第1話 そういえば
リビングは今、のほほんふわふわ空間だ。
なぜなら、ミィアとシェフィーが女神様の使い魔ミードンとじゃれているから。
「ふーん、ふーん」
「もふもふ~」
「ふ~ん」
「はわあぁ」
うさ耳パーカーを着たミィアに抱っこされるミードンと、ミードンのもふもふの尻尾を撫でるシェフィー。
ミードンのかわいさに、ミィアもシェフィーも夢中になっている。
そんな2人のかわいさに夢中になっているのは、何を隠そうこの私。
緩んだ表情のルフナはミィアを凝視しながら口を開いた。
「ミードンが来てるということは、注文していたものが届いたんだな」
「うん。しかも大量に」
リビングの隅には、段ボールがぎっしり詰め込まれたソリが置いてある。
あれは私が通販で買い、ミードンが運んできてくれた荷物の塊だ。
私はひとつひとつ段ボールを確認していく。
「マンガの新刊にお菓子詰め合わせ、新しいお鍋、変わった定規セット、それにルフナが注文したカメラ」
「お! ついに届いたか! ユラ、後でカメラの使い方を教えてくれ!」
「いいよ。でも、そのカメラで何を撮るの? ミィア?」
「もちろん、その通りだ! ミィアのあらゆる表情を、このカメラで永久保存するんだ!」
「だと思ったよ」
「とはいえ、他にもいろんな景色を撮りたいとも思ってる。せっかくの旅だからな、思い出は残しておきたい」
優しく笑ったルフナは、なんだか私たちのお姉さんみたい。
これで下着姿じゃなければ、完璧なお姉さんなんだけど。
ミードンと遊んでいたシェフィーとミィアは、やっと荷物の存在に気づいたらしい。
2人も参加して、私たちは段ボールの中身の仕分けをはじめた。
仕分け作業が終わりに差し掛かった頃、空っぽの段ボールからスミカさんが飛び出す。
「そろそろ到着するわ!」
「どっ、どうやってそんな小さい段ボールから出てきたの!? いや、それよりも、どこに到着するの?」
「盗まれた国宝の在り処よ」
「うん?」
スミカさんは何を言っているんだろう。
意味が分からず黙っていると、シェフィーは私の顔を覗き込んだ。
「ユラさん、もしかして忘れちゃったんですか?」
「へ?」
「女帝様の試練ですよ! 盗まれた国宝を取り戻して、女帝様に勇者として認めてもらう試練です!」
「あ! そういえばそんなのあったね!」
「もう……」
すごろくとかすごろくとか勝負とかですっかり忘れてた。
そういえば私たち、今は女帝アイリスの試練を乗り越えるために旅をしているんだった。
シェフィーは大きなため息をつき、口を尖らせている。
苦笑いを浮かべたルフナは窓の外に指をさし、教えてくれる。
「あの山の裾野、カラフルになってる部分があるだろ。あそこが『テントだらけの国』だ」
「国宝は『テントだらけの国』から南に5キロの場所の野原にあるみたいですから、たしかにもうすぐですね」
みんなよく覚えてるね。
国宝だとか『テントだらけの国』だとか、1ミリも覚えてなかったよ。
ま、さすがの私もやるべきことは思い出した。
目の前に試練があるというのなら、みんなで試練を乗り越えよう。
なんて、らしくないことを思った直後だ。
ミィアがリビングの真ん中で仁王立ちし、宣言した。
「ユラユラ! スミカお姉ちゃん! アイリーとの約束があるから、ここから先、ミィアとルフナは2人を手伝わないよ!」
「はい?」
「いきなりどうしたのかしら?」
クエスチョンマークに押しつぶされそうな私とスミカさん。
ルフナは申し訳なさそうに言う。
「これはアイリス様がジュウの勇者に与えた試練だ。ミィアと私は王女とナイトだからなぁ、試練のときは2人を手伝わないよう、アイリス様に命令されているんだ」
ようは縛りプレイということね。
頼れるナイトさんの助けが得られないのは、ちょっと痛手かな。
残念がる私とスミカさんの隣で、シェフィーはミードンを抱っこしながら困惑した表情を浮かべている。
「えっと、わたしはどうすれば? わたしも一応、『西の方の国』の見習い魔法使いという立場なんですが……」
「う~ん、シェフィーはアイリーと約束してないから、ユラユラとスミカお姉ちゃんを手伝っても大丈夫だと思う! あ! ミードンも大丈夫!」
この答えを聞いて、私もスミカさんもシェフィーもミードンも笑顔を浮かべた。
伝えるべきことは伝えたのか、ルフナとミィアはリビングを後にする。
「それじゃあ、頑張れよ」
「ミィアたちは寝室でカードゲームしてるね~! ルフナ、行こ行こ~!」
「2人っきりでカードゲーム……ムフフ」
試練に参加せずカードゲームで遊ぶなんて、羨ましい。
どうせ戦うのはスミカさんとシェフィーなんだし、私も2人について行っちゃおうかな。
「私もゲームして――」
「ユラさん!」
「ふーん!」
「はい、ごめんなさい。真面目にやります」
さすがにシェフィーに怒られた。
ついにでミードンにも怒られ、足をペコペコ叩かれた。
とにもかくにも、これから試練を乗り越えないと。
気を引き締め、スミカさんは質問する。
「シェフィーちゃん、国宝の在処はこの辺よね?」
「はい、この辺りです。地図を見る限り、あの四角い大きな岩の向こうぐらいだと思います」
言葉の通り、四角い大きな岩に近づく自宅。
大きな岩の手前で、私はスミカさんに助言した。
「マモノがいるかもしれないし、レーダーを使おう」
「そうね」
目をつむったスミカさん。
何度か「あらら?」とか「何もしてないのに!?」とかつぶやいているのを見ると、まだレーダーを使うのに慣れていないらしい。
しばらくしてシェフィーが尋ねた。
「どうですか? マモノ、いますか?」
「今のところは誰もいなさそうね」
「おかしい。国宝はマモノに盗まれたんだから、国宝がある場所にはマモノもいるはずだと思うんだけど」
「でも、本当に誰もいないわよ」
真相を確かめるため、自宅は背伸びし、私たちは大きな岩の向こうを覗く。
「これは……」
「ふ~ん?」
「誰もいない!?」
レーダーは正しかったようだ。
大きな岩の向こう側に広がる野原にマモノの姿はない。
――もしかして女帝の試練、すごく簡単かも。
安心感に浸る私だけど、その安心感はスミカさんの言葉に吹き飛ばされた。
「マモノはいないけど、国宝も見当たらないわね」
試練の雲行きが一気に怪しくなってきた。