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だからキミにやって欲しい

 



「さてさて、その奇跡のキミに、いくつかして貰うことがあるんだ。これは決定だからね、決定!」

 俺の言葉を軽く流し、神様は勝手に宣言する。俺に拒否権はないのか。

 しょうがない。

「え、嫌です」

 しかし、口を突いて出たのは否定の言葉だった。つい本心が漏れてしまったか。


「神様の命令だぞー! 偉いんだぞー!!」

 両手を掲げてクシャッと丸め、ガルルルという声が似合いそうな顔で神様は抗議してくる。だが。

「そういうところがどうも偉そうに見えないんだよ」

「あー、言ったなー! フンだ! 天国地獄コースを選ばせてあげようと思ったのに! いいさ! 地獄コースにしてやるー!」

「お前が言うと洒落にならねえだろうが」

「楽しみにしてるんだね! 明日、キミは地獄を見るだろう……ウケケケケ」


 神様はそう言うと、憎たらしい笑顔を残してスウッと消えた。

 もはや、あいつが普通の人間だとは思えない。何か、超常的な存在であることは、疑いようがなかった。


 しかし、明日。何があるのだろうか……。


 やっべー、怖い。適当に聞かなきゃ良かった!


 俺は今更後悔していた。

 だがもう遅い。俺に出来ることは、明日の心配をしながら寝ることだけだった。






「死ぬかと思ったわ!」

 帰宅早々、俺は待ち構えていた神様に怒鳴ってしまった。

 多分、いや、きっと……違う、確実にこいつのせいなのだ。

「あれあれー? どうしたのかなー?」

 あぐらをかき、ニタニタと神様は笑う。白々しいなこの野郎。

「どうしたじゃねえよ! 殺す気か! あぁ!?」

「コ○助か? 違うナリよ、ボクは神様ナリよ」


「○ロ助じゃねえよ! っていうか口調まで寄せてんじゃねえよ!!」

「アハハハハハ! 冗談だよ、冗談」

 大きな口を開けて大笑いする神様に、力が抜ける。


 そうか、冗談だったのか。じゃあ忘れてやろう。で済むか、馬鹿!


「何のつもりだよ、ホントにもう……」

「大変だったねぇ……」

 しみじみと言いながら、俺の肩をポンと叩いた。俺はその肩を払いながら文句を言う。


「朝の登校中にマシンガンのように鳥の糞が降ってくるし、俺を目掛けて車が頻繁に歩道に飛び込んでくるし、学校では階段から落ちそうになるし、それで壁に手を突いたら火災報知器鳴らすし、それに慌てたやつに消化器ぶっかけられてさらに殴られるし、制服洗ってたらいきなり植木鉢が落ちてくるし、避けたところに野球部のホームランボールが直撃しそうになるし、それを躱したら花壇に足引っかけて転ぶし、そのまま下水に落ちるし、中にいた蛭が群がってくるし、落ち着こうと飲み物買ったら変な味するし、それ捨てたらなんか排水溝から変な煙出てくるし、制服破れたから縫ってくれるとか女子が言ってたけど縫い針が俺の肌に直接刺さるし、それに文句言ったら俺が悪者になったし、下校途中には俺に向けて何回も材木が倒れてくるし、線路渡ろうとしたら足が挟まって轢かれそうになるし、気付いたら犬に足噛まれてるし、そしたらまた溝に落ちるし、道端で喧嘩してた奴らが何故か結託して俺に突っかかってくるし、何か痛いと思ったら靴に画鋲入ってるし、見てたら犬に靴持ってかれるし、……」


