27話 イタコと黄泉國へ。
恐山。
霊山と名高い巫女の中でも選ばれた者しか行けない任地。
学びの中ではこれぐらいしか教えてもらえない。
まさかここの巫女が延命術を行使してるなんて数えるぐらいしか知らないのではないだろうか。
そもそも延命術が存在してることを知ってる巫女はいくらいるのかっていうところからだと思う。
「月映結稀だね」
「!」
いきなり話し掛けられて驚いて振り向けば老婆が一人。
気配がなくて気付かなかった。
一目でイタコとわかる特殊な巫女装束もさながら、存在自体が他の巫女と異なる。
霊山の力を得ているからか、生身の肉体というよりはどこか透明感を感じるけど、間違いなく人として存在している。
「来なさい」
恐山を進む。
活火山である恐山には植物の姿は見えない。
湧き出る水は熱を孕み蒸気とともに空へ飛んでいく。
そして強力な力を感じる…守護守さまでも巫女でもない…死者のエネルギー。
生者の力とぶつかりながら巨大な結界を生み出しているのか。
「冬籠と流夏には会ったのかい」
「あ、はい…会いました」
それは記憶の祖父母なのか、呪に塗れた祖父母なのかわかりかねたが、どちらにも会っているからよしとしよう。
「あやつらが呪に澱んでなかった時に約束したものでな」
「えと、何をでしょうか?」
「お前の父と母に会わせることさ」
「え…?」
イタコは死者と交流できる。
精神を交え、声を生者に届けるのが役目…私たち渡り巫女はほとんど表舞台にはでないけど、イタコは巫女でない人々と関わることが多い。
「父と母に…」
「それが冬籠と流夏が望んだことだからね」
「祖父母が?」
自ら手に掛け殺した相手と私を会わせる?
そんなことを他人に頼む必要もないし、呪に塗れる前なら両親は生きていたはず。
そんな約束する必要がないはずだ。
「先見の明というやつだよ」
「祖父母は自分たちが呪に飲まれるとわかっていたんですか?」
「まあ誑かされたが、結果そうなることは大方覚悟の上だったろうよ」
千里眼、予知と言いようはいくらでもある。
祖父母が仮にこの力が強かったとして、自分たちが呪を内に孕み、私とやくの前に現れることを了承してたということ?
そんな未来の覚悟ができるというの?
自分が人でなくなる未来を受け入れるなんて想像つかない。
「あやつらも随分抵抗したさ。器について調べたのもそのためさね」
「……それでも駄目だったから受け入れたんですか?呪を?」
「結果はそうだね」
イタコの足が止まる。
小さな洞窟の前に小さな社がたてられている。
その先…本来はないはずなのに見えてしまった。
死者の世界だ。
「行こうか」
「え、口寄せじゃないんですか?」
「馬鹿言ってるんじゃないよ」
馬鹿にされた。
そもそもイタコを通して死者と交流するのであって、生者が自ら死者の世界に行くなんて聞いたことがない。
なのに隣から笑い声が聞こえる。
「黄泉國とは久しぶりだな」
「…私はこちらでお待ちしています」
楽しそうにしてるやくに対し、あまりいい風にはとれない表情のさくらさん。
死者の世界は守護守さまにとってもなにかあるのか。
「一緒でもいいですか?」
「かまわんよ。それにそやつは駄目だと言ってもついて来るだろう」
「よく分かっているじゃないか」
なんだか嫌な予感がした。
黄泉國で暴れるやくの姿を…いやいやさすがに死者の世界で暴れる必要がないだろう。
戦う相手がいないのだから。
「お前の母親は冬籠と流夏の術式によって生まれたんだよ」
秋葉山とは異なるけど、地下へ進んで行くのは同じだ。
イタコの術式の後、私たちは生身なのかそうでないのかよくわからないけど、社の向こうの死者の世界へ歩き出した。
そして道中とんでもないことを聞かされている。
母が術式で生まれる?
「あぁもちろんきちんと腹の中から生まれたがね」
「え…ど、どういうことですか?」
考えても150年以上生きている祖父母がそれなりの年齢で母を身篭ることは確率的に低い。
となるとそこに術式が絡んでくるのか。
「器を産むよう術式を組んだんだよ…まあその子供は器ではなかったがね」
「……そんな」
もののような言い方。
それが真実なら母はどんな思いで生きてきたのか…祖父母の言い様を考えると、知らないままでいた可能性は低い。
あまりにも非情ではないだろうか。
業を課すと言っていたが生まれた母は当然ながら何も知らないはずなのだから…後で事実を知った時の母の心情を考えると想像も出来ない。
「ふむ」
「どうかしました?」
「どうやら会う気がないようだね」
「はい?」
まだまだ下れる坂の途中、イタコが足を止めて遠くを見た。
その先に父母がいるのか…私には何も見えない。
ただ寒さだけは増していく。
これが死者の世界。
「だが面白い事になりそうだな」
「え?」
やくが満面の笑みで見据えているその先を追えば、何か大きなものが微かに動いた。
彼が面白いとか、楽しんでるときは碌なことがない…それがまさに今。
そう思えば足元が震え始め、石屑が頭上から落ちて来る。
とても大きなものが動いている。
「あれは俺が頂こう」
「いやいや黄泉國の存在に干渉しちゃだめでしょ!」
「関係ないな」
「イタコさんからも止めてもらえませんか!?」
「お前の親が代わりに寄越したものだ、お前達で好きにしなさい」
「え、ちょっと」
イタコは音もなく距離を大きくとった。
同時にやくに背中を衣服越しに掴まれる。
苦しい。泉の時よりはマシだけど苦しい。
「やく」
「丁度いい、炎の力を使ってみろ」




