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魔王様はお米が研げない  作者: 羊務員
1/5

洗濯物はすぐ干そう

 高校を卒業しても、私の人生は微動だにしなかった。

 いや、正確に言うと激変したんだけど。短いようで長かった高校生活が終わり、大学進学も就職もせずこうして実家に寄生し続けているんだけど。

 私が言いたいのはそういった実にくだらない見た目だけの話ではなく、人生観のことだ。

 生きる意味、この世に生を受けた意味とは何か?

 私の永遠のテーマだ。

 中学2年生くらいからずっと考えている。

 考えていたらいつの間にか中学校を卒業し、高校に入学して卒業してた。

 灰色どころか無色透明な日々。

「うそ……! 私の青春しょぼ過ぎ……!」

 なーんて独り言を零してみても過去は変わらない。

 だが記憶の捏造はできるのでは?

 今目の前にあるシンクの角に、卵の殻を割る感じで頭突きすれば私もカラフルな記憶を手に入れることが可能!!

「……相当キテるな、私」

 手に入るのはグロテスクな赤色しかないと悟る。

 そんないつもの妄想を、冷たい水に手を浸すことで吹き飛ばす。ガス代がもったいないから、皿洗いの時にお湯は使わない主義だ。

 家族4人朝食分の食器は生半可な敵ではない。量もさることながら長期戦闘は手荒れの元となる。

 さらに計画立てて洗っていかなければ食器タワーが崩壊する可能性がある。目についた皿に飛び付けばいいわけではないのだ。

 とは言いつつ、朝食の内容はそうころころ変わらない。内容が変わらないということは使用される食器の種類枚数も変わらないということだ。変わらなければテンプレで洗っていけばいい。

 私は慣れた手つきでスポンジを掴み、食器用洗剤(無香料)を適量かけて皿洗いを始めた。

 これが終われば今頃脱水されている洗濯物を干し、部屋掃除をして、自分の昼ご飯(昨日の晩ご飯)を食べ、昨日の晩ご飯の買い出しに行くだろう。

 ここで再び妄想にふける。

 私が生まれた意味とは何だろう?

 こうして家事をしていくことだろうか。

 別に家事は嫌いじゃない。

 家庭を支えるというのもちゃんとした仕事だと思う。

 だがこれが私の生まれた意味かと自問すれば、脳内私はノーと叫ぶのだ。

 何が気に入らないんだろう?

 将来の夢があるわけでなく、

 やりたいことがあるわけでなく、

 進学就職の波に流されることも良しとせず、

 ただ惰性で家事をしている。

「あ、今日はお肉の特売日だったなぁ。……晩ご飯はお父さんが好きなハンバーグにしようかな」

 こんな風に並列作業ができるくらいには家事をやれている自負はあるが、若い娘がそれでいいのかと思わなくもない。

 今頃同級生達は各々の環境で、今しかできない某かをやってるんだろう。

 妬ましいというのはお門違いだ。私は自らその選択肢を捨てたんだから。

 そう、とどのつまり自業自得なわけだ。

 自分が何をしたいか分からず、かといって社会の波に乗る勇気もなく、それなりに必要とされる環境に甘んじてるんだ。

 なんという無気力人間、なんという優柔不断、なんというまな板娘か。

 ……いや、まな板ではないな。富士山とは言わなくとも高尾山くらいはある、はず。

「はっ!?」

 気付けば無心でまな板を洗っていた。自己嫌悪するにも他に方法があるだろうに、改めて自分が分からなくなる。

 磨かれ過ぎてすり減ったように思えるまな板を水洗いしながら、

 私、紅道春は精一杯の溜め息を吐いた。


 ○


 その青年は悩んでいた。

 結構、かなり、深刻なレベルで命の危機だった。

 その青年は世界最強最悪の存在だった。

 しかしいかに最強最悪でも、できないことがあった。


 その青年は後がなかった。

 だから苦渋苦肉の最終手段を取らざるを得なかった。

 それも確実な解決法ではない。

 まず見つかるかどうかが怪しい。

 相当厳しい条件だ。

 神に祈りたくなる難業だ。

 ……神に祈る?