 顔を手で覆いながら言葉を吐き出す。

 文句が止まらない。これでもまだまだ足りないのだ。

 その俺の心からの叫びを、神様は顔を歪めながら聞いていた。


 同情してくれているのかと思った。

 あれ、こいつ実は良い奴なのかもと、ほんの少しだけ思ってしまったかもしれない。


 だが、そんなことは無かった。

「クッ……フフッ…………た、大変だったね……フヒッ」

 笑いを堪えていたのだ。

「笑い事じゃねえんだよ! 何回も死ぬかと思ってんだよこっちは!」


「で、でも……クヒッ……何でそれがボクのせいになって…………フヒャヒャヒャヒャ」

「お前昨日、地獄コースとか言ってただろうが」

「うん。まあ、ボクのせいなんだけどね」

「サラッと言うな、お前……」

 もう、怒る気も失せてきた。



「これはキミの魂の願いを探るためだったからね。ちょっと運勢を最悪にしておいたんだ」

 悪びれもせず神様は言葉を紡ぐ。神様ってのは、本当に勝手な奴だ。

「それで何がわかるんだよ……」

「例えば前世の魂の持ち主が、『もっと苦境にあって成長したかった』って思った人がいるとするよね」

「そんな奇特な奴いるのかよ」

「たまーにいるんだよ、それが」

 神様はジトっとした目で虚空を見つめる。馬鹿なことを、と言うように鼻を鳴らした。


「で、その人がその苦境にあったとき、魂が震えるんだよね。こう、輝く! っていうか、元気になるんだ」

「ほほお」

 読めてきたぞ。それで、俺の運勢とやらを最低にして、魂を観測していた。何処かで俺の魂とやらが輝けば、こいつの知りたい俺の願いがわかると。


 ふつふつと怒りがわいてくる。神様って言うのは理不尽なもんだと、神話や民話で知ってはいたが、実際にもこんな奴なのか。

「俺を、それで、試したと」

 ゆらりと立ち上がり、神様に近付く。神様はいい気になっているようで、特に警戒もせずに話し続けた。

「ハハ、だから、悪いことにあったときのキミの魂を見ていたんだけど……痛い! 痛い!」

 そのこめかみに両拳をあて、グリグリとねじり混む。そこまでしてようやく抵抗し始めた。

 神様でも涙目になるのか。


「俺がそれで死ぬかもしれなかったのになぁ」

 抵抗を気にせず、出来るだけ静かに語りかける。

「植木鉢とか、死んでてもおかしくなかったけどなぁ」

 あえて笑顔を作りながら、グリグリグリグリと力を込め続けた。


 俺の両手首を握り、力ない抵抗を続ける神様がだんだんかわいそうになってきたのでこれくらいでやめておこう。俺は死んでいないしな。

 パッと手を離すと、神様はこめかみをさすりながら荒くなった息を整えた。

「ふひー……。まあ、死んじゃったらかなり残念なことになるからそうならないで欲しいけどね」

「じゃあ、やめてくれよ……」

 今の俺が願うとしたら、それだけだ。



 涙を拭いて、気を取り直して神様は悪びれずに言う。

「もうしないよ。魂は全然震えなかったし、むしろ今のほうが輝いているしね」

「俺としては暗黒に塗れているはずだが?」

 精一杯の皮肉も、こいつには通用しないだろう。



「ハッハッハー、じゃあ、次は天国コース行ってみるから、明日を楽しみにしておくと良いよ」

 高笑いをしながら、また透けて消えていく。その手を掴んで止めようとしても、透き通り始めたその体に触れることは出来なかった。

「おい、ちょ、待て! そういうのやめ……」

 そして、俺の言葉など意に介さずに、神様は今日も消えていった。


 天国コースっていうと、昨日よりマシなのだろうか。

 うわー、嫌な予感しかしない……。






「色んな意味で、勘弁して下さい……」

 俺は机に肘をつき、両手で顔を覆う。

「お気に召さなかったみたいだねー。青少年にとっては夢の一日だったと思うよ?」

「そりゃあ良い思いはしたよ……でも、心労も半端ないんだよ……」


 今日は、昨日とは逆方向に散々だった。

「朝ぶつかった女子のパンモロ見るわ、10歩歩くごとに財布拾うわ、階段上がる度に室内なのに突風が吹き荒れるわ、休み時間に机で寝てたら女子の着替えが周りで始まるわ、投げたバスケットボールはどこからでも3P入るわ、数学テストの選択問題適当に記号入れたら全問正解するわ、自販機で飲み物買ったら当たりで一本どころか溢れてくるわ、寄り道した店した店全部「来客何万名様」に引っかかるわ、押しつけられた福引き券で一つしか無いはずの特賞が大量に出るわ、夕日が沈む瞬間に緑に光るわ……お前のせいだと思うと申し訳なくてやべえんだよ……」


「幸運って、素晴らしいよね!」

「限度があんだよ! ここ日本だぞ! なんでグリーンフラッシュが見れんだよ!?」

 自然現象まで幸運でねじ曲げるんじゃない。

「そういうことだってあるさ。ほら、見てよ」

 そう言って神様は、窓の外を指さした。

 夜空にぽっかりと浮かぶ月、その青い満月はいつもより大きく見えた。


 待て、青い、月?

「月も青いし。アレ見ると幸せになれるんでしょ?」

「ブルームーンって、そういう意味じゃねえからな」

 こんなことのために、何やってんだよ神様……。




「さて、ここでキミに困ったお知らせがあるんだ」

 コホン時を取り直し、神様は桜色の唇を開いてそう俺に告げた。


「神様が帰ってくれないってことでしょうか……」

 いい加減、困ってるのは主に俺だ。他人の――こいつにとっては自分の人生でもあるんだろうが――人生を俺のために軽々しく使わないで欲しい。


「そうじゃない。真面目な話だ」

 神様はじっと俺を見つめると、息を短く吸った後、言った。

「やっぱり、わからなかった」


「どこが困ったことなんだよ!」

 あっけらかんと言ったこいつに腹が立つ! 俺が立ち上がると、神様は両手を前に出してガードしながら、慌てたように続ける。

「いや、いや、ね? ほら、これだけキミや周りの人生をいじっても、キミの魂は輝かないんだ。他の願いって言うと、結構変わったやつしか無いんだよね!」

「変わったやつ……ていうと」

 思わず俺の手が止まる。まさか、また妙なことをさせようとしているのか。

「キミ、動物に食べられたい、とか、幼女の母親が何人も欲しい、とか、倒錯的な趣味持ってない?」


「ア゛ァァァァァ!」

 俺のラリアットが、綺麗に決まった。




「本当に本当にそういう趣味は無いのー?」

「無えったら無えよ!」

 流石に神様は何もダメージが無いようで、俺の渾身のラリアットでも無傷だった。痛いと後頭部をさすってはいるが、そんなもの知るか。


「でもさー、さっきから、ビミョーにキミの魂が輝いてるんだよね-。もしかして?」

「はっ!?」

 俺は思わず胸に手を当てる。神様は嘘を言っているようには見えない。

 まさか、俺の中にそんな趣味が?

「うーん? 何に反応したのかわかんないなー。やっぱり違うー?」

 神様は腕を組み、首を傾げる。


 だよな! 俺! 違うよな!!



「そうだ!」

 少し悩んだ後、何かを思いついたかのように神様は顔を上げる。

 そして、腕を組み、目を閉じて何度も頷いた。

「うんうん、ちょうどいい時間だ。なら、こういうのはどうだい?」

「今度はなんだよ……」

「フフフッ」

 神様は不敵な笑みを浮かべると、勿体付けたような動作で手を自らの顔の横に持ってくる。


 そしてパチンと指を鳴らした。


「は?」

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 彼女(・・)もわからなかっただろう。



 制服を着た髪の長い女の子が、突然部屋に現れたのだった。





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