開門戦
上空に浮かぶ、巨大な門。
荘厳な彫刻と、ただならぬ雰囲気を備え、固く閉じた扉の間から時折、黒い霧が漏れ出ている。
いかにもな禍々しい門を囲み、かなりの数のプレイヤーがグループごとに固まって、地上に待機している。
最前列を埋めるのは、最強プレイヤー達だ。全員、フルの虹装備のうえ、ガチガチに強化し、強者の雰囲気を醸し出している。
「門が開くと、裏世界のプレイヤーが攻めてくる」
「倒した数のポイントがもらえるよっ! 倒されると草原に入れなくなるから、気をつけてねっ」
ナビ妖精が、ここぞとばかりに説明する。
リユキ達は草原の一番端、街に近い場所で足を止めた。
門なんて小さくてよく見えない。早く来て場所取りしないと、良い場所などなくなるのである。
「まぁ、リユキは回復飛ばすとして、オレとレイさんで、護衛かな?」
「そうか」
他のプレイヤーがひしめきあう様子を、興味深そうに眺めるレイ。
やがて、荘厳な音を響かせて、重い鐘の音が草原フィールドを揺らすと、ゴゴコと門が開いた。
先頭に人影が浮かぶ。
額に大きな角の生えた、コウモリの翼を持つ、女性だ。黒く禍々しいエフェクトが飛び、いかにも強そうな──いや、セクシーな紫色の水着姿。
抜群のプロポーションを惜しげも無くさらし、片手で髪を払う。
「待たせたな! 軟弱な表世界の者共!」
ヒューヒューと囃し立てる声があちこちから飛ぶ。距離があるのに、彼女の声がはっきり聞こえた。
「世間は夏休みじゃからな! 今日は特別サービスじゃ! 可憐な最新水着で、お主達の相手をしてやろう! ……存分に味わえ!」
何故か拍手まで起きた。先頭のガチ集団も水着姿を褒めている。
何だろうこれは、と思考が止まっていたレイは、両手をかかげた彼女の頭上に、特大の火球が作られるのを見た。
「防御構え!」
「来るぞー!」
周りのプレイヤーが一斉に身構える。リユキも何やら杖を構えた。
「聖バリア」
火球が、地上に向かって放たれ──派手な炎と、衝撃が襲う。
一瞬の間のあと、門の下で戦闘が始まる。門から次々にプレイヤーが飛び降り、または翼をはためかせ飛んで、空中から襲いかかる。
シドが意気揚々と前に出た。端まではまだ敵は来ないが、そのうち乱戦になるだろう。
「あ、忘れてた」
壊れたバリアを再び張りながら、リユキはレイに告げる。
「開門戦は、デスペナないから死んでも大丈夫」
「おい」
「プレイヤー同士の戦闘、こんな感じ」
「なるべく生き残るぜ! ってもあっちは裏ボスちゃんいるしなー、殲滅魔法は防げないしなー」
なお、世界チャット欄では、水着姿に絶賛のコメントが嵐のように流れていた。初お披露目だったようだ。
目を輝かせた女性プレイヤー達が、近くで拝もうと前線に殺到する→集まった所で殲滅魔法がぶっ放される→また集まってくる、がしばらく続いた。
お馬鹿なプレイヤー達をあざ笑う、裏ボスのコメントに、逆に沸き立つ男性プレイヤー(見た目女子)達の、真剣で派手な攻防が落ち着いてきた頃……。
目に見えて、味方の数が減った。
敵の姿が近づいてくる。
派手なエフェクトの魔法があちこちで爆発し、剣技の光が走る。ついでに、一度草原フィールドに踏み込むと、開門時間が終わるまでは、街には戻れない。
あの魔法はなになに、あの剣技は武器由来、隠し武器とかもあって、と二人から交互に説明されながら、レイは一人の敵を目で追っていた。
立派な鎧と、大振りな大剣の偉丈夫。軽々とプレイヤーを切り捨てながら、こちらに来そうだ。
鋼の剣を見下ろす。
ゲーム内では死んでも──ロストしても、最初の街に戻るだけ。言葉では説明されていたし、攻略サイトであらかた理解したが。
「相手の武器は、奪えるんだよな?」
「うん。落ちたのを拾えば……ただ、終わったら返すのが礼儀かな」
レイはチラリとリユキを見る。
全く怯える様子もなく、時折回復魔法を届く範囲に飛ばして、時間を気にしている。
「時間制限が、あるんだったか」
「ん。あと10分……あ、地図に。味方の分布見れる。右上の丸いの」
「ヤバいの来たぜっ、先に行く!」
剣戟の音が近づいていた。興奮したようにシドが特攻しに行く。予想通り、大剣のプレイヤーが視界にいた。
回復をもらっていた他の味方プレイヤーが、回復者を守ろうと立ち塞がる。
壁になってくれたプレイヤー越しに、じろりと視線が寄越された。
白い衣装に金色の翼だ。見た目で回復役だと分かる。きっとよく目立つだろう。
レイはただ、じっと目を凝らす。
シドが果敢に攻撃して行ったが、素手と大剣ではリーチの差で無理があった。
大剣のプレイヤーが、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
表情が、こんなに細かくはっきりと分かるんだなと、リュウキは無関係な事を考えていた。
