鬼破妖五砕魔手
朝。
異世界でもそう呼んでいいのか分かんないけど、とりあえず明るいから朝。
お粥を食べたら寝落ちしたらしく熟睡してしまった。昼寝してから大して時間は経っていないはずだけど、体は限界だったらしい。
「起きたか」
陰鬱なその声で、昨日の出来事が夢や妄想ではないことが証明されてしまう。
「……夢じゃないから、夢じゃなかった」
「当たり前だろう。寝ぼけてるのか?」
独り言にいちいち食いついてくるボケに唾でも吐いてやろうと顔を向けた時、私はその姿に驚愕した。
「ふ、服を着ている、だと!?」
出会ってから布切れ1枚纏っていなかった変態が、古臭そうながら上下に衣服を身に付けていた。
凄い! あの不審者が普通に見える! 服って凄い!
「ああ、これか。我は気にしないのだが、お前は気にするのだろう? 部屋の隅にあったのを拝借したのだ」
人として? 魔王として? 尊厳を若干でも取り戻されると、それはそれで居心地が悪い。いやだって身内以外の男だし、イケメンだし、普段の生活圏にいない生物だし。だからと言って全裸に戻れというわけじゃないがぶつぶつ。
「起きたなら活動するぞ。まずは何をする。教えろ」
イラッ。
「は? いやいや、ちょっと待ちなよ。こちとら異世界生活2日目なんだよ? 配慮をしなよ配慮をよ」
「十分にしてるだろう」
かっちーん。
「なるほどなるほど。うんうん。じゃあ朝起きたらまず何をするか教えよう」
SO COOLな私は野郎を手招きし射程圏内に入れる。
「これは、挨拶という、人とその日最初に会った時にする行動の一つさ」
「会殺、人間は出会い頭に殺し会うのか……」
「但し女から男に限る」
「知ってるぞ。それは女尊男卑だ」
「レディーファーストにアプデしとけメーン」
なんか勘違いしてるが、あながち間違いでもないか。
「そう、そのくらい近づいたら少し屈んで、うん、それでストップ」
「ん? おい、これは」
続く言葉を聞く前に、渾身の一撃が唸りを上げ、無神経野郎の左頬に紅葉を作った。
勢い余って床を転がり回るバカが滑稽だ。
「これが、鬼破妖五砕魔手だ。覚えとけ」
「お、おうふ」
さぁ、新しい1日が始まる。