第1話 テイト到着!
のしのし歩く自宅は、ついにジャングルを抜けた。
ジャングルを抜ければ、そこは湖水地方。
大小様々、太陽の光を反射した紺色の湖が木々の隙間に連なる、綺麗な場所だ。
湖水地方が広がるリビングの窓は、まるで絵画の額縁みたい。
これには私たちも観光気分。
「見て見てユラユラ~! ちっちゃなドラゴンさんが水浴びしてるよ~!」
「あ、本当だ。これは良いファンタジー絵」
「鳥さんもたくさん飛んでる~! ねえねえ、湖のそばで日向ぼっこしようよ~!」
「たしかにキャンプとかに最適そうな場所だけど、今は先を急がないと」
「むう~」
膨れるミィアと、なぜか私を睨むルフナ。
でも、こればっかりは仕方がない。
私たちの目的地である『大きな帝国』の街テイトは、この湖水地方の中にある。
そして私たちは、テイトで女帝さんと会わなくちゃいけない。
キャンプを楽しむ暇はないわけだ。
日向ぼっこができず膨れたミィアは、なんだかんだですぐに機嫌を直した。
リビングはいつもののんびり空間に。
しばらくして、ソファの下から出てきたスミカさんが言った。
「みんな、大きな壁と門が見えてきたわよ」
「三色旗はありますか?」
「黒と白と青の三色旗が掲げられているわね」
「それは『大きな帝国』の旗です! ついにテイト到着ですよ!」
パッと表情を明るくしたシェフィー。
自宅が脚を進めると、大きな壁と門が私たちの目の前に。
暇そうに壁に寄りかかっていた門番さんは、目を丸くし声を張り上げた。
「ジュ、ジュウの勇者様のご到着だ! 門を開けろ!」
「勇者様だと!?」
「急げ! 門を開けるんだ!」
慌ただしい声が駆け巡り、大きな門がゆっくりと開かれる。
門番さんたちを眺めていたスミカさんは、不思議そうにつぶやいた。
「みんな、よく私がジュウの勇者だってことに気づいたわね」
「動く家を見たら、誰だって気づくと思います」
冷静なシェフィーのツッコミと同時、大きな門は完全に開かれた。
自宅ははじめて普通に門をくぐりテイトに足を踏み入れる。
門の向こう側には、三色旗や草花に飾られ、石造りの建物に囲まれた広場が。
広場からは大通りがまっすぐに伸び、その先には5つの塔が並ぶお城がそびえている。
大通りを歩く人や馬車の数は『西の方の国』とは比べ物にならない多さ。
「ここがテイトか。さすがは『大きな帝国』の中心地だね」
「賑やかな場所だわ」
「世界中の人やモノが集まる街です! 珍しい魔法道具もたくさんです!」
「シェフィー、私たちは魔法道具を買いに来たわけじゃないよ」
「わ、分かってます! それにしても、ユラさんは随分と先を急いでますね」
「先に予定があると気分が沈むから、予定は早く済ませたくて」
「な、なるほど……」
どうしてシェフィーは慰めるような視線を向けてくるんだろう。
ついでに、どうしてミィアとルフナはお姫様と騎士の格好に着替えているんだろう。
「2人ともどうしたの? 2人も予定を早く済ませたいの?」
「いや、私たちは謁見の準備をしなければならないからな」
「準備?」
「女帝様は『ツギハギノ世界』の最高位のお方。いくら勇者でも、初対面だとすぐには会えないんだ」
「だからね! 王女様のミィアがスミカおねえちゃんと女帝様の取次をするの!」
「へ~、ミィアもたまには王族っぽいことするんだね」
「えへへ~」
「ミィア様、褒められてはいませんよ」
なんにせよ、ミィアの王女様パワーが役に立つときが来た。
2人は自宅を後にし、貴賓用に用意されていた馬車に乗ってお城へと向かう。
残された私たちは、とりあえず顔を合わせた。
「暇になっちゃったわね。どうしましょう?」
「私はゲームでもしてるから、スミカさんとシェフィーは好きにして」
「ええ!? せっかくですからテイトを散策しましょうよ!」
「いいわね! さっそくテイトを散策よ!」
「オッケー。じゃ、私はゲームしてるね」
「もう……ユラさんったら……」
呆れた視線が痛いけど気にしない。
私はコントローラーを握り、ロシア系テロリストとの銃撃戦に集中した。
自宅はテイトの街をふらふらと歩きはじめたらしい。
スミカさんとシェフィーは仲良さげに外を眺めている。
「家が歩ける広い道があるなんて、大きな街はすごいですね!」
「ええ、そうね。それに、たくさんの運河があって綺麗だわ」
「テイトは湖の上に作られた街なんです。運河がたくさんあるのも、それが理由です」
「フフ、シェフィーちゃんは物知りさんね」
「いつかテイトに行く機会があるかもと思って、調べておきました!」
「もしかしてシェフィーちゃん、テイトははじめてかしら?」
「はい、はじめてです。故郷の『山の上の国』はテイトから離れた場所にあるので」
「そうだったのね」
「あ! あれは背が高い聖堂です! 本物ですよ!」
「フフフ、楽しんでるわね」
はしゃぐシェフィーに微笑むスミカさん。
キラキラと目を輝かせたシェフィーは、私にも声をかけてくれる。
「すごい景色ですよ! 高い建物がたくさん――」
「ごめん、元ロシア軍特殊部隊と戦ってる最中だから、ちょっと待って」
「ろしあ?」
首をかしげたシェフィーは、すぐに口を尖らせた。
「もう! ユラさんは外の世界に興味がなさすぎです! あんなにすごい建物も見えるんですよ!」
そんなこと言われても困る。
「う~ん、ゲーム内のパリもすごいしなぁ」
「それはゲームの世界じゃないですか! こっちは本物です!」
「いやいや、現実のパリを完全再現してるから、ある意味では本物みたいなもんだよ」
「……もしかしてユラさんの世界には、そのゲームの街と同じ街があるんですか?」
「そうだよ。実際のパリに行ったことはないけどね」
なにやらシェフィーは黙り込んでしまった。
と思っていたら、シェフィーはさらに目を輝かせる。
「すごい! すごいです! わたしもユラさんの世界、行ってみたいです!」
一瞬で興味の対象が変わってしまったシェフィーに、私は苦笑い。
でも、よく考えれば当然か。
ここ『ツギハギノ世界』にとって、私が元いた世界は異世界なんだ。
異世界に憧れるのは普通のことだよね。
なんて思っていると、スミカさんが窓の外を指さし言った。
「あら? 道の真ん中にドラゴンがいるわ」
「え! どこ!?」
ファンタジーな街にドラゴンとなれば見逃せない。
私はゲームを中断して窓に張り付いた。
ガラスの向こうに見えたのは、通りを囲む建物よりも大きなドラゴン。
ただし、そのドラゴンは微動だにせず、縄に縛られ、道をずるずると引きずられている。
「何あれ?」
「誰かがドラゴンを倒したんでしょうか? でも、あれだけ大きなドラゴンを倒せる人はそんなには――」
「いいえ、あの子なら倒せるわよ」
再びスミカさんは窓の外を指さした。
彼女が指さした先には、運河沿いで縄を握りドラゴンを引きずる、ショートパンツとTシャツに身を包んだポニーテール少女の姿が。
ポニテさんの隣には、クロワッサンみたくカールした髪が特徴の、バックパッカーっぽい格好をした少女の姿。
あれは間違いない。
「シキネとクロワ……」
想像以上、あまりに早すぎる再会。
思わず私は深いため息をついてしまった。