シドが一撃をもらい、地面に倒される。
同時に、横にいたレイが動いた。
ちょうど、壁になってくれた味方プレイヤーに大剣の目が移動した瞬間。
装備を見れば、相手のレベルは簡単に分かる。大剣プレイヤーはノーマル装備に何ら脅威を感じなかったのだろう。だから、気にしなかった。
走りよるレイは無視して、中堅装備の壁プレイヤーに斬り掛かった。
ゲーム内の仮想空間でも、普通に斬り掛かる速度はそれなりに速い。普通のプレイヤーなら、避けるのも精一杯だろう。壁プレイヤーが慌てて盾を構えたあと、衝撃は襲ってこなかった。
一秒、二秒、三秒。
ロストする時の衝撃を覚悟して体を固くして──ふと顔を上げる。
壁プレイヤーは自分の見たものを疑った。
いつの間にか、茶色いローブ姿の人物が、少し離れた所で地面に落ちた大剣を拾い──握りを確かめていて。
「なっ……の野郎っ! 返せっ!」
大剣の持ち主は、利き手を無くし、片膝をつき。
「後で返す」
取り返そうと掴みかかったプレイヤーを、あっさり斬り捨てるのを。
「……は?」
後ろにひらっと片手を振り、大剣を奪ったプレイヤーが近場の敵に走って行く。
魔法攻撃を避け、槍を避け、剣を弾き、飛んできた矢を切り捨て。
「……はああ?」
ノーマル装備のプレイヤーが、ガチ装備のプレイヤーを簡単に、次々と、斬り捨ててゆく。
いや、奪った大剣はガチ武器なので、いやでもそういう事じゃなく──。
「はああああっ!?」
味方なのに。有り得ない。信じられない。
倒れていたシドも、目をまん丸にしてレイを眺める。
テクテクとシドの近くまで移動したリユキは、一応彼に回復魔法を掛けた。
「あと五分」
「……おい」
「端で待ってよ」
「……おーい、リユキ?」
「大丈夫、拾い物は返す。……あ」
かなり遠くまで押し返したレイは、生き残った中堅プレイヤー達を引き連れる形で、門に向かって行く。
ちょっと冷や汗が出そう。
(まさか)
並み居るガチ勢を何故か容易く斬り伏せ、門の近くまで辿り着くと、いきなり投擲姿勢になり──投げた。
「な? ……のああああっ!?」
安全なはずの門の内側、淵に立っていた裏ボスの首に大剣が突き刺さる。
誰も、止められなかった。
『──そこまでっ! 攻撃側、裏ボスのロストを確認! 表の勝利──! 参加者に100得! さらにボス討伐ポイントが討伐者に1万! おめでと──!』
門が、閉じていく。同時に、裏世界のプレイヤー達の姿がかき消えた。
一瞬の静寂。
その後の怒号。
久々の劇的勝利に沸き立つプレイヤーの中、すたすたと戻ってくるレイにリユキは駆け寄れなかった。何人かのガチ勢に囲まれてしまったからだ。
遠くからモテモテなその様子を見守りつつ、凄い勢いで流れていく世界チャットに引き攣りつつ、そっとメッセージだけ送信した。
「シド、先に帰ろ」
「えっ、いいのかよアレ! ほっといて!」
きっと、どうやったのかとか、どこかに所属してるのかとか、フレンドになろうとか、しつこく勧誘されているだろう。
「メッセージ送ってある」
「お前……」
この場で、自分達まで捕まったら終わりだ。さっさと逃げるべし。
リユキの予想通り、見知らぬプレイヤーに囲まれ、逃げ場を失ったレイがメッセージに気付いた時には、草原フィールドに二人の姿はなかった。
『いったん、ログアウト』
「……ログアウト」
「あっ!? ちょっ……」
しつこく勧誘してきたプレイヤー達が叫ぶのを聞きながら、現実世界に戻ってくる。
見慣れてきたホテルの天井から視線を移動し……空っぽの、隣のベッドを確かめる。
ゴソリとヘッドギアを脱ぐ。
リビングの方で物音がして、ひょいとリュウキが顔を覗かせ手招きした。
訳もなく安堵する。
テーブルに飲み物が用意され、さらに菓子袋も置かれた。休憩しようという事らしい。
無言で、携帯端末をいじっているリュウキに、レテューはかけるべき言葉を考える。あの時胸をよぎった衝動は──到底、無視できるものではなく。
強い視線を感じたのか、リュウキがきょとりと顔を上げ、困ったように笑う。
「やっぱりやめとく? なんか……卑怯な気がしてきた」
「そうか?」
ウンウン頷く。
「そして、残念なお知らせです。開門戦で勝っても、性別戻らない」
「……そうか」
「せっかく倒してくれたのに。ごめん。でも、スカッとした」
珍しく相好を崩して笑うリュウキに、レテューも頬を緩める。
それから、言いたかった言葉がふと、見つかった。
「たとえ、遊びだろうと、お前を死なせない」
「っ……」
「忘れるなよ?」
眼差しが、穏やかなのに心臓に刺さる。
真剣すぎるセリフに、返す言葉も思いつかない。
ただのゲームのはず、なのだが……。
先行き不安をヒシヒシと、肌に感じたリュウキだった。