 その言葉に青年は笑った。

 いくらなんでもそれはない。

 例えこのまま屍に成り果てようともあり得ない。

 何故なら、神は、

「時間の無駄だな」

 思考を止め、青年は夜空を見上げた。

 満天の星々に、紅く輝く満月。

 難業前の準備を終え、環境も最良。

「ふむ」

 その手には一丁の細長い棒。さらに棒の先には銀色の糸が結ばれ、糸の先には紅い宝石がくくりつけられていた。

 青年の視線はとある湖に向けられ、その瞳には水面に映る紅い月が宿っていた。

「今日も今日とて、縋るとしよう」

 棒を自らの後方へと振り、糸と宝石が追従する。青年は振り子のように揺れる宝石を見もせず、

 揺れる紅い月に向け得物を振り下ろした。


 ○


 ピーピーという電子音が鼓膜を揺らし、ソファーの上でうたた寝をしていた私を起こした。

 だがこれは目覚まし時計ではなく、洗濯終了を知らせる音だ。

 寝ぼけてぼうっとする頭が起動するのをゆっくり待つ。いきなり立ち上がると立ちくらみをしてしまうんだ。

 立ちくらみは恐い。

 学生時代、全校集会中に倒れたことがあるが何の受け身も取れず倒れてしまった。

 その日は特に体調が優れないなんてことはなく至って普通だったんだけど、長時間立ちっぱなしだったのがまずかったらしい。

 最初は何かおかしいなという違和感だけだったのが冷や汗という実感に変わり、

 呼吸は荒くなり視界は狭くなって点滅し、スイッチが切れるみたいに意識が落ちた。

 起きたら保健室のベッドの上で、話を聞かされてから青い顔を羞恥心で赤くしたものだ。

 まぁそんな過去の教訓から、私は立ちくらみを警戒して生活している。

 今だって下手したら机の角に頭を打って死ぬかもしれないんだ。

 私が死んだら家族が困る。

 悲しむかどうかは分からないけど確実に困る。

 これ以上家族に迷惑をかけたくない私にとってはこれくらいの生き方が丁度良い。

 血流がしっかり回り出したのを実感してから、ゆっくり体を起こす。うん、大丈夫だ。

 時計に目をやると午前10時過ぎ。

 皿洗いが終わってソファーで横になったのが午前9時くらいだったから、1時間くらい寝てたらしい。

 起きることができて良かった。洗濯物が生乾きになると異臭騒ぎのバイオハザードへと発展してしまう。

 私はいつもの調子で脱衣所にある洗濯機へと向かう。

 フローリングの冷たさが裸足に心地いい。

 あっという間に脱衣所へ到着すると洗面所の鏡が私を映した。

 所々撥ねたくせ毛。染めもせずストパーもしてないのは興味がないからだ。

 服装も上は灰色のパーカーで下はジャージ。洗濯物を干した後買い物に行く予定だけど、行き先は近所のスーパーだ。問題ない。

 背丈は中学から変わらず160cm。女ならこんなもんだろう。

 なお顔面偏差値は石ころレベルだ。

 ……早く干そう。

 思わずやってしまった自己評価に心をやられつつ、洗濯機の蓋を開け

「ひっ!?」

 血の気が引いた。

 そこには遠心力により合体した衣類はなく、赤……いや紅い液体が満ちていた。

 液体は風に煽られるように動きのたうっており、まるで生きているようだ。匂いはしないようだが、顔を近づけようとも思わない。

「なに、これ……こ、故障?」

 自分で呟き即座に考えを改める。洗濯が故障したからってこんな紅い液体が満たされるはずがない。私がいつも使っているのは無着色無香料の液体洗剤だ。

 じゃあ水道か? いやそれもない。水なら流し場でさっきまで使ってたが普通の透明な水だった。

 なら配管だろうか。この紅色も見ようと思えば錆びに見えなくもない。

 うん。きっとそうだろう。

 現実的な原因が思い浮かぶとどっと疲れてきた。中の洗濯物どうするんだよとか洗濯機壊れてないよねといったある意味で日常的な問題が浮かんでくる。

 つらつらと沸いて来る問題に頭を痛める中、

「あ」

 強烈な違和感がのしかかってきた。

 ごまかせない、飲み込めない違和感だ。

 私は聞いたはずだ。聞き慣れたその電子音を。

 脱水完了を知らせる調を、聞いていたんだ。

 では、この液体はなんだ?

 水ではないのか?

 どこからどう見ても液体なのに、機械は液体と判断してない?

 故障でないと言い切るのならば、

 これはどこから来た何なんだ?

 チャポン、と水面に何かが落ちる音がした。

 しらばっくれることはできない。目の前の現実から目を逸らせない。

 洗濯機内でたゆたう紅い液体の水面に、何かが浮かんでいた。

 何かは液体と同じ紅色で、同色の背景の中でも妖しく光ることで存在を主張していた。

 不思議と私の中に2つの選択肢が沸く。

 掴む? 掴まない?

