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それは神様にもわからない

 

「やあやあ、君は誰だい?」


 夏の夜も更けた頃、俺は最近買った立体パズルを手に、6面完成まで3分の壁を破ろうと挑戦していた。

 そんなとき、そいつは突然俺の部屋に窓から入ってきたのだった。

 いや、入ってきたのとは違う。窓は開けていないし、こいつが開けた様子もなかった。窓の前に、突然現れたのだ。

 そんな突然の出来事にあっけにとられ、どういう反応をしたらいいかわからなかった。

 そこで俺はとりあえず、「おまえこそ誰だ」と応えた。


 一瞬の後に我に返ってみれば、こいつは不審者である。まず見た目もおかしい。青い髪に白く薄い貫頭衣を着ている。10代前半くらいだが男か女かわからない。


 不審者は両手を胸の前でポンと合わせて、申し訳なさそうに言葉を発した。

「ああ、ああ、そうだね。人に誰かを尋ねるときには、まず自分からだよね。うーん、でも、そうだなぁ。名前、名前ねぇ……」


 意外と会話はできそうである。不審者という考えを改めて、まずコミュニケーションを図ってみようか。自分の名前という、妙なところで唸りながら悩むそいつを見て、警察に駆け込むのはまだ待ってみようと思った。

「そうだ、そうだよ。簡単じゃないか。ボクは神様だよ!」


 前言撤回。こいつは不審者だ。



「待って待って、まずその知らない人を見る目をやめて」

「いや、おまえは全く知らない人だから」

「いやいや、キミとボクの仲じゃないか。それで、キミは誰なんだい?」

「不審者と会話をする気はない! とっとと出て行け!」

「まあまあ、不審者じゃないよ。神様だよ。」


 自称神様はウインクしながら自己紹介を繰り返す。そしてくるくると踊るように回った後、ぺたんと床に座り込んだ。

「困った、困ったなあ。どうしたら信じてもらえるのさ」

 自称神様はひとつ溜め息をつきながらそうぼやくと、腕を少し振り上げた。すると同時に俺の手元で、『ギャリッ』というプラスチックのこすれる音がした。

 自分の手元で何か動いた感触がして、おそるおそる見てみる。するとそこには、6面の色が揃えられたパズルが収まっていた。

 そんな驚きで固まった頭で俺は、「やっぱり話ぐらい聞いてもいいかな」なんて思ってしまったのだ。


「それで、自称神様とやらが何のご用ですか」

 憮然として俺が尋ねると、自称神様は目をパチパチとさせて不思議そうに言った。

「あれあれ? 話を聞いてくれる気になったのかな?」

「……少しはつきあってやってもいいかなと思っただけだ」

「ふふ、まあいいや。それで、君は誰だい?」

「またそれか? 名前でも知りたいって? 表札見て来いよ」

 初対面から、おまえは誰だ誰だとうるさいなこいつ。

「そうだね、まずは名前から聞こうか。あなたのお名前なんですかー?」

 名前すら知らない相手にこんなになれなれしくしゃべっていたのか。

「辺見孝明だ」

「孝明君だね。ふふ、初めまして孝明君。ボクは神様だよ!」

 自称神様はふふんと鼻を鳴らして、胸を張りながら自己紹介を重ねた。

「それでねそれでね、ボクの用事というのは、つまりキミが誰なのかということなんだよ」

「はあ?」

 自称神様は笑顔を崩さず、少しだけ声のトーンを落とす。


「ところで、ボク喉が渇いたんだけど」

「だいぶ厚かましいなお前」

 用件を聞きたいのだが、話が進まずイライラしてくる。しかしまあ、久しぶりの客だ。茶ぐらい用意してやろうじゃないか。

 俺はいそいそと台所へ向かった。


 冷蔵庫から日本茶の葉を取り出し、急須に適当に振り入れる。もう半年以上前に買ったものだが、まあ大丈夫だろう。大丈夫じゃなくても、大丈夫だ。台所から暇そうに足をばたつかせる自称神様を視界に入れながら、俺はそう思った。大丈夫だ。湯飲みに入ったお茶の、色や匂いに異常は無い。


「待たせたな」

 俺が湯飲みをテーブルに置くと、自称神様は満足そうに薄く笑い、両手でちびちびと飲み始めた。

「ふふふ、やればできるじゃないか。褒めてつかわそう」

 お前に褒められても嬉しくないが。

「ただ、夏場に熱いお茶は無いと思う」

「俺もそう思う」

 淹れてから気付いたんだけどな。



「人が死んだらどうなると思う? 」

 自称神様は、熱い茶を吐息で冷ましながら話し始めた。

「どうもならない」

「それはどうしてだい?」

「死んだら、人が何かを考えるときに使う脳が停止する。だから、何かを考えることも感じることも出来なくなる。つまり、どうもならない」

 なんだ、何故いきなり死後の世界がはじまるんだ?

