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62話 私に力を下さい。

「やく」

「どうした」

「私と婚姻を結んで」

「…ほう」


私だけを守る存在であると同時に、いつぞやの小さい頃の約束もここで果たしてみよう。


「結んだところで結稀の寿命は延びないぞ」

「うん、かまわない」

「死ぬ時が同じになるわけでもないな」

「それもかまわないよ」


形だけでも私とやくの関係に何かが欲しかったのかもしれない。

存在が変化した私達の間に契約という関係は成り立たない。

けれど今まで育んだものは変わらないから。


「成程…それもまた1つの形か」


口約束になるとやくは言う。

そうだろう、ただ言葉を交わすだけ。

でも私達は知っている。

私達が術式を使う時も、祝詞を献上する時も、言霊を使う時も、全てに言葉が存在し無意識であれ意識的であれ日々行使している。

だからここで婚姻を言葉で結ぶことは大事なことだと分かっていた。


「是非」

「なら酒を用意しよう」

「ありがとう」


そして彼が傍にいるなら私のやりたいことができると思った。

根源が消し去った後に、この国の存在する舞台が変わったらやろうと思っていたことだ。


「やく、もう1つ」

「随分欲深いな」


お願いごとが多すぎただろうか。

でも今のやくを見てる限り機嫌がいいから良しということだ。


「これで最後だから」

「言ってみろ」

「私、国中をまわりたいの」

「何故だ」

「人々が呪を自身で浄化できるよう手伝えることがないかなって」


舞台がさらに変わり、見えなくても人々が呪を自身で浄化できるようになる未来を築く為。

多くの巫女が導いたとしても、それが定着するまで時間もかかる。

そのいくらかを私が手伝えないかということと、彼が成し得た国の統一された姿を改めて見に行くのもいいのではと思った。


「やくが神託を成し得たのも見られるし、一石二鳥じゃないかなって」

「成程」


それもいいだろうと彼は頷いた。


「もう変わり始めているのだろうけど、それを見ながら新しい舞台に人々が馴染むまで見届けたい」

「そうか」


浄化を先導し、教えをしていくのは今の巫女たちにだろう。

その中で私にできることをやっていこう。


「大変な時はやくに任せる」

「なんだ、潰し合いでもする気か?」

「しないよ…でもまだまだ混乱してるだろうから、そういう時は頼りにしてる」

「そういう流れなら退屈しなくて良いな」

「わざとそういう流れにしないでね…」


とぼけるやくをしり目に遠くを見やる。

この国の変化は私の考えるよりもより急速に広まっている。

それを感じて、ふと涙が一筋流れた。

どういう意味合いで流れたのか考えていると、隣で彼が軽く笑った。


「昔からよく泣くな」

「…小さい頃のは数えに入れないでよ」


そういえば難升米ナシメはよく泣く人ではなかった。

壹與イヨだって難升米や卑弥呼の前では泣かないよう努めていた。

彼からすれば、よく泣くように見えるのだろう…最も、幼少期に天神にいた頃と富士に行った直後が泣くことが多かっただけで、そんなに泣かない方だと自負はしているのだけど。


「まだ変わっていくぞ」

「そうだね」


私もやくもここに巫女でもなく守護守でもなく存在している。

私にはやりたいことを成し遂げるためにこれから動いていくのだと思うと胸の内が熱くなった。

力が残っているのだろうか。

残っていたとしても、私には今後助けが必要だし、なにより彼に隣に立っていてほしい。


「名前はそのままでいいの?」

「結稀の好きにするがいい」

「えー…」

「自分から言い出してなんだ、その反応は」


私は難升米みたくするりと新しい名前を思いつくことは得意じゃないんだけど。


「私だけの守護守で私守護?それはちょっと違うかな……んー…日向ヒムカとやくを足してひやくとか?」


飛躍、秘薬、日役。

ここで言うなら日役がいい気がする。

逆から読めば役日で特別な日を意味し、日役自体は地域に根付いて奉仕すること…彼が私に力を貸してくれるのなら、その力はそのまま国中の浄化の為に尽くされる、そこに繋がる名前。


「ひやく…」

「どうした」

「名前をひやく、呼び名はやくのままかな」

「それは変える必要があるのか?」


そう言われるとなんとも返答し難いけど、そこは適当に流しておいた。

やっぱり名前を決めるのがうまい人に頼むのがいいだろう。


「そうだ、さくらさんにきこう」

「桜は名付けが上手いとは思えんが」

「さくらさんの言葉の上品さを考えれば大丈夫!それに今一番に会うならさくらさんがいい」

「勝手だな」

「うん」


私が思う通りに動くだけ。

さくらさんはどちらを選ぶのかもきちんと聴きたい。

彼女は私の家族なのだから。


「数時間、仮名ひやくでお願いします」

「好きにしろ」

「ひやくさまで呼んだ方がいい?」

「畏まるなと以前から言っているだろう」

「そうだね」


さまを付けて話したのは、私が記憶を一部抜き取られた後、姉兄のことで彼に力を貸してほしいと願い出た時だ。

その時のことを思い出して、ちょっとだけふざけてみたくなった。

せっかくだ、格好つけて言ってみよう。


「やく」

「ああ」


真っ直ぐ見上げる。

私が格好つけているのをわかってるようだった。


「私に力を下さい」

「どのような結末であっても受け入れるか」


結末が見えているくせによく言う。

それでも…今度はきちんと応えられる。


「うん、見届けるよ…最期まで」


私の応えに傍若無人は満足そうに笑った。


「いいだろう」

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