41話 向けられる殺意。
「まあ喋ったところでなんともないけど」
「なんで…」
「はあ?」
気に入らないとばかりに顔を歪めて、刺さった薙刀を引き抜くと、傷口はなくするりと治っていく。
傷口から呪の片鱗はない。
ただ再生力だけは規格外だ。
「呪のことも器のことも教えてやったのに。力だってわけてやったのに。本っ当役立たず!」
「祖父母の呪は臺與さまが?」
「私の恩恵を受けて何もできないとか本当馬鹿よね。お前を連れて来いとは言ったけど、殺せと言った方がよかったわ」
そして何が面白いのか急に笑いだした。
「唯一の仕事はこの身体を私に指し示したことだけ」
「母は、」
「あいつの延命方法は他人の身体を使ったものだ」
「やく」
では目の前は紛れもなく母の身体ということ。
母が黄泉國で会えなかったのは、このことがあったから?
そうだとしても会わない理由にはならないと思うけど。
「大概は私の魂に合わなくて壊れちゃうし、入れても動けないとか具合悪かったけど、今回は最高だわ!これで日向兄様とずっと一緒にいられるもの!」
母は祖父母の術式によって生まれたから、器ではないけど器に近い形で生まれたのかもしれない。
だからこそ臺與さまの魂を受け入れられたのか。
目の前の女性は確かに見た目母ではあるけど、やっぱり違う。
母はこんな顔をしたことなんてない。
「随分抵抗されたけど大人しくなったし」
「臺與、もしかして食したの?」
「卑弥呼さま?」
その言葉に笑う臺與さまは私すごいでしょ?えらいでしょ?と少女の顔をしている。
食べたというのは?
「こいつの夫も巫女だったからすごい力だったんです。こいつはそれを見て逃げ出したけど、それでも姉様といた頃と同じぐらいの力が戻ったんですよ!」
父を食べた?
何を言っている?
「他人の身体を延命する為に使うと精神の力を大量に消化するわ。それを補うために他人を食べて自身の力に変換するの。それが臺與のやり方よ」
「それって…」
「今まで多くの巫女が犠牲になってるわ」
卑弥呼様は見てきたのだろうか。
千里眼を持ってして…そして長い間臺與さまは身体を変えることと食べることを繰り返していたというのか。
「…そんな」
臺與さまは次に恍惚の表情でやくを見つめていた。
さっきから統一性がない、感情が四散してるし、対象がころころ変わる。
わかるのは私が彼女にとって怒りの対象であるだけだ。
「兄様…ああ日向兄様…ずっとお会いしたかった」
「……」
「好きです、兄様。愛しているんです」
だから一緒に、と言う臺與さまの言葉を遮り、やくが鼻で笑った。
「まだそんな世迷い事を吐かすか」
「兄様…」
「俺は誰にも縛られない」
臺與さまの気持ちに応える気はないとはっきり告げ、その言葉に瞳に涙を浮かべ俯く臺與さま。
告白をして断られた時の、そんなどこにでもいる表情をした女性が、次に顔をあげたとき鬼の形相に変化していた。
「私は国が豊かになるためにこんなに尽くしたのに!」
「それがどうした」
「兄様はいつも争いばかり!掻き回すだけ掻き回して!折角私が庇ったのに!助けてあげたのに!」
「それがどうしたと言っている」
「そこの女のせいでしょ!」
私を指差す。
ここまでくると目の前の人は母という認識は薄れてきていた。
幼い頃に亡くしたのが結果的に今に繋がっているのかもしれないし、目の前の臺與さまの形相があまりに母とかけ離れているからかもしれない。
「こいつは兄様の器…私には合わない…けど私の方が兄様を愛してるから、隣に立つのは私なのよ!」
偏りが激しいけど、彼女の言いたいことはやくを好きでいるというのことだ。
長い間好きなのだけはわかる。
認識は違えているし、やくは応えないけど、彼女の気持ちは生前から変わらないのだろう。
こんなに真っ直ぐ気持ちを向けられるものが愛なのだろうか。
年月なんてものを比較しても意味ないけど、臺與さまと同じ気持ちでやくの隣にいるわけじゃないことはわかる。
私の心は臺與さまと比べると激しくもなくひどく穏やかで、やっぱり今はまだ応えることができないし、卑弥呼さまに言ったことが現在の応えだろう。
「結稀」
「うん」
「足掻け。俺はここに立つ」
「……わかった」
敵う力はくれてやると言って笑う。
「日向兄様、」
「臺與、お前は王に値しない」
「兄様、」
「しばらく時間をやったが変わらなかったな。お前はもうあるべき場所へ還れ」
その言葉は臺與さまにとってとても辛いことだろう。
好意を伝えた相手に決別される。
臺與さまは軽くよろけながら、微かに震えていた。
「兄様…どうしたのです……そんなこと言うなんて………あぁ…あぁ………ああそいつですか?そいつですね?」
急に視線が私に移動する。
今契約してる私が気に入らないのか…悲しい衝撃が何かをきっかけにして瞬時に感情が変化する。
怒りと殺意、不の産物の最たるもの。
「やっぱり殺す!」
大気がびりびり震える。
彼女の沈んだ足元から大地に呪の浸蝕が始まるが、それも僅かで制止する。
卑弥呼さまの力だ。
「折角私が助けてあげたのに!そんな女の言葉に惑わされて!」
「俺に助け等不要。勝手な妄言は不敬でしかないぞ」
「嘘!嘘よ!兄様は私にいつだって私に優しい!そんなこと言わない!」
やくですら否定し始めた。
この規格外の強さは些か骨が折れそうだけど、今回やくは力を授けてくれても自ら動く気がなさそうだ。
と、卑弥呼さまに呼ばれ振り向くと、軽々と薙刀を放り投げてきた。
「卑弥呼さま、これ…」
「私のお古になるけど使って」
そうなるとかなりの破魔の力が宿ってることになる。
卑弥呼さまは話してた時とは打って変わり、申し訳なさそうにして臺與を止めてと言う。
「私は動けないの。だから貴方にお願いするわ」
「…はい」
大丈夫です、私決めましたから。
一瞬遠い記憶の片鱗が見えた気がした。決意した遠い過去。
「死んじゃえ」
振り向くともう目の前に臺與さまが迫っていた。