第1話 寒い
自宅が雪をかぶった山道をがしがし歩いてる。
雪の積もり方は浅いから、自宅の歩く速度に影響はない。
自宅に影響はないけど、私には影響を与えまくり。
「寒い……冷たい世界……」
あんまり寒すぎて午前9時に目が覚め、どうしてこんなに寒いのかと窓の外を眺めているのが今の私。
外は雪が積もるような山道なんだ。
当然だけど、すごく寒い。
暖房も何もつけてない家の中は、ほとんど冷蔵庫の中みたい。
加えて、私の格好はパジャマ一枚。
寒い理由は分かったし、もう窓の外を眺めるのは中断しよう。
「お布団……優しい世界……」
寒さに震えながら、私はお布団の中に戻ろうとする。
と同時、目をキラキラさせたスミカさんが私の部屋にやってきた。
「ユラちゃん、おはよう!」
「おはよう」
「今日はいつもより早く起きたみたいね!」
「そう言うスミカさんは、いつもよりテンション高いね」
「フフフ、だって雪よ! 私、雪の上を歩いてるのよ! こんな経験はじめてだわ」
言われてみればそうか。
自宅の上に雪が積もることはあっても、雪の上を自宅が歩くことは普通ない。
はじめて雪の上を歩くスミカさんは、雪ではしゃぐ子供状態なんだね。
「ところでさ」
「どうしたのかしら?」
「私が寝る前、雪なんて積もってなかったし、山道でもなかった気がするんだけど。たしかガンマンが決闘してそうな荒野だった気がするんだけど」
「ええ、そうだったわね」
「なぜ?」
「実はね、大きな渓谷の橋を渡ったら、荒野から雪の積もる山道になったのよ」
「なるほど、分からない」
「さすが『ツギハギノ世界』よね。世界観が継ぎ接ぎだわ」
まったくスミカさんの言う通りだよ。
渓谷ひとつで荒野と雪の積もった山道が並ぶなんて、アップデートで狂ったゲームのバイオームの境界線みたい。
おかげで私たちは寒い世界に放り出された。
なら、とりあえずお布団に――
「二度寝はさせないわ。ほら、朝食の時間よ」
「うう……でも寒いし……」
「今日の朝食はあったかいもの尽くしだから、大丈夫よ!」
そう言ってスミカさんは私の手を握り、私はリビングに無理やり連れていかれる。
自室を出て階段を下り、廊下を歩く間、私は寒さに鳥肌を立てたまま。
結局、リビングに到着しても優しい世界はやってこなかった。
「わわわ……リビングも、寒い……冷たい世界……」
あまりの寒さに唇が震えて、言葉がカタコトになっちゃう。
さすがの私もスミカさんに疑問を投げつけた。
「なんで暖房つけないの?」
「それが、リモコンで電源を入れても冷たい風しか出てこないのよ。お外が寒すぎて壊れちゃったのかしら」
「いや、たぶんそれ、暖房モードにしてないだけだと思う」
スミカさんの機械音痴を考えれば、きっとそう。
リモコンを手に取りエアコンの電源を入れれば、予想通りエアコンから冷房の風が。
続けてリモコンを操作し暖房モードに切り替えると、暖かい風がエアコンから吹き出した。
「あら! あったかい風が出てきたわ! さすがユラちゃんね!」
こんな簡単なことで褒められても困る。
でも、スミカさんに頭を撫でられると寒さも忘れるくらい幸せだから、結果オーライかな。
しばらく撫で撫でされていると、リビングのドアが開いた。
肌を刺すような冷たい空気と一緒に現れたのは、バッグを抱えたシェフィー。
「あ、ユラさん、おはようございます」
「おはよう」
「シェフィーちゃん、書斎は寒くなかったかしら?」
優しいスミカさんの言葉に対し、シェフィーは首をかしげる。
まるで、スミカさんの言葉の意味が分からないみたいに。
「あれ? もしかしてシェフィー的には、そんなに寒いと思ってない?」
「はい、そんなに寒いと思ってないです。たぶん故郷の近くなので、この寒さに慣れちゃってるんだと思います」
「そっか」
よく考えれば当たり前だよね。
なんで自宅が雪の積もった山道を歩いているのか。
それは、シェフィーの故郷である『山の上の国』に向かっているから。
故郷が近づいて、シェフィーもどことなく嬉しそうだし、シェフィーが寒さに負けるわけないよね。
シェフィーとの挨拶を済ませると、今度はルフナがリビングにやってきた。下着姿で。
「やあ、おはよう。少し寝坊してしまったみたいだな」
「おはよう。よくそんな寒そうな格好でいられるね」
「この程度の寒さ、ミィアが放つ天使な輝きの前ではなんてことないさ!」
「ああ、そう。で、その天使な輝きを放つミィアは?」
「ミィアならここにいるぞ」
ルフナが少し動くと、彼女の後ろにはミィアがちょこんと立っている。
ただ、そのミィアはいつものミィアじゃなかった。
そのミィアは、天真爛漫が行方不明となり、代わりに無表情を貫き通す、物静かなミィア。
あんまり物静かすぎて、かわいいお人形さんみたい。
いや、ネコ耳パジャマに無表情だから、かわいいネコさんみたいと言うべきかな。
私は思わず叫んじゃう。
「ど、どど、どうしたの!? 物静かなミィアなんて……あり得ない!」
「なんだか元気がなさそうね」
「ミィア様が物静かだと、なんだか落ち着かないです……」
一体何があったんだろう。
いつものミィアなら、もっと無邪気な笑みでリビングに飛び込んでくるはず。
それが、今は無邪気を通り越し、ただの無な表情。
大丈夫かな? 寒くて風邪でもひいたのかな?
ミィアを心配する私たちとは対照的に、ルフナはさらっと説明した。
「安心してくれ。寒い日のミィアはいつも物静かなんだ。それこそ、人が変わったみたいにな」
「それは安心しても大丈夫なんでしょうか……?」
「あったかくなれば、いつものミィアに戻る。だから大丈夫だ。ということで――」
大きく息を吸うルフナ。
直後、ルフナはガバッと両腕を広げ、声を張り上げた。
「ミィア! 私がミィアを暖めてあげよう! さあ! 私に抱きつくんだ!」
すると、物静かなミィアはちょこちょこ動き出し、ペタッとルフナに抱きついた。
下着姿で肌を晒したルフナがあったかいのか、ミィアの表情筋が少しだけ動く。
一方でルフナの表情は暴走中。
「ああ! ミィアが私に抱きついている! ああ! ああああ!」
鼻息が荒いルフナと、物静かなミィア。
うん、今日は変な朝だよ。