 問答無用でノーに決まってるだろどんな罰ゲームだと平時なら叫ぶところだが、今の私は躊躇した。

 そもそもそんな選択肢が出る時点でおかしいんだけど、迷っている自分が信じられない。

 得体の知れない液体に触るだけでもエンガチョなのに、これ以上変な物に関わってたまるか。

「やれやれ。私も甘く見られたもんだね。こんな非現実で釣られるとでも?」

 嘗めてもらっちゃ困る。紅道春、生まれてこの方19年。だてに妄想して生きてない。

 これはあれだ。欲張った人間が地獄に行くやつだ。

 それで地獄の亡者にあんなことやこんなことをされるやつだ。

 とても聡い私はタスクの優先順位を変更し、近所のお寺へ電話しようと脱衣所を出ていこうとして、

「あれ?」

 左手首が何かに引っ張られた。

 恐る恐る視線を送ると、手首に糸のようなものが巻き付いている。

 さらに言うと糸の先端にはさっきまで洗濯機の中で浮かんでいた宝石が。


 おいおい。


 そりゃないでしょう。


 突如グンッ、と引っ張られる力が増し、私は成す統べなく引きずられる。

 糸が伸びる先は紅い液体で満ちた洗濯機。

 こうしている今もどんどん糸は洗濯機の中へと沈んでいく。

 1分後の自分を想像し今更掴むものを探すけど、問答無用な張力で私は宙に浮いた。

 確かに昔宙に浮きたいとか我が儘は言ったけど、こんなタイミングじゃなくても良かったんですよ神様?

「だ、誰か」

 助けを呼ぼうと声を上げるけど、今家には私しかいない。

 聞こえる人は誰もいない。

 あーあ、私死ぬのか。

 私がいなくなって、明日から皆どうするのかな。

 お母さんちゃんと家事できるかな。

 お父さんご飯食べ忘れないかな。

 弟は、泣くだろうなぁ。

 ごめんね皆。

 

 ザパンッ、という無情な残響と紅い視界を最後に、


 私は立ちくらみと同じように意識を落と


 ○


「お、釣れた」

「ぎゃあああああああああああああああ!!」

 す間もなく私は叫んでいた。

 それはもう、人生最大の絶叫だ。

 だって、

 私は今宙に浮いてて、

 視線の先には釣竿を振り上げた何かがいて、

 お月様が紅かったから。

「うびゃっ!?」

 ふわふわタイムが終わり重力に引かれ、水面にたたき付けられる私。水はさっき見た液体とそっくりだった。

「あぶっ、おぼっ、た、たすっ」

 着衣水泳という訓練をご存知だろうか。

 服を来たままプールに入り、衣服が水を吸うことでどれだけ体が重くなり自由が利かなくなるか実感するというものだ。

 因みに私は過去に見てただけなので現在進行形で体験中だ。

 あ、これ死ねるわ。

 体が浮かず、どんどん沈んでいく。

 短い間に何回死を覚悟せにゃやらんのじゃ、と脳内で愚痴ることしかできない。

 が、私の悪運は底無しらしく、

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼっ!?」

 三度極悪な引力により流される。

 行き先は、

「あひゃああああ!?」

 固い固い地面の上だった。

 慣性に従いゴロンゴロンと転がり、濡れた体に土埃が纏わり付く。

 痛いやら、口の中がじゃりじゃりするやら、わけが分からないやら。

 敢えて言おう。厄日であると。

「う、えぐ、うえぇぇん、酷いよ辛いよ恐いよー」

 泣いた。

 泣きゲーでも泣かなかった私が泣いた。

 20歳も近い、大人と呼ばれてもおかしくない私でも泣かざるを得ない。

「う、うむ。これは、そうだな。我が悪いかもしれんな」

 私のがち泣きにドン引きなナニガシが申し訳なさそうに近づいてくる。

 なんだもう。これ以上何があるんだよ。

 涙を拭いながら声のする方を見ると、


 全裸の男性が歩み寄って来ていた。


 …………………………………………………………………。


 おー、まぐなむー。


「じゃないよお巡りさーん! ポリスメーン! おとうさーん!」

「む、なんだなんだ?」

 変態が今更怯え始めたが知ったことか。

 一生物のトラウマを与えた罪を償ってもらおう。

「誰かー! 全裸の変態……が……あ?」

 とにかく助けを求めようと周囲を見渡した。

「おい、我の言葉が理解出来てるか?」

 変質者が何か言ってるが耳に入らない。

 私の脳みそはそれどころではなく、視界情報を整理するのに精一杯だった。

 まず、暗い。

 というか月が出てるってことは今は夜? さっきまで朝だったじゃん。どゆこと?

 次に場所。

 何で私湖のほとりみたいなとこに居るの? 外じゃん。ほわい?

 あれ? というか私どうなったんだっけ?

 確か洗濯物干そうとして、洗濯機に変な液体があって、釣られたくまーで、

「聞いてるのか?」

 まぐなむがペンデュラムで、

「キュウ」

「死んだか」

 死んでないわ。少し寝るだけだわ。

 そんな返答をするのも億劫で、私は二度寝の睡魔より凶悪な眠りに落ちていった。


 続く?

 

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