19 落書き
光が一筋だけ注ぐ、薄暗いじめじめとした空気の部屋。病人独特の匂いが充満した部屋は、汚れ切っていて健康なものでさえも病気になりそうな気がする。
そんな部屋で生活を強いられたリスフィは、パサついた金の髪を伸ばしっぱなしにした、うつろな青い瞳をしている。瞳はいつも天井に向けていて、誰もがもう長くないのだと悟るような空気をまとっていた。
それでも、彼女はリスフィなので、儚い美しさがある。
そんな彼女から、私はリスフィの話を聞きました。その中には、魔物に人間が勝利したときの話も含まれます。
ですが、その詳細は霧がかかったように、いつも思い出すことができません。
時々、霧が晴れるように彼女の言葉を思い出し、私は新たな事実に驚くことが何度もありました。
「リスフィはね、人間に裏切られたのよ。」
「人間が、あの脆弱な人間が、なぜ魔物に勝利できたのか・・・わかるわね?」
人間が魔物に勝てたのは、魔法があったからです。
魔物が使うマギと同じような力を発揮する魔法。魔力を消費する代わりに、魔物よりも強力な力を発揮できる魔法で、人間は魔物に勝利しました。
「その魔法を、人間が手に入れた方法を知っている?」
人間は、突如魔法を使いはじめ、それから短期間で世界を掌握しました。神からのプレゼントというのが、人間の言葉です。つまり、魔物は神から見放され、人間はその逆で存在を許されたのだと。
「人間に魔法を与えたのは、リスフィよ。」
突飛な答えに、私は声も出ませんでした。
彼女は、そんな私にかまわず話を続けます。ですが、何を言っているか聞き取れません。口だけが閉じたり開いたりするだけで、声が私の耳に届きません。
必死に聞こうとしましたが、全く聞こえません。そのうち、霧がかかって彼女の姿まで見えなくなります。
何も見えない、真っ白な景色になったところで、彼女の声だけが唐突に届きました。
「リスフィの与えた魔法で魔物に勝利した人間は、リスフィの女王を人質にとって共存するという約束を反故にし、リスフィを他の魔物同様見世物にしたのよ。」
意識が覚醒します。ぼんやりと目的地まで歩いていた私の視界に、落書きのされた机が目に入りました。
書かれている文字は、死を連想させるもの、死を望むようなものです。
悪意のある視線と笑い声。
机をよく見れば、その文字がちょっとやそっとでは消えないマーカーで書かれていることに気づいて、私はそのまま椅子に座って机に教科書を広げました。
ただ机に模様が追加されただけです。何の害もありません。
と、私は思ったのですが・・・帰ってきた彼と兄は、このことを問題として学級会を開きました。10分程度ですが、この学校の品位を落とす行為だと主張し、今後このようなことがないようにと彼は淡々と話しました。
誰がやったのか?
そういう犯人捜しのようなことはしません。
私は、誰が犯人かすぐにわかりましたし、彼らもきっとわかっているのでしょう。
犯人は、お昼休み中に落書きをしました。お昼休みは、食堂を利用する者が大半ですが、中庭でとる者もいますし、教室でとる者もいます。弁当を持参している生徒の大半が、教室でとります。
つまり、目撃者はいるわけで・・・告げ口をする者はいませんでしたが、犯人グループへ視線を送っているのですぐにわかりました。
私が落書きされた机の前に立っていた時も、視線を送られたグループは笑っていましたし、犯人決定ですね。
「リリ、大丈夫かい?」
「はい。これがこの学校の歓迎の仕方なのですね!勉強になりました!」
「今日もかわいいな、マイシスター!だけど、これは歓迎じゃねーから、そこんとこよろしく!」
「いや、それはリリもわかっているよ。ただの冗談だって。」
「いや、一応だよ、一応。天然が入ってるから心配でさー。」
もちろん、冗談ですよ・・・天然なんて入っていません、ただ物を知らないだけです。




