第5話 ジャングル、雲
次の勝負はジャンプ勝負らしいけど、なんか随分と地味な気が。
でも、さっきのシキネのチートパワーを見る限り、こんな地味な勝負にも私たちは勝てないんだろう。
なんてネガティブ気分に浸っていると、シェフィーが私の袖を引き、話しかけてきた。
「あの、ユラさん」
「なに?」
「スミカさん――このおウチのジャンプ力って、すごいですよね。あれって、たしかスキルというもので強化したものだったはずです。ということは――」
「そっか! 今からスキル強化すれば、シキネに勝てるかも!」
チートな勇者の力はスミカさんも持っているんだ。
せっかくの勇者の力、使わないと損だよね。
ジャンプ勝負がはじまる前に、私はゲームのコントローラーを握った。
テレビ画面に映るのは『おウチスキル』のスキルツリー。
「自宅のジャンプ力を強化するスキルは……これだ!」
ぴったりのスキルを発見した。
その名も『超ジャンプ』だ。
どこからどう見ても、絶対に、これは自宅のジャンプ力が強化されるスキルだろう。
「最近はスキル解放をサボってたし、ポイントは残ってるね。よし、さっそく解放」
あとはコントローラーの丸ボタンを押すだけ。
これでスミカさんがジャンプ勝負に勝つ可能性が高まったはず。
ついでだからレーダースキルも解放しておいた。
スキルを解放したのと同時、窓の向こうからクロワの声が聞こえてきた。
「ジャンプ勝負、はじめるんじゃい。シキネのジャンプの高さと、そっちの5人のジャンプの高さの合計で勝負じゃい。ジャンプするときはこのロープを持つんじゃい」
説明が終わると、シキネはさっそく大声を出した。
「分かった! クロワッサンをくれ!」
「どうぞじゃい」
リュックサックから取り出したクロワッサンをシキネに渡すクロワ。
渡されたクロワッサンを一口で頬張るシキネ。
「おし! ジャンプするぞ!」
ロープを握ったシキネは、ゆっくりと膝を曲げる。
「うおりゃ!」
直後、シキネの姿が見えなくなった。
リビングの窓から空を見上げれば、青空に小さな点が。
チートな勇者の力で、シキネは大空までジャンプしたらしい。
小さな点は少しずつ大きくなり、シキネが地面にドンと着地する。
ひび割れた大地に着地したシキネは、まるでスーパーヒーロー。
「すごいすごい! 空まで吹っ飛んだよ!」
「もうメチャクチャです! 人間業じゃないです!」
あんなものを見せられると、もうジャンプする気が失せてくる。
まあ、みんなはやる気みたいだけど。
「次は私たちの番だ」
「ユラユラ~、シェフィー、ルフナ、一緒にジャンプしよ~!」
「そ、そうですね」
ということで、クロワから渡されたロープ片手にリビングに横並びになる私たち。
「せ~の!」
ミィアの掛け声に合わせ一斉にジャンプ。
ジャンプから床に着地するまでは一瞬。
床にしゃがみ込んだシェフィーは苦笑いを浮かべていた。
「シキネさんのあとだと、ちょっと寂しいですね」
「でも楽しいよ~!」
本当にどこまでもミィアは無邪気だ。
さて、私たちの本命はここから。
笑顔で私たちを眺めていたスミカさんが、おもむろに立ち上がる。
「最後は私の番ね」
「スミカさん、新しいスキルを解放したから、思いっきりジャンプして」
「分かったわ。フフフ、私、頑張っちゃうわよ」
とことん頑張ってほしい。
テラスからは、ロープを柱に結んだシェフィーの声が。
「準備できました!」
合図と同時、スミカさんは目を瞑る。
「えい!」
棚の高いところにある本を取るかのようなスミカさんの掛け声。
それでも窓の外の景色は、ジャングルから大空へ。
自宅は一瞬で大空、それも雲の隣までジャンプしたらしい。
まるでロケットの発射みたいだ。
「ああああ!」
「雲の中です! 雲の中ですよ!」
「おお~! さっきまでジャングルにいたのに~!」
「さすがジュウの勇者だなぁ」
楽しむミィアと感心するルフナとは反対に、私とシェフィーはパニック状態に。
気づけば私とシェフィーは抱き合っていた。
それを見て、ルフナは何かに目覚めたようにミィアに抱きついた。
住み慣れた自宅が大空にジャンプするなんて、勇者パワーは本当にチートレベル。
勇者の力はチートじゃなきゃいけないとかいう法律があるんだろう、きっと。
自宅が地上に戻ったのは数十秒後。
大空から落ちてきたとは思えない静かな着地を終え、ジャングルの景色に私はホッとため息をつく。
「ああ……怖かったぁ……」
「はわわわ」
「ねえねえスミカお姉ちゃん! もう1回!」
「「やらない!」」
残念そうな顔をするミィアだけど、必死な私とシェフィーの顔も見てほしい。
特にシェフィーなんか、私に抱きついたまま涙目だ。
というかシェフィー、いつまで私に抱きついてるんだろう。
抱きついたままのシェフィーのほっぺをツンツンしているうち、クロワの計測が終わったらしい。
窓の外からクロワの声が聞こえてきた。
「結果発表じゃい。シキネは851メートルと14センチじゃい」
「よっしゃあ!」
「スミカさんたちの合計は、851メートルと29センチじゃい」
だよね、やっぱり私たちの負け――
「ううん?」
「あれ? 私たち、勝っちゃったんですか?」
「やった~! ミィアたちが勝ったよ~!」
「ミィアの笑顔だ! ミィアの笑顔が見られたぞ!」
ジャンプ勝負、まさかまさかの勝利だ。
これにはシキネも私たちも開いた口がふさがらない。
ぴょんぴょんと跳ねるミィアの向こう側で、クロワは私たちの勝因を語る。
「ユラさんの16センチが決め手だったみたいじゃい」
びっくりするほど低い私のジャンプが役に立つ日が来るなんて。
いや、それにしても16センチって、私のジャンプ、低すぎないか。
そんな複雑な気分の私の頭を撫でながら、スミカさんはにっこり笑う。
「フフフ、ユラちゃんはいざというときに頼りになるわね」
なんでだろう、ジャンプ勝負に勝ったことより、スミカさんに褒められたことの方が嬉しかった。