第5話 女帝さんは意地悪さん
自宅は今、テイトの大きなお城へとつながる橋の上を歩いてる。
これから私たちは、女帝アイリスと2度目の謁見だ。
ミィアとルフナは謁見の準備のため自宅にいない。
女帝と謁見ということで気合の入ったスミカさんにお化粧を施された私は、湖にそびえ立つお城の塔を眺め、それはそれは大きなため息をついた。
「はぁ……緊張してきた……」
心臓はドラムのよう。
心は葬送曲が流れてるかのよう。
私をこんな状態にした理由は簡単だ。
「なんで国宝ごとリーパーズを吹き飛ばそうなんて言っちゃったかなぁ……」
「え!? 今更になって後悔ですか!?」
「だって、これから女帝のアイリスに報告するんだよ? あなたの国の国宝を粉々にしました、試練は乗り越えられませんでした、って。そうしたら私たち、国宝を壊した罪で捕まって処刑とかも……」
「フフフ、もしそうなったら、私はユラちゃんを連れて全力で逃げるから大丈夫よ」
「お尋ね者路線まっしぐらだよね、それ! 何も大丈夫じゃないよ!」
きっとこれからアイリスに失望の視線を向けられるんだ。
そしてみんなに白い目で見られ、追放され、お尋ね者生活を強いられ――
次々と湧いて出てくるネガティブ思考。
そんな私を見かねたのか、シェフィーは私の手を握って口を開く。
「ユラさんは、国宝を壊したくて壊したんですか?」
「……違う」
「そうですよね。誰かの命を助けるために、国宝を壊す選択をしたんですよね」
「……うん、それは間違いない」
ちょっとの自信を胸にそう答えると、シェフィーはパッと笑顔を浮かべた。
「なら大丈夫です! ユラさんとスミカさんは、人助けのために国宝を犠牲にしたんです! 国宝を捨ててでも人の命を救うのは、立派な勇者の証ですよ!」
「でも試練は失敗だし、『大きな帝国』には勇者として認められないかも」
「『大きな帝国』が認めなくても、わたしが認めます!」
私の両手を握ったシェフィーの手に力が入る。
何があっても私の味方をしてくれるシェフィーに、私はもう泣きそうだ。
しかも、スミカさんの優しい手が私の頭を撫でてくれた。
「あんまり心配しなくても大丈夫よ。ほら、あんまり暗い顔してると、せっかくの美人ユラちゃんが台無しよ?」
2人のおかげで、少しだけ心が落ち着いてきた。
うん、私にはシェフィーやスミカさん、ミィアやルフナがいる。
もし『大きな帝国』を追放されたとしても、お尋ね者生活を楽しもう。
橋を渡り終えれば、大きなお城の正門に到着だ。
正門前では王女様モードのミィアが出迎えてくれる。
「ジュウの勇者様、お待ちしておりましたわ。どうぞこちらへ」
お淑やかなミィアに案内された先は、大理石の柱が厳かに並ぶ玉座の間だった。
家が入れるほどに広い玉座の間の奥では、立派な玉座にちょこんと座ったアイリスが。
「ふん! おそかったじゃない! 待ちくたびれたわ!」
「ごめんなさいね。アイリスちゃんの試練、なかなか難しくて」
「そうでしょ! むずかしかったでしょ!」
胸を張ったアイリスは誇らしげな表情をしている。
アイリスがまだ上機嫌な今がチャンス。私はテラスに立った。
私がテラスに立つと、玉座の間がざわざわとしはじめる。
玉座の間から体を乗り出したアイリスは、瞳を輝かせてつぶやいた。
「ふわぁ……こおりのじょーおー、キレイ……」
まっすぐすぎる褒め言葉に、私の顔は熱くなった。
自分が口走った言葉の意味に気がついたアイリスは、わざとらしく咳払いをする。
「コホン! べ、べつに、あんたにみとれてなんかないからね! それより、こくほーはどうしたのかしら!?」
「ええと……それが……その……あの……」
いきなり答えたくない質問が飛び出してきたよ。
どうしよう、なんて答えよう。
ウソをつくわけにはいかないし、ここは正直に言うしかないのかも。
「国宝……こわ……ました」
「うん? きこえないわ! もっとおーきなこえで言って!」
ええい、もうどうにでもなれ!
「国宝! 壊しました! 粉々に吹き飛ばしました! 原型も残らないぐらい! 綺麗に! 吹き飛ばしました!」
人見知りによる必死の大声が、玉座の間に響き渡った。
これに対する反応は、無。
人類滅亡? というぐらいに静まり返った玉座の間で、私は恐怖のあまりリビングに戻る。
代わりにテラスに立ったのはシェフィーだ。
「こ、これには訳があるんです! 実は、国宝を盗んだマモノたちが人を襲おうとしていたんです! それで、襲われそうな人を助けるために、国宝ごとマモノを倒したんです!」
優しいフォローも玉座の間に虚しく響くだけ。
アイリスをはじめ、みんなはじっと黙ってこっちを見ている。
――やっぱり勢いで吹き飛ばすんじゃなかった! あの女性も国宝も両方とも守れる方法を探せば良かった!
せめて、なんとかして、このイヤな空気を消し去りたい。
そう思ったとき、かわいい鳴き声が私たちの耳に飛び込んできた。
「ふ~ん」
「あ! 来た! ミードン、荷物をあの子に!」
「ふ~ん!」
どこからともなく現れたミードンは、大きなダンボールを載せたソリをアイリスの前に持っていく。
謎のモフモフ生物と箱の登場に、アイリスは不思議そうな顔だ。
大きなダンボールに最後の希望を託し、私は叫ぶ。
「女帝さん! あの、国宝の代わりになるかどうか分からないけど、それあげます!」
私の叫びを聞いたアイリスは、玉座から立ち上がりダンボールを開けた。
ぐちゃぐちゃに破かれたダンボールから出てきたのは、アルパカの形をしたイス。
アイリスは飛び跳ねアルパカイスを抱きしめた。
「わぁーい! アルパカさんだぁ!」
さっそくアルパカイスに座ったアイリスは、とっても嬉しそう。
通販で見つけ出した謎のイスだったけど、喜んでくれて何よりだ。
喜びついでに国宝とか試練とかの話がなかったことになれば、私も大喜びなんだけど。
アルパカイスに座ったアイリスは、残念なことに正気を取り戻した。
「はっ! アルパカさんに気をとられてる場合じゃなかった! きしだんちょー!」
「ここにおります、アイリス陛下」
「ジュウのゆーしゃと、こおりのじょーおーに言ってやりなさい!」
「かしこまりました」
自宅の前に立った騎士団長は、私たちに切れ長の目を向ける。
「ジュウの勇者と氷の女王よ、聞け」
「ひい!」
美しかっこいい歴戦の勇士の鋭い声に、私の背筋は凍りついた。
騎士団長は気にせず話を続ける。
「『テントだらけの国』付近の戦いの際、国宝を持ったリーパーズが1人の旅商人を襲おうとした。ショクの勇者と氷の女王は、その旅商人を救うため国宝を破壊した。そうだな?」
「は、はい、そうです」
「あの旅商人の正体だが、あれは私だ」
「……ふん?」
これは高等なボケ? でも、騎士団長が謁見の場でボケるはずないよね。
さすがのスミカさんとシェフィーも目が点になっている。
混乱する私たちを見て、アイリスはいたずらっぽく笑った。
「あんたたち! じょてーであるこのわたしに『だまされた気分』はどうかしら!?」
ちょっと意味が分からない。
私たちは一体どの部分で騙されていたんだろう。