18話 査問。
今回の件で呼び出されるとは…当然のことか。
本部の手練れが担うべき案件を勝手に守護守さま連れて飛び込んだ挙げ句、他の守護守さまとまで契約するなんて異例続きといえば異例。
そもそも私程度の練度がいく案件じゃなかった。
なんとかなったのは二人の守護守さまのおかげだ。
力を与えてくれたのは二人、私は運よく姉兄を浄化して、祖父母を退かせたにすぎない。
富士山の中、結界の最深部であり中枢に三大本部の一つがある。
深く潜って何度も結界門をくぐれば現れる。
細かく分けられた部屋の中の一つに案内される。
そこには顔を隠した巫女が数人座っている。
「月映結稀」
「はい」
「座りなさい」
「し、失礼します」
独特の重苦しい雰囲気。
怒られるのかと思うとどうにも。
うまい言い訳もないし…罰はどんなだろ…噂に聞く独房みたいな部屋に閉じ込めだろうか…それは避けたい。
「此度の件ですが」
「は、はい…!」
「あくまで標的は月映結稀であり、災厄の守護守が狙われたのは囮でしかありません」
「はい…」
「月映結稀、貴方はその策に安易に嵌まり、自らを危険に晒しました」
「も、申し訳ございません…」
私が目的。
それは祖父母の言う器と関係があるのだろうか。
確かに言っていた。
器を回収しに、と。
「本来は貴方のような立場のない者が向かう話ではありません。いくら身内が関わっていようとも、その内容に応じてその時と場に適性のある巫女が対応します」
「はい」
「姉兄だからと言っても今回は桜と災厄の守護守がいたから浄化がかないました。あの時災厄の守護守が契約しなかったら貴方はあちらの思い通りに回収されたことでしょう」
「も、申し訳ございません…」
まだまだ続く駄目出し。
その通りなんだけども、言われると辛い。
私はただ衝動的に動いて、さくらさんを巻き込んでやくの元へ行った。
契約してすぐに姉兄の結界に閉じ込められて、最初から散々だった。
名誉挽回のシーンがない…せいぜい姉兄を浄化できたことだけだ。
次に管理者たちは私の処遇について話した。
「今後許可がおりるまでは富士の結界内に留まること」
「はい」
「災厄の守護守と契約してしまったことですが、そのまま結界内の練度錬成に同行させなさい」
「え、いいんですか?」
いけない、砕けてしまった。
急いで謝る。
そもそも管理者のことだからやくとは契約解消の末、やくだけ元の場所に戻されると思っていたのに。
あぁでも富士の結界の中っていう狭い範囲で修行だとやくは嫌がりそうだな…窮屈って言いそう。
「災厄の守護守を再度囮に使う可能性がある以上、契約したままこの地に身を置いた方が良いという判断です。また再度災厄の守護守と沈静の守護守が戦った場合、結界がない限り損害が大きい」
「は、はい…」
仰る通りで。
やくはなんでかんでも豪快だからな…あの時は結界の中だったから、やり放題だったけど結界がなければ一帯が根こそぎなくなるかもしれない。
確かによろしくない。
管理者がそれを踏まえている当たり、やくが誰の制御下にもない自由であることを示している。
契約なんかじゃおさまらない。
守護守さまという存在は元来私達人に友好で私達のことを慮ってくれるけど、たぶんそういうのをやくは持ち合わせていない。
最後に、と管理者が口を開いた。
「器という言葉と内容については箝口令を布きます」
「え?」
箝口令…器という存在はそんなにもタブーだというのか。
いやそもそも私が器というものだから、やくは狙われ、姉兄は祖父母に破れ呪いにまみれた。
祖父母の目的は私…正確に言うと器だ。
「私、器について管理者様方に伺いたいのですが」
「話す事が出来ません」
「え、なぜですか?」
「本部長からの御達示です」
組織というのはかくにも。
守護守さまにきくしかないのか。
いやそもそも祖父母の言葉を借りるなら私は器だ。
私が器のことを知らずにいていいのか。
「僭越ながら、私は私自身が器だと今回の件で知りました。私が器である限り狙われ続けるのであれば今後の対策として器が何かご教授頂けないものでしょうか?」
「私達にも箝口令が布かれている以上、話す事はありません」
「…はい」
どういうこと。
相当強い箝口令が敷かれている…器という存在はそこまで知られてはいけないことなのだろうか。
「鏑木美智子の元へ行きなさい」
管理者の一人が口にする。
私の叔母だ。
富士の結界の管理を担う、私を匿ってくれた巫女。
「……わかりました」
管理者の部屋を後にして、やくとさくらさんのいる場所まで戻る。
部屋にはやくだけ。
彼は何も聞かなかった。
まぁ報告するようなことが特段ないし他人に興味もないだろう…仕方なしに私は彼を誘うことにした。
「叔母さまに会おうと思うんだけど」
「ほう」
「一緒にどう?」
「ふむ」
退屈してたのか珍しくついて来ると。
「腕治るの早くない?」
「俺を誰だと」
「…そうですね」
ものの数時間、私の考えてた以上の速さで腕が治っている。
1日はかかるかと思っていたけど…やっぱり私には彼を推し量るのは難しそうだ。
「あ、さくらさん」
彼を連れ部屋を出てすぐ、さくらさんに遭遇した。
わかっていたのか、叔母のいるとこまで案内してくれる。
叔母は今外にいるとのことだった。
木々が生い茂る中、少し開けて光がさす場所に叔母はただ立っていた。
待っているようだった。
「結稀さん、お久しぶりですね」
「美智子叔母さま、お久しぶりです。お身体は」
「建前の挨拶は結構です」
「は、はい」
なぜだろう、とてもひりついたものを感じる。
ここに匿わせてもらうときに会った叔母はもっと優しい雰囲気を纏う人だったはずだ。
あの時私には微笑みかけながら、少しだけ悲しそうにしていたけど。
それにこの結界内で生活していて、その姿を見る時や学びを請う時だってとても柔らかな空気を持っていた。
今、目の前にいる叔母は今までと同じものがない。
「やはり」
「え?」
「貴方には一度死んで頂くのがいいのかもしれません」
「……え?」
無表情のまま叔母が取り出したのは日本刀。
瞳の奥に見えたのは殺意だ。
「う、嘘でしょ、叔母さま」
「……」
「結稀」
「やく」
「何をしている。あの女は本気だぞ」
「…そんな…」
叔母と戦えと言うのか。
さらにさくらさんを見れば、双方の契約者だからか、後方に立ち首を横に振った。
「………」
「何もせずに死ぬ気か?」
逃げられない。
この結界の管理者は叔母だ。
私が逃げるを選択したとして、易々と結界外へ出してはくれないだろう。
ならもう残るのは彼の言う通り、何もせずに死ぬかどうかだ。
それは…それはできない。
「…………いいえ」
まだ。
まだ死ぬわけにはいかない。




