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58話 呪の根源 前

「さあ楽しませてもらおうじゃないか」


大きく広がりを見せた呪の中から根源を探すのはそれほど難しいことではなかった。

根源はこの国の中心とするところにいた。

壹與の身体の中にあるような結晶体としての姿はないけれど、ここだけ異様に呪が濃く黒かった。


「ふむ、さして大きくなっていないな」

「これ以上大きくなっても…」


緊張感のないやくと違って呪はきちんと彼を理解してるようだった。

空に広がっていた呪が渦を巻いて集まりだした。

その中心は良く見えない…結晶体のようにわかりやすく存在してくれればとは思うけど、そうはいかない。

ここは浄化で形を出していくしか。


「結稀」

「なに?」

「力は授けんぞ」

「大丈夫」


私の応えが嬉しかったのか、これから思う存分戦えるのが嬉しいのか、妙に生き生きしている。

最近見たのが日向ヒムカだったからかもしれない。

存在が違うのだから反応も違って当然なのだけど。


黙って私は神楽鈴を出した。

やくはそれを見て目を細めた。

それを使うのかと。


「巫女として浄化するから…これを使う」

「ほう」


ただし足元まで深く浸蝕の及ぶ場所で舞をするのは難しいので、扇を4柄前後左右の地に刺して簡易結界を作り出す。

扇が生み出す領域の中へは呪は入ってこれない。

これなら私は舞に集中できる。

やくも成程と言いながら頷いて次に空を仰いだ。


「では俺は一足先に楽しんでくるとしよう」


そう言って呪が集約する空へ飛んでいく。

私もやろう。

まずは根源を形として出現させる、そこから祝詞と舞で浄化する。


「よし」


瞼を閉じて意識を集中する。

遥か上空、呪が集約していくのがわかる。

ゆっくり瞳を開けると同時に1歩ずつ、丁寧に足を運び、鈴を鳴らす。

聴きなれた鈴の音、私の好きな音。


「俺手ずから相手をしてやろう」


集約し始めた場所から大きな津波のような呪の本流がやくを襲う。

同じように背後から黒い津波を出して彼と呪の間で大きくぶつかって弾けた。

波は弾けて元の黒い霧に戻る。


続けざまに彼は雷を落とす。

落ちる場所の呪がざあざあ音を立てて霧散して消えていくが、雷が消えればすぐにまた黒く染まった。

その雷を縫って行くように黒い龍が咆哮をあげて彼を砕こうと口を開けて突進してくる。

彼の背後に十数振りの刀が現れ、龍を貫きそのまま刺さった刀が爆発した。


「さあ俺をもっと楽しませて見せろ」


足りないと彼が叫ぶ。

黒い炎が彼の叫びに呼応するように渦を巻いて現れた。

彼を中心に円状に広がって炎を大きくしていき、周囲の呪は焼き尽くされていく。


呪が集約し始めた渦の中から、球状の黒い塊が発出し、やくに向かって襲い掛かった。

炎をそのままに、その炎の中から鋭い筋が発出され、球状の呪を打ち落としていく。

球状の呪はやくに届くことなく、すべて鋭い筋によって割られ霧散した。


「この程度ではないだろう」


その言葉を呪はわかっているのか、大気が震え大地が鳴った。

舞をそのままに周囲を見回すが、呪の浸食を受けた木々や大地から黒い霧が舞い上がり、空へ集約されていく。

今度は黒龍が10頭出現した。

やくはそれを見て笑う。

宙に浮かぶ中、足に力を入れた後、風の力を使ってより速く滑空した…龍も同時に動き出す。


「……やく」


なんとか目で追える範囲内で、やくが楽しそうに龍の咆哮を避けたり打ち消したりしながら、串刺しにしたり雷で打ち落としたり、風の力で切り刻んだりと往々に呪を霧散していった。

龍は渦の中から再度10頭出てくる。

その速さで後に出た龍を駆逐し、そのまま呪の渦まで一瞬で辿り着いた。

そのまま渦の中心に手を突っ込み、笑みを濃くした途端、渦が金切り声を上げて弾け飛んだ。


「逃げ足だけは一人前だな」


渦は4つに分離し、やくの近くに再出現する。

炎の柱が渦を飲み込んで上がる。

内1つの渦は消え去った。

1つは近くの渦と一緒になり、より濃い渦になってそのまま塊となって頭を垂れた。

やくに向かうのかと思いきや、しばし制止し、その後内側からたくさんの棘が現れ、何もすることなく霧散していった。

いつの間に仕組んでいたのか。

このままだと本当に彼が遊んで、そのまま根源が消されてしまう。


「次を寄越せ」


最後に残った渦が震える。

そして渦からゆっくり出てきたものに驚き心乱されるところだった。


「成程」


やくだ。

いや、あれは日向…過去の彼だ。

彼だけじゃない。

難升米ナシメ臺與イヨ、卑弥呼…母も祖父母も姉兄もいるし、臺與が記憶してる側近たちの姿もあった。

この世に生のない者たち。

臺與の記憶をベースに巫女として力のある者を選んだのだろうか。

やくの前に立ち塞がる過去の人々には覇気がなかった。


「………」


ただ呪が臺與の記憶を元に作り上げた入れ物、というよりも見た目が同じの人形だろう。

やくもそれは理解しているようだった。

躊躇いもなく雷を落としたから…最もあれが甦った中身のある人たちだったとしても彼は容赦はしないだろう。


雷を避けることができた者たちは片腕がもげてしまったり、体の一部が抉れてしまっていたけど、かまわずやくに向かって行く。

傷口から黒い霧を滲ませて。


「!」


それぞれが巫女術を行使していた。

中身がないのに、術式を行使できるなんて。

もちろん術式全てをもってしても彼に傷をつけることなんてできない。

全て相殺され消えていく。


唯一結界内で認識を歪めることができた卑弥呼さまですら術式を行使してもやくが作る水の壁によって相殺され、彼は彼女の持つ薙刀を掴み大地に落とした後に地の土で刺し飲み込ませた。

次に難升米が背後から彼に迫るが、途中その動きが止まる。

彼女の足に巻き付くのは大地から伸びた土だ。

その動きが止まったところに黒い塊が空から降りてきて、難升米を巻き込んで地に沈み、彼女はそのまま潰れて消えていった。


「………」


それを見て呪は何を思ったのか、やくの手足を人形を使って拘束した。

同時、彼の正面から日向がかつての厄災の中から出てきた件の剣を持って迫っていた。

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