第2話 凱旋パレード
もうマモノの軍勢はバラバラ。
私はミィアと一緒にプリンを食べながら、スミカさんたちに伝える。
「みんな、攻撃止め」
「はい!」
「了解した!」
「ユラちゃん、オーキークモは倒せたのかしら?」
「倒せたと思うよ。というか4分ぐらい前に倒してた気がするよ」
念のための攻撃が、ちょっと長すぎたかもしれない。
でも、よくある『やったか?』現象が起きるよりはずっとマシだよね。
スミカさんたちの攻撃が止むと、静かな時間が戻ってきた。
双眼鏡越しに見えるのは、マモノの軍勢がいた場所に広がる、焦げた草原だけ。
「オーキークモはどこにもいないね。植物もいなくなったけど」
「ユラユラ~、ミィアにもそーがんきょー、見せて~!」
「どうぞ」
「おお~! ユラユラの言う通りだ~! マモノの軍勢、どこにもいないよ~! 焦土だよ~!」
「自国の一部が焦土と化しているのに、嬉しそうですね……」
まったくシェフィーのツッコミが正しいんだけど、焦土を作り出したのは私たちなので、それ以上は黙っていよう。
ともかく、私たちは『西の方の国』を襲おうとしていたマモノを倒した。
勇者らしい仕事は終わらせたし、早く『西の方の国』の大きな街へ行こう。
武器をどこかにしまったスミカさん――自宅は、のしのしと大きな街へ向かった。
少しして、私たちの前に大きな石造りの門が立ちふさがる。
「門、閉じていますね」
「戦の途中だったからなぁ。マモノの侵攻に備えていたんだろう」
「だろうね」
「どうすれば、門を開けてくれるのかしら?」
「ミィアに任せて~!」
そうだ、ミィアは『西の方の国』の王女様だ。
彼女の姿を見れば、街の守衛も門を開けてくれるはず。
と思っていたのだけど、ミィアがベランダに出る前に、門が開きはじめた。
門の向こう側では、ナイトや守衛、街の人たちが私たちを迎えてくれている。
「街を救ってくれてありがとう!」
「あなたは私たちの英雄だ!」
「マモノを蹴散らす移動要塞! ありがとう!」
雪崩みたいに押し寄せる歓迎の言葉。
移動要塞ってなんだ? 私のおウチが物騒な印象を持たれちゃたのかな?
とはいえ、移動要塞と呼ばれたスミカさんは、表情をパッと明るくし、門をくぐろうと自宅の4本足を動かした。
ここで大問題。自宅が大きすぎて、門をくぐれない。
「あわわ! 引っかかっちゃったわ!」
「家が通ることを想定してない門だったんだね」
「家が通ることを想定した門ってなんですか!?」
「ミィア、ルフナ、他に家が通れる門って、ないの?」
「この大きさの建物が通れる門は、たぶんなかったはずだ」
「うわ~ん! 家が通れる門を用意してなかったなんて、『西の方の国』の汚点だよ~!」
「それが普通です! 家が通れる門がないのが普通ですから、元気を出してくださいミィア様!」
さてはて、これからどうしよう。
門につっかえた家を見て、街の人たちも呆然としている。
ここで問題を解決させたのは、スミカさんだった。
「よく見ると、これくらいの城壁なら乗り越えられそうね。えい!」
思いついたままに自宅をジャンプさせるスミカさん。
すると、自宅は軽々と城壁を飛び越え、街の中に着地した。
家が飛び跳ね、あっさりと街に入れたことに、私たちは呆然。街の人たちも呆然。
けれども、ミィアが無邪気な笑顔を浮かべたのと一緒に、街の人たちも歓声を上げた。
「おお~! スミカお姉ちゃん、そんなことまでできるんだ~!」
「やはり、あの建物は勇者に違いない!」
「勇者様だ! 勇者様が私たちを助けに来てくれた!」
「移動要塞の勇者様!」
だから、移動要塞って何? 私のおウチ、要塞扱いなの?
