16話 富士の結界へ。
「そうだ、やく!」
祖父母の気配が完全に消えて、やっと肩の力をおろしたとき、彼のことを思い出してそちらへ向く。
案の定、彼の左腕はない。
守護守さま同士の戦いではすぐに治らないと聞いたことがある。
「災厄…それは」
「問題ない」
「いや、あるでしょ!」
当のやくといえば、沈静の守護守さまとの戦いが中途半端に終わったことが不服だったようで不機嫌をあらわにしている。
こちらの心配なんて関係ない。
「結稀さん」
「はい」
「災厄の腕が元通りになるまで、私の直轄地にとどまりませんか?」
「富士に?」
「そうです。器である貴方を結界から出てもらい、誘き出すこと事が目的だとしたら、ここにいるよりも富士に戻るのが先決です。結界内であれば私達守護守の回復も早く、襲撃にも対応がしやすい」
「そうか…いいですね」
「おい、俺の了承を得ずに話を進めるな」
やくは益々不機嫌そうだったけど無視だ。
この程度の時なら大丈夫。
そもそも守護守さまの管轄地が1番回復には適しているけど、すぐにまた祖父母がくるかもわからない。
さくらさんの管轄である富士は強い結界に守られているし、巫女のネットワークの三大拠点の1つでもあるから監視も厳しい。
仮に祖父母が襲撃にきたとしても、拠点に所属されている手練れの巫女たちも相手にしないといけない。
なにより、守護守さまも結界の恩恵はうける。
「よし、富士山に行きましょう!」
「待て」
「やくは今私と契約してるよね?」
「あぁ」
解消してないのは感覚でわかる。
姉兄の件は片が付いたとはいえ、きちんと言葉を交わしてないから正式に私は災厄の守護守の巫女だ。
「貴方の巫女として私は、やくの左腕が治るまで最善を尽くしたい」
「それがどうした」
必要ないとごねる。
挙げ句お前はどう思っているのかと気持ちを問われる。
うん…気持ちとしては心配なのは事実だ…それをわざわざ言う必要があるか。
言って笑われたら結構辛い。
ええい、恥ずかしいけど言うしかないのか。
「あー…私、やくが心配なの。私が安心したいから、富士がいい……これじゃだめ?」
「……ふむ」
続けろと言わんばかりに小首を傾ける。
うわ、まだ言えというのか。
「…正直、やくの左腕がなくなった時、気が気じゃなかった。あの人たちがいなくなったからよかったけど、戦い続けててもそれどころじゃなかったよ」
「……なるほど」
「私は完璧なやくと一緒がいい。だからできるだけ早く腕が戻る方法を選びたい」
「……及第点だな」
よいだろうという応えがやっと出てきた。
やった。
さくらさんに目を合わせる。
もう本当建前じゃ絶対動かないからな、この傍若無人。
本音を言わないと納得してくれない。
けどこんな言葉をしょっちゅう言えるものか、正直人を選んでほしい。
ついさっきまでの会話を思い出して私は思わず両手で顔を覆った。
さくらさんのやや心配そうな声が降りてくる。
「よろしいですか?」
「……はい」
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さくらさんの力で私達ごと富士山の麓へ。
ほんの少しいなかっただけで、随分と懐かしく感じてしまう。
それぐらい先の戦いが濃かったのもあるけど、なにより私がここで巫女をしてる時間が長いというのもあるだろう。
「ふむ…」
富士の結界内はとにかく広い。
巫女の三大拠点の為、富士の本部もあるし、学びの場でもあるので座学から実践まで幅広く出来るよう様々な場所を用意している。
加えて学び期間中の巫女も、そこで教えをしている巫女も、本部の巫女も全員ここに住んでるわけだから、居住区域を考えると相当だ。
さくらさんは訪問客を通す部屋へ連れてきてくれた。
この部屋、中庭の景色が凄く綺麗でもてなし用としては結構いい部屋のよう。
「私の手助けなど必要ないでしょうが、なにかあれば用意します」
「そうか」
さくらさんはいったん中座した。
本部へ報告にいったのかな。
私以外にも手練れで立場のある巫女と契約してるから呼び出されたのかもしれない。
「やく」
彼の腕を見れば少しずつ戻っていくのを感じられた。
形としては見えないけど、これなら問題ないだろう。
さすがこの国においても大きな結界の中だけはある。
私や守護守さまの力に大きく影響してるようだ。
「やく、いい?」
「かまわん」
彼に陰陽道の回復術を加えると左腕がほのかに光り始めた。
これで今日中には腕は元に戻るだろう。
「やく、契約は継続でいいんだよね?」
「あぁ。俺は約束を違えん」
「約束?」
姉兄のために力を借りた。
その時は二人を助けたいから力を貸してくれって、内容でそれを了承してもらった。
そこだろうか。
「たわけ」
「え?」
見透かされた感。