55話 臺與との別れ。
「違う!いつも兄様の傍にいるくせに!見てるのはいつも兄様のくせに!」
扇が臺與を襲うがそれを跳ねのけ、次に私の投げた刀が目の前に迫る。
それを跳ね返すどころか真っ二つに割って地に落とした。
桜の矢が彼女の肩に刺さり、桜吹雪が巻き起こる。
臺與は煩わしいとばかりに嫌がり、咆哮を上げて桜を散らした。
散らしきる前に私が目の前に迫り薙刀を向けるのを知った臺與は尾を私の米神めがけて振り上げる。
それを飛ぶ扇を使って進路をずらしてぎりぎりで避け薙刀を振るった。
「私から兄様をとらないで!」
薙刀が竜の手に掴まれる。
びくともしない。
薙刀に罅が入り、臺與がもう片方の手を振り上げた時、扇がその手を腕ごと持って行った。
「往生際悪いわね!」
「そうだね」
そう言って片方の手に持ち替えたものを見て臺與は少し驚いたようだった。
「早く死んでよ!」
「それは無理」
折れた刀の一部を手に、臺與の胸を割いた。
さくらさんの力で作った網が臺與の足を拘束し、飛んでいた扇が両肩に刺さり彼女の動きを止める。
「炎」
飛んでいた矢が私の手元に戻って来る。
臺與も私が何をするか分かったようだった。
「臺與、ちゃんと言っておく」
これは月映結稀としての言葉。
私の応えを臺與は求めてないのかもしれないけど。
「私はやくが好きだよ。月映結稀として、災厄の守護守が好き」
「……なによ」
臺與が持つ感情とは違うけど、私はやくといるとゆるやかな心でいられる。
もちろん散々私を上から見てきて遊ぶ様子は頂けないけど、共に過ごした時間が物語っている。
彼が傍にいることが当たり前のことだと。
「難升米もそう。難升米は日向が好き。これだけは嘘をつけない」
「……煩い…煩いのよ」
「でもね、難升米は臺與も大好きなのよ。どっちも選ぶと決めていた」
「…そんなの違うわ」
「だから今、大好きな貴方を人として終わらせるのよ」
「やめて!!」
矢を直接手に持ち彼女の胸にぶっこんだ。
結晶体を貫いた途端、矢の羽根から炎が吹き出し結晶体を桜の花吹雪が包む。
「やめてよ!」
「ちょっと痛いかも…我慢してね」
「いや!やめて!」
彼女の叫びと共に結晶体が身体から離れていく。
結晶体から彼女の身体に根付いている糸状のものを引きちぎりながら突き進む。
「お願い!」
炎の力と桜の力が増し、彼女から完全に結晶体を離れさせた。
「やだやめて!」
結晶体を炎の矢で撃ち抜いて勢いのまま大地に刺した。
桜の枝葉を四方に出して簡易結界、飛び続けていた沈静の力を宿した矢で射貫いて結晶体の暴走をおさめる。
予想通り、結晶体はその形を保ったまま呪を撒き散らすことなく、その場に縫い止められた。
「……いや、いやよ…」
「臺與」
バラバラと龍の鱗が剥がれていく。
難升米の記憶にある姿を出して、彼女は私の胸に倒れ込んだ。
「臺與、聞こえる?」
「難升米…」
呪から完全に分離し、先の花吹雪を使い彼女自身にも浄化を行使した。
臺與の身体が白く光る。
程なくして粒子となって消えるだろう。
私はそれを見届ける。
難升米が私に課した業を、私の意志で見届けると決めたから。
「臺與が本当に優しい子だって知ってるよ」
自分を犠牲にしてでも大事な人を助けたい、優しい彼女が考えやりそうなこと、傍から見てそれが正しいかなんて判断できない。
答えは彼女しか持ち得ないから。
「難升米、私…そんなつもりじゃなかったの」
「うん」
「難升米のこと好きなの」
「うん」
「兄様も姉様も、国の人も、国も…全部大事…」
「うん」
「私、間違ってた?」
「いいえ」
それだけは断じてない。
誰も彼女の行為を否定できない。
彼女しか呪を自身に受け入れ根源と化すことができなかった。
彼女の意志の強さと持っていた異質さがあったから、あの日倭国を覆い尽くす呪は一所にしか影響しなかった。
やくのように質を変えて存在を変化させたのとは違う。
新しい形を使った彼女のやり方は当時の一つの正解にちがいない。
「難升米……嫌なの…独りは嫌」
「大丈夫、難升米は臺與を待ってる」
だってそこにいるもの。
やっと迎えが来た。
臺與もずっと独りで過ごしていた。
呪に蝕まれ苦しさと戦いながら。
「難升米……?」
「えぇ」
「難升米、そう…」
何を感じとったのか、彼方を見つめた後小さく頷き、もうほとんど見えてないだろう瞳を私に向ける。
「貴方、難升米とは違うのね」
「……そうね。でも難升米の言いたいことは嘘偽りなく伝えたよ」
「…そう……世話になったわ」
「うん」
「でもあんたはやっぱり恋敵よ」
「はは、そうだね」
ちょっとだけ照れ臭そうにすんと鼻を鳴らして彼女は浄化された。
遠く、難升米を追う姿が見えた。
「器の巫女よ」
「…沈静の守護守さま」
臺與たちにより近く、境目に立っていたのは沈静の守護守さまだった。
「私はいきます」
「……そうですか」
「元より臺與様と共にある身、この時を待っていました」
「はい」
祖父母によって消滅しなかった沈静の守護守さまは、もしかしたらこの時を迎える為だけに守護守として再度とどまったのかもしれない。
「私は臺與様の認識の中から生まれた守護守です。苦しさをおさめる、平穏な倭国であるという彼女の望みから発生した認識…臺與様がいなければ私を認識するものはいないのです」
「……はい」
「臺與様と共にある…これが私の望みです。叶う日が来た事を嬉しく思います」
「そう、ですか…」
「器の巫女よ」
「はい」
「災厄をお願いします」
「もちろんです」
憂いが払われた沈静の守護守さまは穏やかに笑い、遠く去っていく。
臺與がかつての名で彼を呼ぶと嬉しそうに傍に控える姿が見えた。
そして。
「許さない!」
一息付く間もなく、大きく縦に揺れた。