まあ、肝心のスミカさんが喜んでるからいいけど。
「スミカさん、ユラさん、高台のお城に行きましょう!」
「うんうん! ミィアのおウチに遊びに来てよ~! ママも喜んでくれるよ~!」
今は2人の言う通り、お城に向かおう。
自宅は馬車や露店を慎重に避けながら、お城まで続く道を歩きはじめた。
リビングに戻った私たちは、プリンを食べながら窓の外を眺める。
――この街、かわいい。
高さも色も角度も違う三角屋根の建物がずらりと並ぶ、カラフルな街並み。
それを飾るのは、ところどころに咲いている花や街路樹たち。
まるで花畑に置かれた色鉛筆みたいな街を眺めていれば、絵本の世界に迷い込んだ気分。
だけど、私は窓の外を眺めるのを中断し、部屋の隅で丸くなった。
理由は簡単で、私たちを歓迎してくれる人が多すぎるから。
「勇者様ー!」
「移動要塞の勇者様ー!」
「街を救ってくれて、ありがとう!」
「すごいです! こんなにたくさんの人が、スミカさんとユラさんを……ってあれ? ユラさん? どうしましたか?」
「なんだか顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」
「うう……人混み、怖い……」
今までの人生で、これだけの人たちと熱狂に包まれたことはなかった。
勇者の到着と勝利に沸く人たちが、自宅の周辺に殺到してくることなんてなかった。
ハロウィンの日の渋谷は地獄の釜の中だと思ってる私が、この状況に耐えられるわけがない。
そんな私を救おうと、ミィアが立ち上がる。
「よおし! ミィアがユラユラを助けてあげる! ミィアがみんなに、少しだけ静かにしてもらうようにお願いしてみる!」
やる気に満ちたミィアは勢い良くテラスに飛び出した。
テラスに飛び出したミィアは、それでも一瞬で王女様モードに。
「皆様! どうかお願いがあります! 実は――」
王女様モードのミィアがお願いを言おうとするけれど、それ以上は言葉が続かなかった。
街の人たちは、王女様のミィアを見て目を丸くしている。
目を丸くしながら、どっと盛り上がる。
「ミィア殿下だ! ミィア殿下が移動要塞にいるぞ!」
「もしかして、ミィア殿下と勇者様はすでにお知り合いに!?」
「さすがは勇者様だ!」
喜びと驚きの波が自宅に押し寄せている。
いよいよ私は動けない。
「ヒト、コワイ……ワタシ、イシニナル」
「あわわ! ユラさんが限界です!」
もう吐きそう。ツラい。
ただ、その後にミィアがうまくやってくれたおかげで、街の人たちの関心は徐々にミィアに集まっていった。
少しだけ余裕を取り戻した私は、プリンを食べて心を落ち着かせる。
そんな私を、スミカさんは心配してくれた。
「昔からユラちゃんは、人混みが苦手だったわね。無理しちゃダメよ」
「うん、分かってる」
「よしよし」
私の隣に座ったスミカさんは、私に寄り添い、私の頭を撫でてくれた。
続けてルフナが口を開く。
「しかし、不思議だなぁ。私たちと話すユラは、人が苦手な様には見えないぞ」
「それは……流れ的に、自然と……」
スミカさんは16年間も一緒にいたおウチだからお話ができた。
シェフィーはゲームで使っているキャラに似ているから、親近感があってお話ができた。
ミィアは憧れの王女様だから、緊張はしたけど、お話ができた。
ルフナは救出対象だったし、とってもいい人だったから、お話ができた。
でも、みんな以外の人は、やっぱり怖い。
証拠に、私の心と連動した『完璧な防犯』のシールドは、シェフィーたち以外の人を拒絶している。
――私がシェフィーたちとお話できるのは、奇跡みたいなものなんだよ。
リビングの隅っこで、さらに丸くなった私。
すると、カップを持ったシェフィーが私の前にちょこんと座った。
「ユラさん、紅茶を淹れてきました」
「……ありがとう、シェフィー」
みんな、本当に優しい人(と家)たちだよ。
私は深い感謝の気持ちと一緒に、紅茶をすすった。