39話 母と再会する。
「お久しぶりです。卑弥呼姉様、日向兄様」
「…お母さん?」
見たことのない笑顔で卑弥呼さまとやくに声をかける母は私を見ていない。
母は死んでいる。
黄泉國でも会えはしなかったけど、イタコの話からするに存在はそこにあった。
母が一歩一歩進む度に地響きが起きる。
彼女の足元を見ると、足が大地に沈んでいた。
相当の重さがないと歩きながら地に足を沈めることはできない。
それに先ほど感じた呪が目の前にいるのがわかる。
見たところ呪の片鱗なんてどこにもないのに…姉兄の時のように形が変わるわけでもなく、祖父母の時のように内に多く孕んでいるわけでもない。
呪が見えないのに、呪に蝕まれていることだけがわかる。
得体の知れなさに僅かに震えた。
母は変わらず笑いながら、ゆっくりこちらに近づいて来る。
「結稀さん」
さくらさんが私の前に出た。
やくも卑弥呼さまも険しい顔をしているけど動かない。
「……」
「卑弥呼さま?」
物言わず卑弥呼さまが結界を行使した。
そうなると、益々目の前の母が脅威で敵だと言っているようではないか。
「やく」
「…お前も気づいてはいるだろう」
「な、にを」
「あれはお前の母ではない」
「……そんな」
わかっていても気持ちが追いつかない。
目の前で動いて、声を発している…守護守とも卑弥呼さまとも存在が違う…確実に生身の人間であることがわかるのに。
やくも卑弥呼さまも何も言わないことを気にしてか、母は小首を傾け少し考えてすぐに思い至ったのかからから笑う。
「あぁ、姉様と兄様にこの身体で会うのは初めてですね。私です、臺與です」
「臺與さま…」
史実にも名が残っている。
卑弥呼亡き後、再び争いが激化した中で、王の位を継ぎ邪馬台国に平穏をもたらした巫女。
最古の巫女とされる卑弥呼には及ばずとも今現存する巫女は到底敵わない力の強さを持つ者だ。
「今回の身体、すごくよくて!動けるぐらい馴染んだから来ちゃいました」
はしゃぐ姿は少女のようだった。
中身は臺與さま、身体は母ということ?
「母の身体を…?母は死んでいるのに?」
「日向兄様もお変わりなく…この臺與が来たからにはもう大丈夫です。ご安心下さい」
「あの、臺與さま…」
「煩い!」
「!」
やくへ向けた笑顔から急に険しい表情にかわり私を睨みつける。
「お前がいなければ日向兄様がこんな目に遭うことはなかったのに!」
「え?」
「それは違うな」
やくの否定に表情を変える臺與さまは、とてもショックを受けているようだった。
彼女にとって、兄と姉の存在はとても大きなものなのだろうか。
「日向兄様…」
「俺は納得した上で全て受け入れた。勝手に決めつけるな」
「そんな…」
「何度も言っているが…俺は俺の好きなように動いている。あの神に課せられた事も関係ない」
よりショックだったのだろう、言葉を失い俯いてしまう。
何か声をかけるべきかと、口を開きかけた時、突然笑い出して顔をあげる。
私に殺意を向けて。
「許さない!」
「!」
私に真っ直ぐ向けられた殺意は形を作って襲ってきた。
たくさんの鍾乳石…鋭利に尖った多くの石が私めがけて投擲される。
その全てに桜の枝が刺さり破壊された。さくらさんの力だ。
「さくらさん」
「なに?邪魔する気?」
次の瞬間、臺與さまの前後左右に桜の木が聳え立った。
簡易結界を行使して、その中心である臺與さまを飲み込む形で一際大きな桜の木が拘束する為に立ち上がる。
臺與さまはふんと鼻を鳴らした。
「結稀さん」
「はい」
「お話ししたい事が」
臺與さまを見据えたまま、さくらさんは静かに語った。
「結稀さん、私は美智子さまの命により、今に至るまでずっと嘘を吐いていました」
「え?」
「私は貴方の監視役です」
学びの時の契約から今この瞬間に至るまで全てが私の監視。
器として狙われ続ける可能性からくる守りの監視と、器と知り暴走しないかをずっと見てきた粛清の監視の2つの役目として。
国の存続の反古や器巫女と守護守の関係を絶やそうと言うのであれば、さくらさんの手に掛けて命を奪えと。
「…結稀さんがこの循環をどうにかしたいと仰った時点で私は貴方を殺さなければならなかった………でも出来ません」
「さくらさん」
現状維持が巫女本部としての見解。
管理者である叔母さまも当然この意思を尊重する。
だから私は本来なら死に至る…それこそ粛清対象で、いつ命をなくしてもおかしくなかった。
「ですからこれは私の勝手な罪滅ぼしです」
「でもさくらさん、」
「お願いします、やらせて下さい」
「そんな」
「結稀」
呼ばれ見上げればやくが王の顔をして否定する。
意思の強さが私を捉える。
あぁこの人は守護守になっても全ての他の守護守である民のことを考えているのか。
「桜の意志を尊重してやれ」
「でも」
「そうでもしないと自分で納得出来まい」
「……」
「……」
「………分かりました。でもどうしても私が我慢できなければ動きます」
さくらさんが笑う。
その微笑みが悲しそうに見えたのは見間違いではない。
「私が結稀さんに言った事は嘘ではありません」
「…はい」
「では参ります」
さくらさんは振り返らず駆けて行った。




