12話 器を頂きに。
「結稀、結界を解くな」
「え?」
姉兄の最期を受け止めきれずにぼんやりしてる最中に、些かひりついた声を出す。
結界内に変化はない。
立ち上がり彼を見ると社を背にして仁王立ち、腕を組んでなにかを見据えている。
「今のお前では到底敵うまい」
「え?」
「来るぞ」
身体に走る違和感。
私の作った結界に外部からなにかされている。
壊されるわけではない。
けど、そう…穴をあけられるている。
外から無理矢理入ってくる。
結界なんてそう壊せるものでもない。
穴をあけるなんて以ての外、いくら私が巫女としてまだ半人前でも外部からの圧力に耐えられる結界を形成してることは断言できる。
そもそも結界とは、本来術者以外はそう介入できるものではない。
守護守さまなら話は別だけど、巫女同士ならまずない…結界内から無理矢理出ていくことぐらいは出来るかもしれないけれど…それでもそれが可能なのは熟練の巫女の中でもほんの一部だけのはずだ。
「やく…どういうこと?」
「見ていれば分かる」
空間に穴があいて入ってきた。
黒い呪を背負っているけど、さっきの姉兄の比じゃない。
圧縮されその者の内側に澱たまっている。
それでも人の形を保っている。
「冬籠さん…流夏さん…」
「やはりお前達か」
さくらさんとやくが各々小さく呟く。
さくらさんの表情は困惑…あと少し悲しそう。
やくは変わらず見据えたまま無表情だ。
二人の口ぶりからすると知っている人…巫女であることは確実だろう。
相手は二人、老夫婦なのだろうか…他人同士ではなさそうな雰囲気。
呪を纏うどころか取り込んで内側からじわじわと滲み出ている。
こんな呪を背負っても人の形を保ってるなんて。
「…やく」
「おかしいとは思わなかったか?」
「え?」
「お前の姉と兄のことだ」
おかしい…?
やくが言うから、姉さんと兄さんのことを思い出してみる。
呪に浸食されすぎて姉兄は自我を失っていた。
微かにあったかもしれないけど、背負う呪をおさえられるほどじゃなかった。
姉兄は私を狙っていると言われたのをさらに思い出す…確かに狙いは私だった。
それを阻んだから守護守さまと戦っていたにすぎない。
本来、自我のない膨れ上がった呪なら無差別に人を襲うはずだ。
それなのに目的があった。
姉兄は自身の巫女の力を使い結界の中に引きずり込み、あわよくば守護守さままで淘汰しようとしていた。
そこまで判断がつくのだろうか。
自我も判断もない人が1つの目的に絞って行動するとは思えない。
誰かの傀儡になっていると考えるのが妥当か。
となると、姉兄が浄化され消えてしまって間もなく、このタイミングで現れた呪により澱み溜めた2人が何をしたか。
姉と兄を救うことだけ考え、ひたすら目の前のことに集中していたから、そんなこと考えもしていなかった、けど。
「あの人たちが姉さんと兄さんを…?」
「遅い、やっと察したか」
あれ。
確か姉兄の記憶を見たとき、私を守ろうと何かに立ち向かっていく二人を見た。
あの時、姉兄の敵は私を器と言って何かに利用しようとしてた?
父も母も先に死んでた。
もしかしてという仮説が私の頭をよぎる。
今うまい具合につながってしまった。
「結稀さん」
さくらさんが私の手を取る。
わかってる、ここで精神の面で打ち負けるわけにはいかない。
姉と兄が呪にまみれ、それを完全に浄化し救うために、私はやくにお願いをしないと駄目だった。
姉と兄は去った。
呪から解放され、その最中に私に逃げてといいながら…あの時聞こえた逃げろとは、たぶんこの人たちからということだろう。
「私、逃げません」
「結稀さん…」
「いい心掛けだ」
二人とも笑ってくれる。
そうだ、私には二人の守護守さまがいる。
遥かに優秀で力に長けていた姉兄を浄化できたんだ。
私はやれるはずなんだ。
「…あの二人を使ったのは正解だったねぇ」
「器として一つ格が上がった」
吐く息すら黒く呪に染まっている。
けど、その声はしっかりとしていて、どこか聞いたことがあるような気がした。
「災厄の守護守に桜の守護守」
「死に損ない、何をしに来た」
話ぐらいは聞いてやるぞとやくが嘲笑う。
さくらさんも緊張した面持ちでいる。
「器を頂きに」
その黒く呪に染まり切った瞳を私に向けて…目的は私だと嫌でもわかった。