17 模擬試合
無事に武道場の床磨きを終えた私は、ヴィヴィに許しを得て朝練の風景を眺めていました。
「仕事をする意思はあるようね。朝の仕事、今日はこれで終わりにしていいわ。剣術を学ぶのも仕事の内だから、後は朝練を眺めていなさい。」
仕事の内とは言っていますが、ご褒美のつもりなのがよくわかりました。
どうやら、私の床磨きはヴィヴィの納得がいく仕事ぶりだったのでしょう。しっかりと仕事をこなせば、彼女は優しいのだろうと予想ができました。
「マイシスター、マネージャーの仕事はどう?」
「・・・お兄ちゃん、おはようございます。まだ床磨きしかしていませんが、及第点はとれたようです。今は、剣術のことを知るために練習風景を眺めています。」
「練習風景をねぇ・・・認めてもらえたようだね。」
「そのようで良かったです。」
「彼女には苦労を掛けているからな・・・リリちゃんなら問題ないと思うけど、しっかりと仕事をこなして彼女と剣術部を支えてくれ。」
兄はウィンクをすると、私の頭をなでて練習に戻りました。そんな兄に彼が近づいて、彼の言葉に兄は慌てた様子になります。どうかしたのでしょうか?
それから、2人は模擬戦を行うことになったようですが、なぜか兄の体調がすぐれないようです。彼は怖い顔をしています。
「グレット・・・お手柔らかに頼むぜ。」
「真剣勝負だ、ガゼル。」
「それでは、グレット対ガゼルの模擬戦を行います。」
対峙する人の間に、ヴィヴィが審判役として立っています。かっこいいですね、私もいつかやってみたいです。
「それでは、始め!」
ヴィヴィが2人から距離を置いて、開始の合図をすれば、彼は一気に兄との距離を詰めます。彼の手には、木剣と呼ばれる木製の練習用の剣が握られています。刃はありませんが、重さは鉄製の剣と同じにしてあるそうで、人間には重いはずです。
そんな重さなど感じない動きで、彼は兄と距離を詰めて斬りかかりました。兄も木剣の重さを感じない動きで、木剣を彼の木剣に当て勢いをそいだ後に後退します。
人間でも早く動けるのですね。
これが、戦いというものですか。いつもゆったりとした動きの人間も、戦いでは素早い動きを見せることを知りました。
兄は、彼に詰め寄って木剣を振りますが、それは空振りします。その空振りした勢いのまま彼の背後へと周って、彼の背後に斬りかかりました。
彼は前転をしてそれを回避し、そんな彼を兄は再び距離を詰めて斬りかかりますが、彼も同じように距離を詰めて、木剣の柄を兄の脇腹に叩き込みました。
兄の口から苦しげな声が漏れます。彼は眉をしかめました。同じようにヴィヴィの表情も変わります。
「っ・・・降参だっ!」
「・・・勝負あり!勝者、グレット!」
兄が負けを認め、審判が勝者の名を口にします。模擬戦が終わりました。
あっさりと決着がつきましたね。もっと時間のかかるものと思っていましたが・・・実力差がありすぎたのかもしれません・・・なんて、思っているようですね彼とヴィヴィ以外の人間たちは。
勝者のグレットに人が集まる中、私は兄のもとに行きます。兄にタオルを渡して、私は小さな声で聞きました。
「お兄ちゃん、なんで本気を出さないのですか?」
「・・・!さすがはマイシスター、よくわかったな。褒めてあげたいが、それは誰にも言っちゃだめだぞ?」
兄は、私の頭をなでるためでしょう、私の頭に手を伸ばします。ですが、その手は誰かに捕まれました。
「ガゼル、大丈夫かい?」
「マジで痛いんだけど、ご主人様。」
「悪かったよ。」
そのまま彼は兄の手を引いて、兄を立ち上がらせます。
「ごめんね、イラついちゃって。」
「・・・お前、ホント怖いよその顔。リリちゃんも引いているぞ。」
「いえ。私は特になんとも。グレットもお兄ちゃんもすごいですね!重い木剣を持ちながらあれだけ速く動けるなんて、すごいです!」
「ありがとう。」
「かわいいなぁ、マイシスター。」
それから、兄の方にも人だかりができて、人間たちが称賛の声を上げました。私は邪魔にならないように2人から離れて、ヴィヴィのもとに行きます。
「かっこよかったです!」
「・・・グレット様のこと?」
「いいえ、ヴィヴィがです!」
「!・・・変わっているわね、あんた。剣術のルールを覚えたら、いつかあんたもやるのよ、審判。」
「はい!頑張って覚えます。」
ヴィヴィは、最初壁を作っているように思えましたが、その壁が少しだけ薄くなったような気がします。それがちょっとだけ嬉しいです。




