと、真顔に戻って足元の死体を『オンデュール』で指してジュチに言う。


「……これは大事になりそうじゃないか? どう収拾する、大宰相殿?」


 ジュチは、その死体を見て碧眼を細めて唇をかんだ。それは右将軍兼イスファハーン西市正であるディミトリー・タルコフだったからである。


「……やはりそうだったか……とにかく、ボクはザールに知らせてくる。姫様たちの護衛は頼んだよ?」


 ジュチはそう言うと、パッと翠色に光るアゲハチョウの群れとなって、宮殿へと飛んで行った。


(『4 喧騒の真実』に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ウラル帝国の『お家騒動』については、おいおい詳細が明らかになります。

次回、『4 喧騒の真実』、お楽しみに。

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