彼女は助からない
「は? え? ここどこですか!? あれ? 私!?」
その少女は一瞬キョトンとして部屋を見回した後、自らの体を確認して、また騒ぎ出した。
「え? 貴方たち、誰!? ちょっと、どういうことですか!?」
凄まじい勢いで俺が詰め寄られるが、俺だって何が起きたのかわからない。
手で少女を制しながら、神様に視線を向ける。にこやかに立つ神様の笑顔が憎々しい。
「あー、俺も説明が欲しいんだけど?」
「うんうん、そうだよね。わからないよね。教えてあげよっかなー、どうしようかなー!?」
「……お願いしまーす」
俺がそう言うと、神様はパアっと笑う。
「しょうがないなあ。フフフ、孝明君がそんなに言うのなら、教えてあげよう」
「あの、この人……」
神様を見て、心配そうな目で女の子は俺に視線を向けた。
「ごめん。このまま乗せておいて。こいつに説明させないといけないんだ」
「はあ……」
薄い胸をはって、神様は得意げに口を開いた。
「フフン、孝明君の願いがわからないからね。とりあえず、それっぽいの用意してあげたんだ」
「それっぽいの……って……」
まさか。
「ほら、美少女監禁なんて、やってみたくないかい?」
「そぉい!!!」
「ぉぐっ!!!」
綺麗な蹴りだった。
「あ、あの!」
女の子は慌てた様子で俺たちの漫才を見ていた。
「ああ、ごめん。本当にごめん。こいつのせいでここに連れられてきたらしい。すぐに返させるから」
とりあえず、腹を抱えて蹲る神様が起きるのを待つ。女の子がどこから連れてこられたのかわからないが、こいつが元の場所に戻した方が早いだろう。
「いえ、そうじゃなくて……。私、ここに連れてこられたんですよね?」
「そうらしい。俺じゃなくて、こいつの手でだけど」
弁解しようと慌てる俺を女の子は遮る。
「助けて頂き、ありがとうございました!」
そして唐突にお礼を言って、頭を下げた。俺は訳もわからず神様と女の子を交互に見ていた。
「残念だけど、君は助かったわけじゃあないんだ」
再起動した神様は、腹をさすりながら俺を見た。そしてまた、よくわからないことを言い出す。
「……違うんですか!? え!? まさか!?」
女の子は俺を見て、自らの体を抱きしめる。
これは……警戒されているのか。……あぁ、そうか。
「念のために言っておくけど、俺に少女監禁の趣味はないからね?」
「嘘! だって、今助かってないって……」
泣きそうな顔だ。
「ホントにもう、どういうことなんだろうね……」
事情がさっぱりわからない。
ただ一つわかっているのは、神様が今の状況を見てニヤニヤしていると言うことだけだ。
「とりあえず、座ろう」
「……はい」
お互いに、わからないことだらけだ。
「何? 何か怖い目にでもあってたの?」
取りあえず、女の子の方にも事情を聞こうか。助かったってどういうことだ。
「……知らないんですか?」
女の子はパチクリと大きな目を瞬く。
「うん。俺からしたら、いきなり部屋に君が来た感じだからね」
神様を睨むと、神様は微笑みながら首を傾げた。
女の子は疑わしそうに俺と神様を見るが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「私、誘拐されていたんです」
「は? 誘拐!?」
本気で大事じゃないか。今の状況も誘拐だが、それは置いといて重大な事件だ。
「はい。学校の帰りに車のトランクに押し込まれて、何処かの廃屋に連れて行かれました」
「え、ちょ、だったら警察に」
「もう間に合ってないからしない方がいいと思うよ」
通報しようと立ち上がる俺を、神様は制した。間に合ってない?
「ああ、ああ、君の疑問はわかるよ? だから、その子の話の続きを聞いた方がいいなぁ」
訳知り顔で神様が俺にそう言った。そもそも、こいつが余計なことをしなければ……。
「そこですぐに、首を絞められて……意識がなくなったと思ったらここに……」
その情景を思い出しているのだろう。自分の首に手を当てて、顔を真っ青にしていく。
そして俺と神様を交互に見て、じわじわと目の端に涙を溜めていく。
「私が知っているの、それだけなんです! 何で私ここにいるんですか!? 助かってないって、どういうことですか!?」
そして静かに俯き泣き始めた。俺には、かける言葉は見つからなかった。
静かな部屋に泣き声が響く。
ちょっと、これ本当にどういうことだよ。
話を聞く限り、誘拐されて殺される直前の所を神様がここに連れてきた、そういう事じゃないのか。
しかし神様は、助かってないと言った。
どういうことだよ。
縋るように神様を見ると、神様は拳を握り締めてゴーサインを出していた。
「ほら、こういうところで肩を抱いてあげるとか、優しい言葉をかけるとか……!」
「ぶれないなお前……」
本当に、何をさせたいんだ。
泣いている女の子を残し、台所へ俺は向かう。戸棚から湯飲みを三つ出し、氷を入れた。
まずは俺が落ち着かなくてはいけない。平常心になるためには、いつもと同じ動作をすればいいとどこかで聞いた覚えがある。とりあえず、お茶を入れよう。
お茶の香りにも、鎮静作用があると聞く。女の子もこれで落ち着いてくれないかな。
……無理か。