「なるほど、キミは死後の世界は無である派かな。この時代には比較的多いよね」

「宗教勧誘ならお断りだぞ」

 大声を上げれば誰か来てくれるだろうか。俺は目の前の自称神様に警戒心を高めた。

「いやいや、ボクは神様だからね。勧誘なんかしなくても、わりとみんなボクを崇めてくれるのさ」

 自称神様は胸を張って拳でぽんと叩いた。

「まだその設定続けるのか」

「設定も何も、本当のことだからね。それで、話を戻すよ」

 まじめな顔をした神様に気圧された俺は、無言で続きを促した。

「あと他の思想としては、『輪廻転生する派』や『天国地獄で暮らす派』、『いつか復活してから永遠に生きる派』とか。珍しいところで言えば、同じ世界を延々と繰り返すようなものもあるかな。永劫回帰だっけ」

「それで、お前の宗教ではどれだと言いたいんだ?」

「いや、これね。どれも一部正しいんだよ」

 話に飽きてきた俺は、結論を促す。そろそろ寝たいんだ。

「実際に、ボクらは輪廻転生している。死後、魂は最期の望みのままの姿を探しそこに入り、無ければ造り、そして転生する」

「結局は輪廻転生じゃねえの?」

「そうだね。でも重要なことが一つ。この輪廻は、一つの魂だけで行われているんだ」

 話がまたわからなくなってきたぞ。

「ボクは神様で、この世界の終わりと同時に死ぬ。そうしたら、次どうなると思う?」

「転生するんだろ? お前の言ったとおりなら」

「そう、転生した。そして、最初の世界では一人だった。だから多分、寂しかったんだろうね。死ぬ前に思ったんだ。『ボクは誰かと話してみたい』って。」

「『多分』ってお前、他人事みたいだな」

 俺の言葉に、自称神様は白い頬を膨らませた。

「仕方ないじゃないか。もう人の数えられる単位を超えたような回数を、ボクはループしてるんだから」

「はあ、で、どうなったんだ」

「そうして生まれたのが、最初の人間だよ」

「なんだ、創世神話か」

 未だに話しが見えない。

「これがキミ達のいうところのアダムだね。そうして次に、アダムも死ぬとき思った。『自分の寂しさを埋めてくれる人が欲しい』って」

「今度はイブが生まれたってか?」

「そうその通り。アダムの足りないところを埋めてくれるパートナー、イブの誕生さ」

「次の展開が読めた気がする」

「だいたいあってると思うよ。三回目の世界では彼ら二人だった。アダムとイブだけ。そうして、次のループではイブの願い通り子供が生まれたんだ。そしてその子もまた、新しい子供を生んだ」

「産めよ増やせよ大地に満ちよ、ってか」

 その言葉を鼻で笑い、「ボクはそんなこと言ったことは無いんだけどね」と、つまらなそうに自称神様はつけたした。

 ズズズと自称神様がお茶をすする音が響く。

「とまあ、そんなように人間たちは産まれて、死んだらまた転生してきたわけだ。その魂を共有しながら、ね」


「で、今までの話とお前の用事は何か関係があるのか?」

 ここまで聞いて、何もありませんでしたなんていったら軽く怒る。

 自称神様は改めて笑顔を作り、こちらに向かって事も無げに言う。

「キミは、一番新しい人間なんだ。でも、前世の願いがわからない」

 そして息を軽く吸うと、吐き出すように言った。

「だから、だからね、キミが何を望まれて産まれてきたのか。それをボクは知りたい」


 自称神様はここで話を切り、湯飲みを傾けて一気に茶を飲みこんだ。

「ごちそうさま。もう冷めちゃったからここまでにするよ」

「は?」

 俺があっけにとられて返事を返すと、自称神様は立ち上がり窓まですたすた歩いて行く。そこで思い出したかのようにクルッと振り向いた。

「明日また来るよ。時間、空けといてね」


 そうして、溶けるように透けていき、姿を消していく。

 あとには、今日初めて使われた客用の湯飲みがひとつ、テーブルの上に残った。





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