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48話 前世。

呪を初めてその目で見たとき、驚愕というよりも今日がその日だったのかという思いだった。

彼が全国をまわり争いを平定する過程を見ていてそれに近いものは多く見ていた。

それを任地として配置した巫女に人々の不安の解消という名目の祈祷で賄うよう頼んでいた。

最初は問題なく次々と小国が平定し安定していっていた。

卑弥呼さまの言う倭国統一は夢ではないのだと日々実感することが出来た。


難升米ナシメ

日向ヒムカ


日向が今までで見たことのない沈痛な面持ちで私を見ている。

私の意志が変わらないことを悟り、一度深く瞼を閉じた。

私が日向という名で彼を呼ぶときは個人的な時だ。

そう、これは私の勝手。

大国も民も関係なく、たった1人のために向かうのだから。

彼はゆっくりと瞼を上げ私を見据える。


「そうか、行くのか」

「……はい」

「覆さないな」

「あの子は私の娘であり、妹であり、よき友人で…そして、私が次期に仕える王ですから」


そういう時、日向は止めない。

いつだって楽しそうに他人の事など知らぬと言って勝手に楽しく自由に動いているのに、ことその個人が大事にしている選択と行動には一切彼の自由な都合は混じらない。


「すぐに追う。俺がいない間に楽しんでくるがいい」

「…えぇ、お待ちしております」


すぐに顔つきが変わり、不遜な態度のまま彼は去った。

彼が言うのだ、すぐに追いつかれるのだろう。

なら私はより早く彼女に会わないと。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「臺與…」


術式を使ったようだ。

全国を巡る日向の認知度から呪は日向と卑弥呼様のいる邪馬台国へ向かっていた。

それを見た彼女は自身に術式をかけ、呪を自身に向けるよう試み、半分は成功していた。

だから日向は邪馬台国で民の避難と安全の確保に尽力せねばならなかったわけだが、その半分ですら人1人では抱えきれないということが目の前にして分かる。


「臺與様、お迎えに上がりました」

「いらない!」


呪を内に孕み、未だ彼女の中へ中へ浸蝕していく呪は外側の肉体を腐らせ始めていた。

立つのがやっとだろう、微かに震えながら私を睨んでいる。


「貴方が背負う必要はないのです」

「煩い!私は兄様を助けるの!」


空に渦を巻いて砂のように臺與様の元へ降りてくる黒い霧を見上げて彼女は憂う。


「これは兄様に向かってる…倭国の民は知ってるもの…兄様が争いの渦中にいる脅威だって。駄目よ、いくら兄様でもこれ全部をどうにかするなんて」

「そうね」


1歩進むと来るなと恫喝される。

あぁ、臺與さまは悲しんでいる。泣いている。

私にはわかる、ずっと見守り育て導いてきた私にだけは。


「淋しかった?」

「そんなわけない!」

「ごめんなさい。私ずっと自分の事ばかりで…臺與はもう大丈夫だと勝手に決めつけていたわ」

「煩い!」


浄化の祝詞を静かに献上する。

私がやることはただ1つ、この黒い霧を浄化で消し去ることだ。


「臺與が呪を引き受けるように、私にも呪を浄化するのを手伝わせて」

「今更やめてよ!」


足が腐り膝をつく。

早く浄化しないと取り返しがつかなくなるけど、焦ってもいけない。

私の心の在り方が直に浄化に反映するから、なるたけ平穏に保ちつつより早くに灯を灯さないと。


「この国が良くなるよう政に、多くの小国の平定維持に、海を渡り他国と関わる事に尽力していたわ…でもその分臺與と一緒にいられなかった」

「それがなによ!」


今更だ。

過去の事を悔やんでもその事実を変える事は出来ない、ここでそれを言っても臺與の気持ちが報われるわけじゃない。


「臺與、これは私の勝手よ」

「私の前から消えて!」

「浄化するわ」

「煩い!」


まだ分離できる。

そうすれば多少の傷はあっても人の身体を保って救われるはずだ。


「-」

「なに?!」


灯が灯る。

祝詞を静かに続けながら、足捌きもただ歩いてるのと見分けがつかないぐらい静かに運ぶ。

臺與は私に向かって叫ぶだけで、術式を行使するでもなく、神器を使うわけでもなかった。

呪を受け止めるので精一杯だったのもあるだろう。臺與が耐えてる分、私は着実に浄化に踏み切れる。


「やめてよ!」

「やめない」

「放っておいて!」

「臺與を助けるし、呪も止めるわ」


もう遅いと彼女が叫ぶ。

臺與の中で呪によって身体が変異してる事を感じたようだった。

彼女の身体に入っていく呪の一部が刺のように発出して私の生み出した浄化の灯を真っ二つにし消滅させた。

この呪という産物は今までの私たちの持つ力では対抗出来ないのか…いやでもやるしかない。

臺與を取り戻すのを諦めるわけにはいかない。


「臺與、遅いなんて事はないの」

「無駄よ!」

「無駄じゃない」


もう一度灯を灯す。

その度に呪が針のように変わって灯を消そうとしてくる。

このままだと埒が明かない…臺與に浄化を受け入れてもらえば呪が相殺しようと動く事も抑えられそうだけど、彼女はひたすらに拒否をする。


「気づくのが遅いなんてないのよ。始めるのに、早いも遅いもない」

「煩い!」


灯を絶やさず、祝詞も舞も続けたままであっても、少しずつ呪が彼女を蝕んでいく。

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