第2話 パーティーの詰め合わせ
自宅とシェフィーの実家が、仲良く隣り合ってる。
ふたつの家の距離は、東京の住宅密集地くらいの狭さ。
だからこそ、シェフィーの実家から出てきたシェフィーのお母さんは、あっという間に自宅のテラスにやってきた。
「おまたせ」
そう言うお母さんの背中には、中身がパンパンに詰まったバッグが。
「お母さん!? それ、なんですか!?」
「シュゼ、説明頼んだ」
よっこいしょとバッグをテラスに下ろすお母さん。
その隣で、シュゼはロングコートをひるがえし声を張り上げた。
「ククク、宿敵女神よ、驚くが良い! この私と、この私の母は、宿敵女神の神殿への再臨を歓迎するための祝祭を用意していたのだ! 宿敵にも祝祭を用意するこの私の寛大さに感謝するのだな! ククク、ククハハハ、ハーハッハッハ!」
大きな笑い声がリビングに響き渡る。
ほとんど悪役みたいな笑い声だけど、とても暖かい笑い声。
シェフィーは少しの涙を浮かばせながら、にっこりした。
「お母さん……シュゼ……ありがとうございます!」
心の底から嬉しそうなシェフィーを見ていると、私も幸せ気分だよ。
バッグを下ろしたお母さんは、シェフィーを撫でながらニタリと笑った。
「さあ、今日はおかえりシェフィー&ようこそジュウの勇者&シェフィーがジュウの勇者の案内人に就任おめでとうパーティーの詰め合わせだからね、ちょっと贅沢するよ」
とっても長い名前のパーティーだね。
でも、すごく楽しそう。
スミカさんも目をキラキラさせている。
「パーティー詰め合わせ! それなら、私も手伝わせてほしいわ!」
「ああ、構わないよ。本来はスミカさんはパーティーを開いてもらう側だけどね」
「ありがとう! 私、シェフィーちゃんのために頑張るわ!」
どこまでも優しいスミカさんと、かっこいいシェフィーのお母さんがタッグを組んだ。
これだけでも最強感が半端ないのに、さらにルフナが言う。
「私も2人の料理を手伝おう」
「あら! ありがとうね、ルフナちゃん」
「お客さんがそれで楽しんでくれるなら、歓迎するよ」
イケメンナイトさんらしい凛々しい表情のルフナ、神様みたいな笑顔のスミカさん、クールビューティーなお母さん。
あの3人がキッチンに並ぶ姿は、もうハリウッド級のすごさがあるよ。
早く写真撮っとかないと。
手に持っていたスマホのカメラを私が起動したとき、お母さんはミィアに話しかける。
「そうだ、ミィア様にはこれを」
「おお? おお~、おいしそうなケーキだ~。いただきま~す」
チョコケーキをもらったミィアは、満面の笑顔でケーキを頬張った。
そんなミィアを、下着エプロン姿のルフナが鼻息荒く写真に収めてる。
私もあの天使さんを写真に撮っておこう。
カメラのシャッター音が響けば、スミカさんたちはすぐにお料理をはじめた。
と同時、ボブショートの髪にメガネをかけた女の子が、テラスに現れる。
「間に合ったのです」
「チル!?」
思った以上に早い再会だ。
ちょっとだけ息を切らしたチルに気がついたお母さんは、つぶやく。
「お、今日の目玉がやってきたね」
待ってました、という風なお母さんの言葉に続いて、チルはメガネを持ち上げ宣言した。
「みなさんのために、私も催し物を用意したのです」
そう言って、チルは冊子を手に取る。
ミィアは首をかしげた。
「催し物~? どんなの~?」
「これなのです。これは演劇の脚本なのです。出演者はみなさんなのです」
「おお~、楽しそ~」
フワッと前のめりになるミィア。
対してチルは、どことなく浮かない表情をしている。
浮かない表情にオタクの匂いを嗅ぎつけた私は、チルに話しかけてみた。
「どうかした?」
「いえ、なんでもないのです」
首を横に振るチルだけど、やっぱり気になる。
私は少しだけ勇気を出して、チルに言った。
「脚本、ちょっと見せて」
「……はいなのです」
そっと手渡された脚本を、私は斜め読み。
チルが書いた脚本は、舞台設定と物語がキチッとした印象だ。
中学生が書いたお話とはとても思えないハイレベルさ。
けれども、ひとつだけ欠点がある。
きっとチルの表情が浮かないのは、これが理由かも。
「ねえチル、この脚本、出来はいいし面白いけど、パンチが足りない、とか思ってる?」
図星だったらしい。
少しだけ目を丸くしたチルは何度もうなずき、私にグッと近寄った。
「異世界の創作物をたくさん見たのです。そしたら、自分の脚本が何か物足りなく感じるようになってしまったのです。異世界の創作物にあった驚きと興奮が、もっと欲しいのです」
ふむふむ、チルは完全に私の世界の創作物にハマったみたいだね。
私の家でずっと映画やアニメを見て、しかも漫画を読み込んでたんだから、当然か。
よし、なら私はオタクとして、チルの願いを叶えよう。
「まだパーティーの準備は終わってないし、この脚本、ちょっと修正してみようか」
「嬉しいのです。ありがとなのです」
パッと表情を明るくしたチルに、私は先輩気分に浸った。
話を聞いていたミィアとシュゼも、チルのため、ケーキを食べながら手を挙げる。
「ユラユラ~、チル~、脚本の修正、ミィアもやりた~い」
「影の支配者であるこの私が、物語という新たな世界に干渉せぬわけにはいかんな」
「ミィア様にシュゼ様……ありがとなのです」
こうして私たちの脚本修正がはじまった。
キッチンではスミカさんとルフナ、お母さんが料理中。
リビングでは私とチル、ミィア、シュゼが脚本の修正中。
そんな中、シェフィーは気を遣うように口を開いた。
「あの、えっと、わたしも何か手伝えること、ありませんか?」
「いやいや、シェフィーはパーティーの主役だから、ゆっくりしてて」
「うん? その理屈だと、ユラさんたちもゆっくりしていた方がいいんじゃないですか?」
「こ、細かいことは気にしない!」
「はぁ」
無理やり納得したような顔で、シェフィーは魔法陣研究をはじめる。
私たちは、誰のためのパーティーなのか分からないパーティーの準備に大忙しだ。
まあ、みんなが楽しめるパーティーになれば、それでいいよね。