2 出会い
大勢の声と視線にひるんで立ち尽くす私に、飼育員様はいらだった様子で私の背中を突き飛ばす様に押しました。
「早く行けっ!」
「わわっ!?」
よろめいて、前に足を踏み出します。
その間にも、うるさいくらいの声が私の耳に届きます。好意的なものだとは理解していますが、それでも耳をふさぎたくなるほどの音量です。
多くの視線に、私の手足は震えます。
先輩たちの話を思い出しました。
とにかく、常にみられているのだと。それは、公開が終わった後も見られているという感覚が続いて、一睡もできないほどに見られるのだと。
本当に、ここまで見られるのですね。
私は、震える足を前に出して、ゆっくりと進みます。本当は、視線を避けられるような柱の陰に隠れたかったですが、そういうことはしては駄目なのです。
人間によく見えるような場所で、人間が喜ぶような動きをしなければならないと教わりました。
とりあえず、もう少し進んだらきょろきょろと辺りを見回して、首をかしげてみましょう。
無害で、可愛らしい。それが私たちリスフィなのです!
あと数歩を進んだら立ち止まろうとしたところで、足が地面に着かず落ちました。
「へ?」
落ちました。どこまでも落ちました。
最初は、地面の窪みかと思ったのですが、それは穴のようで・・・それも、とてつもなく深い穴のようで、私は落ちました。
人々の声も視線も、なくなりました。
青い空も、それを遮る檻も見えません。
体が縮こまり、白い羽は体を守るようにぴったりと体を包みます。
よく勘違いされるのですが、この羽は飛ぶことに使うものではありません。飼育員様は、人間を喜ばせる装飾でしかないと言っていました。ただ、邪魔になることもあるので、魔法で消すこともできます。そのための首輪が私たちには付けられていて、ボタン一つで羽を消し去ることができるのです。
実際に消しているわけではなく、羽があるという視覚と感覚をごまかすとか何とか。よくわかりませんね。
とにかく怖くて、私は目を瞑りました。
余計に怖くなりましたが、それでも目を開ける勇気はなく、落下を続けます。
いつまでも落下が続いて、恐怖に心が耐えかねた私は、気絶しました。
体が叩きつけられます。
訳が分からず、私は目を開きました。体はじんじんと痛み、どうやら屋外だったようでおひさまの光が目に染みました。
「うわっ、大丈夫か!・・・魔物なのか?」
真上から聞こえた男性の声に、私はそちらに顔を向けました。
こちらを見下ろす男性は、上等な服に身を包んだ人間です。私とは違って、綺麗な身なりの男性、人間なので当然でしょう。
「・・・お前、大丈夫か?」
「・・・はい。」
起き上がってみると、頭がクラっとしましたが目を瞑って耐えれば、すぐにそれも収まりました。私は周囲を見て驚きます。
「外・・・」
「?そうだが?」
私は、外に出ていました。外です。
檻の中ではない、外です。それは、生まれて初めての経験でした。
「私、穴に落ちたはずですが・・・?」
「何を言っている、お前は空から降ってきたぞ?俺が狩りをしていたら、この草むらに人のようなものが落ちるのを見て、慌てて駆け寄ったんだ。」
「草むら・・・」
確かに、もさもさと生い茂った草むらの上に私たちはいました。どういうことでしょうか?
「ん?お前首輪を着けているのか。ということは、誰かと契約しているんだな。契約者は誰だ?近くにいるのか?」
「けいやくしゃ?えぇと、それは何ですか?」
「・・・この首輪を着けたやつだ。それか、共に行動する人間・・・かな?」
「それでしたら、飼育員様です。」
「しいくいん様?聞いたことがない家名だな。それは名前か?」
「名前とは違います。でも、名前は知りません。」
飼育員様は飼育員様だ。名前など知らない。
私たちのことも、飼育員様はただのリスフィと呼んでいる。名前は、リスフィの内で付けているに過ぎない。
「・・・とりあえず、自己紹介をしとくか。俺は、グレット・アルソートだ。お前に名前はあるか?」
「はい。仲間には、リリと呼ばれています。」
「リリか。・・・ところで、お前のような魔物は他にもいるのか?」
「はい。リスフィなら、魔物園にたくさんいますよ。」
「魔物・・・えん?」
魔物園。
名前の通り、魔物を公開している場所で、多くの魔物が檻に入れられてそれを人間が観察する場所です。一般的な場所のはずですが、この方は知らないのでしょうか?
「・・・お前は、その魔物えん?というところから来たのか?それは、どこにある。この国か、それとも別の国か。魔物の国か?」
「確かに私は魔物園で公開されているリスフィですが・・・ちょっと待ってください、その魔物の国とは何ですか?」
「魔物の国を知らないのか!?」
「知っています・・・が。とうの昔に滅びましたよね?」
魔物の国があったのは、遥か昔の話。今は、この世界の全てを人間が支配をしていて、国も人間の国のみです。
「お前、何を夢物語のようなことを・・・魔物の国とは、戦争をしている中で・・・しかも、魔物のお前がそんなことを言うなんて、どういうことだ?」
「え、戦争・・・?」
噛み合わない会話が続き、私たちはお互いに違和感を感じました。
私は、まるで過去の人間と話しているように感じ、彼は別のように感じたようです。
「お前、まさか別の世界から来たのか?」
「はい?」