11話 浄化とその後。
「――」
「!」
「この程度で心乱すな」
私めがけて放たれる術式…もはやそれは呪だけど、それを目の当たりにして心乱された。
普段の浄化なら、この段階まできてしまえば大丈夫だから。
「やはり結稀さんの姉兄だけあり、油断は出来ません」
さくらさんも少し険しい顔つきになっている。
動けないとはいえ、まだこちらに害を与えることが出来る状態だ、さくらさんもあまり見ないのだろう。
神楽鈴を鳴らして舞を続ける。
浄化をするにはそれしかなかった。
灯は消えていないから、まだ浄化できる。
「…ゆ、き」
姉兄が私を呼んだ。
か細く、喉がいくらか潰れたのか、しゃがれた声だった。
姉と兄を見つめ続けながら舞う。
その最中、確かに2人は言ったんだ。
逃げてと。
思えば、彼彼女と対面する前からその声は届いていた。
それは姉兄の微かに残った理性が言った言葉なのか、それとも過去を踏まえて言った言葉なのか。
「ごめん…ね」
浄化される中、姉兄は涙を流しながら謝った。
謝ることじゃないのに。
灯が彼彼女の纏わりついていた黒い呪を塵にして消していく。
と、何かの摩擦音が聞こえた。
頭が僅かに押さえつけられるような感覚。
「…最後に収縮して潰そうということか」
「いえ、それにしては半端な動きですが」
やくとさくらさんが言う言葉で状況を把握できたけど、その収縮も途中で動きを止めたらしい。
浄化の力が勝ったから?
「……」
……違う。
姉さんと兄さんが止めてくれたんだ。
呪から切り離された姉兄が最後に私のために力を使ってくれている。
一人前にもなっていない私が巫女として評判の高かった姉兄に力が勝ることは守護守さま2人の力と固有結界を使ってたとしても確実なものじゃなかった。
神楽鈴で浄化だけに特化して、なるたけ傷つけずに灯を灯して浄化だけを行う…もしかしたら姉兄はどこかでずっと私のために呪の力を抑制してくれていたんじゃないだろうか。
そうだとしたら2人に言うことは1つしかない。
「ありがとう」
その言葉と共に、浄化が完了した。
バラバラと黒い天井がはがれ光が差し込んでくる…私の結界内に戻って来る。
姉と兄は人である部分を残していた。
呪に浸食された部分はやはり戻ってこない。
そして人である部分も白い光の粒子になって消えていく。
高く空の光に交じって消えていく。
「姉さん…!兄さん…!」
舞が終わり、私は2人に駆け寄った。
守護守2人は私に何も声をかけず黙って見届けているから…私の浄化はうまくいったんだ。
けど、うまくいったのは浄化だけ。
やくの言う通り、人でいう所の死が彼彼女の前にやってくる。
目の当たりにしている。
やくが言った受け入れられるかという言葉が頭をよぎる。
「姉さん!兄さん!」
もう触れることが出来なかった。
光の粒子は手を掠める、形ある部分をすり抜ける。
そこまで呪が進行していたと言っていい。
このまま見てるだけなのか、私は、私は…ただ救いたかっただけ…どんなに怪我が深くてもいい、人の形で戻ってきて、傷を治して…罪がどうとかどうしてこうなったかとかそういうことは後回しでいいから、生きて戻ってきてほしかった。
やっぱり嫌だ、いなくなってしまうなんて…嫌。
「「結稀」」
「!」
2人が私を呼んだ。
まだ話せるなんて。
2人の瞳が私を捉える…2人で1人分しかない、その眼には生きている力強い光が見えるのに…それとは逆へ進んで行ってる。
私には止めることが出来ない。
「ごめん、ね…」
「また、……」
少し目元を緩ませ細め、瞳を潤ませ、よく私に向けてくれた顔をして、もう1度私にそう言って、今度は完全に姉兄は私の前から姿を消した。
こんな…こんな簡単にやってくる。
「あぁ…」
さくらさんが優しく私の肩に手を置いた後、黙ったまま抱きしめてくれた。
花の匂いが鼻腔を掠め、思わず震える手で彼女の着物の裾を掴んだ。
殴れたような衝撃と、大きく欠け落ちた何か。
私の中身が、感情が、うまく機能しない。
「結稀、結界を解くな」
「え?」
喪失に呆然としているのも束の間、ひりついた声が私に降りてきた。