会話をしておけば……
「おかえりー」
疲れて部屋に帰ってきた俺を出迎えたのは、そんな気の抜けたような声だった。
「まて、その煎餅はどこから出した」
「え? そこの戸棚に入ってたよ?」
神様は「何言ってんだこいつ」と言いたいような顔をして答える。
「キミが入れたんでしょ? まさか、買った覚えがないとか? それは怖いねー」
俺は鞄を部屋の隅に置いた。
「なんでお前が勝手に、人んちの戸棚漁ってんだよ」
「いいじゃん別にー。こんな木のお皿に入ってたってことは、どうせお客用でしょ? ボクお客様だよ」
悪びれもせず、自称お客様はバリバリと煎餅をかみ砕く。
「違いますぅ、俺お菓子食べるときは全部皿に出す派なんですぅ」
「わー、わー、几帳面なんだねー」
「床にこぼした分は片づけとけよ」
「そこは神様だからね、ほらこの通りさ!」
自称神様が人差し指を立てて手をスッと横に振る。すると煎餅屑がカーペットから浮き上がり、ごみ箱の中へ吸い込まれるように入っていった。
「……本当に、神様なんだな」
「む、まだ信じていなかったのかい? 初めからそういってるじゃないか」
神様は頬を膨らまして答える。
「いまいち、信用し切れてなかった」
透けて消えたり、一瞬でパズルを揃えたり、こいつが人間じゃないことはうすうすわかってる。それ以外は正直わからない。
でも何故か、こいつが神様だと、だんだん信じている自分がいた。
「で、何しに来た。話の続きか?」
「せっかちだねぇ。 少しは会話を楽しんだらどうだい? 時候の挨拶とかさ」
「いやーきょうはあつかったですねーかきごおりがおいしいきせつですよー」
「そうそう、そんな感じだよ。 でもまだちょっと硬いかなー?」
「皮肉ですけど」
「わかってるよ」
しかしまだ、こいつと仲良くする気はない。適当にあしらって帰してしまおう。
俺は台所へ向かい、冷凍のご飯をレンジで温める。
「それで神様、話の続きじゃないのか?」
温められたご飯を、冷凍容器から茶碗に手早く移す。そしてしゃもじで適当に形を整えた上から、小袋に入ったあられや海苔をちらし、ポットからお湯を注いだ。
「うんうん、そのつもりなんだけど――それはなんだい?」
「じゃあ、まあゆっくり話してくれ。 あ、お茶漬け食べるか?」
俺の夕飯も兼ねて、二人分のお茶漬けをテーブルに置いた。
「ありがとう、いただくよー」
満面の笑みを浮かべた神様に、伝わっていないと思った俺は諭すように言う。
「皮肉ですけど」
「わかってるよ」
しかし神様は、笑顔を崩さず美味しそうにお茶漬けをかき込むのだった。
「ふう、ごちそうさま。ちょうど小腹が空いていたんだ。 夕飯の時間に押しかけて悪かったね」
「そうだな」
「いやいや、そこは否定してよ」
「マジで夕飯の時間だからな。俺はあと風呂入って寝るんだよ」
「さてさて、昨日の話の続きなんだけど」
「話聞けって」
「キミは、どうして生まれてきたのか知りたくない?」
話をやめない神様は、薄く笑いながらこちらをじっと見た。
「別に」
「ええー!? なんでさー? ここは、何か真面目な顔でノッてくるやつだろー? それでボクがなんかドキッとする辺りの展開だろー!?」
白い足をバタバタしながら神様は喚いた。近所迷惑だろうが。
「まあいいやー。続きを勝手に話すからー」
疲れたのか、神様は五体投地して上を向いたまま怠そうに語り出す。ああ、またこの話が始まるのか。
俺は、黙って食器を重ねて台所に運び、洗う。
「この世界は安定してたんだー」
細かい海苔が茶碗にへばりついて落ちない。
「ずっとずっと前、なんか『人にすごく注目されたい!』みたいな願いの人がいてねー、もう何極回前かなー、不可思議越えてるかもー越えてるなー」
つぶれたご飯粒がめんどくさい。しばらく水に漬けておこうか。
「その人を最後に、もう人が増えなくなっちゃってたんだよー」
神様は手伝おうという気もないのか、手足をグテーッとさせて動かない。
「それまでにも、何回か人が増えない回はあったんだよ。新しい人間を作るような転生じゃ無くて、既存の人物の魂に合流する感じ」
っていうか、こいつ神様なのになんでこんな食い方汚いんだ。
「でもでもそうすると、願いの影響はその分大きくなってねー。金持ちはもっと金持ちにー、運がいい人はもっと運が良くなって。世界にも影響して、みんな変わる。そしてまた新しい願いを生んだりするんだー」
「ほー」
適当に相づちを打つ。シンクにたまったご飯粒、取るのめんどくさいんだよな。
「金持ちに生まれたら、次は『温かい家庭を持ちたい』とかねー。『金持ちは親族みんなギスギスしてるのが嫌』とか、何言ってるんだって感じだよ」
ケラケラと神様は笑っている。
ついでにシンクも洗っちゃうか。クレンザーどこやったっけ。
「でもそんなループで、願いの数も飽和しちゃった-。自分がなりたい理想の人は、どこかの時代、どこかの場所で必ず生まれてる、そんな世界になっちゃった。みんな、理想が狭すぎるよ」
「幸福な家庭はみな一様であるが………ってやつか」
見つかったので、スポンジにつけて磨き始める、手が荒れちゃうけど手袋はいいや。
「そこでキミさ!」
神様がむくりと起き上がってこちらを見た。膝まで見える白い足が、妙に艶めかしい。
「キミは、新しく生まれた。以前の世界には居なかったんだ。これはもう奇跡なんだよ!」
「すごいですねー」
後は流して、熱湯ですすぐ。水気も拭かなくちゃな。
「で、キミ話聞いてた?」
「うん、大体聞いてた」
半分くらいは。