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龍の女神 ~南島の姫君アクア・モオ~  作者: M38
第3章 ペルシア帝国
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第13話 「旧王都」

「もういちど聞く。おまえたちは、何者だ!」



 テントの入り口にキャラバンの長が姿を現した。

 声の主へコウベを上げたアクアの横顔に、後方から突き出されたヤイバが通り過ぎる。



――ハラリ。



 一房の金髪が舞い落ちた。


 


「姫!」



 

 アクアを振り返ったアル・タヌイーンの首に、すかさずモハンマドが刀を突き立てる。

 



「おっと! 少しでも動くと、命取りだぜ?」




 モハンマドは片眉を上げ、面白そうな目付きでアクアたちを見ている。

 彼が手にした刀の先端は、アル・タヌイーンの喉にピタリと突き立てられていた。

 テントを突き破る無数の刃が、アクアたちを四方八方から狙っている。

 アクアの額からは大粒の汗が流れはじめた。


 


――そのとき! 


 突然、あたりが明るくなった!





――ヒュウウウウーンッ!



――ビュンッ!



――バシュウウウウーッ!



――ボワワワワーッ!





「わああああーっ! 火だあっ!」



「テントが燃えてるぞーっ! 助けてくれーっ!」



「モンゴルの襲撃だーっ!」



「ラクダの縄を切って、早く逃げろーっ!」





――ワアアアアーッ!




 廃墟に設置されたテント目がけ、炎の矢が次々と降ってくる!

 突然の夜襲にキャラバンは騒然となった!

 恐れおののく人々が右往左往に逃げ惑い、あたりはたちまち地獄絵図と化した。


 応戦に向かったのだろう。

 テントから突き出されていた刃が、いつの間にかひとつ残らず消えていた。

 あとに残るは、刀に刺され穴だらけとなったテントのみだ。

 そのテントも、炎の矢を受け火の手があがりはじめていた。


 モハンマドの刀の先は、まだアル・タヌイーンの喉元をとらえていた。

 アル・タヌイーンがアクアの手を握りながら、そっと目配せをしてきた。

 アクアは彼の目を見つめ返し、小さくうなずいた。




――グワッシャアアーンッ!




 アル・タヌイーンが、モハンマドめがけて床のランプを蹴り上げた!




「ウワアッ! なんだっ! くっそう!」




 敵の襲撃に気を取られていたモハンマドは咄嗟に対処しきれず、アル・タヌイーンから刃を離し後ずさった。

 ランプを避けた際、舞い上がった埃が目に入ったようだ。

 片腕で顔を覆っている。




「チャンスだ! 姫! わたしに続いてください!」



「わかった!」



 顔を覆ったままのモハンマドを押しのけ、アル・タヌイーンとアクアはテントの外へ飛び出した!



――ワアアアアーッ!


――助けてくれええーっ!


――ギャアアアアーッ!



 阿鼻叫喚の乱れるなか、アクアはひたすらアル・タヌイーンの背中を追った。

 あたりいちめん火の海で、あちらこちらに人が倒れている。

 ヒュンヒュンと炎をマトった矢が次々に飛んでくる。

 2人は矢を避けながら、襲いくるモンゴル人たちを剣で切り裂き進んでいった。




「姫! 目立ちます。カツラを取りましょう!」


「わかった!」



 

 アクアとアル・タヌイーンは身につけていた金色のカツラを投げ捨て、ラクダが繋いである廃墟の裏を目指した。

 命からがら、なんとか目的の場所まで辿り着いた。




「ハアハア……姫、お怪我はないですか?」


「ハアハア……大丈夫だ」


「しまった! ラクダの縄が切られている! モンゴル人たちに盗まれないように逃がしたんだ!」


「ハアハア……アル、どうしよう」


「仕方ない、このまま暗がりで敵がいなくなるまで待ち……」




「おっと! 動くと危ないって言ったよな?」


「モハンマド!」


 

 突然2人のうしろからモハンマドが現れ、アル・タヌイーンの首に再び刀を突き立てた!

 

 

「いつのまに……」


「おしゃべりはあとだ! こっちに来い!」



 モハンマドはアル・タヌイーンに刀を突き付けたまま、クイッと首を傾げて後方を示した。

 彼のうしろに崩れた石の壁があり、穴が1つ空いていた。

 


「まず女からだ! そこに入れ!」


「貴様ー! 姫! だめです!」


「おとなしく言う事を聞くんだ! どちらにしても、ここに居ればモンゴル軍に捕まる。早く穴に入れ!」


 

 穴へと促すモハンマドと、必死でそれを静止するアル・タヌイーン。

 そのとき一陣の風が吹き、雲からひょっこり月が顔をのぞかせた。

 アル・タヌイーンの首に突きつけられた刃が、月光を受けギラリときらめく。

 彼の頬には先程受けた傷からいまだに血が流れ続けていた。



「待て! アルに手を出すんじゃない! わたしが行く!」


「姫! ダメです! 姫……!」



 アル・タヌイーンの静止を無視して、アクアは背中を屈めながら小さな穴へと入っていった。

 入ってすぐの目の前に、下りの階段がある。

 這いつくばって階段を下りると、テントほどの大きさの空間に突き当たった。

 空気穴から月明かりが差し込まれている。

 どうやら避難用の地下室のようだ。

 うしろからモハンマドが、アル・タヌイーンに刀を突きつけながらやってきた。

 


「モハンマド、ここは?」


「地下の隠し部屋だ。ご存知のとおり、おれはこの国の王太子だったからな。この廃墟は、母の住んでいた別邸だ。ここは敵の襲撃に備え造られた地下室だ。入り口は岩で塞いでおいた」


「助かった……。ところでモハンマド、彼を解放してやってくれないか?」


「命を助けてやったのにその尊大な態度……どうやら、ただの影武者ではないようだな?」


 

 モハンマドがアル・タヌイーンの首元から刀を下ろした。



「アル!」



 アクアはアル・タヌイーンに思い切り抱きついた。

 片袖で彼の頬に流れる血を拭った。

 よかった。

 傷はそう深くはなかった。



「姫……」



 アル・タヌイーンも強く抱きしめ返してくれた。

 2人は無事をよろこんだ。



「あんた本当は、アルっていうのか? カツラを被ってたんだな……王太子になりすますために」


「……我らが偽者だと、なぜわかった?」


 

 アル・タヌイーンはアクアを抱きしめたままモハンマドを振り返った。

 頭上からは無数の足音と共に、人々の悲鳴や怒声が聴こえてくる。

 モンゴル兵が廃墟内で暴れ回っているようだ。



「ドラッヘンの王太子が戴冠式と婚姻の準備を進めている。公式発表はないが、ドラッヘン国王が崩御したのではないかと噂になっている。さっき王都から来た旅の商人が教えてくれたんだ」


「そんな! その噂は本当なのか?」


「信用できる男からの情報だ。ドラッヘンの国王は元々病気だったんだろ? 跡目争いでひと悶着あったそうだ。そのうち、はっきりするだろう。それよりも……おまえたちは何者だ? ただの影武者ではなさそうだな……」


「……どうしてそう思う?」


「おまえの顔には見覚えがある。それに、影武者なら同じ金髪の男を選ぶはずだ。ニセモノにしては2人とも品格がありすぎる」


「…………」



 アクアが口を挟んだ。



「アル……では、ドーファンたちは国へ帰ったのか? マリー・ベルや爺やたちは? どうなったんだ?」


「姫……ドーファンが戴冠式の準備を進めているのならば、彼らも無事です。ドラッヘン国は、我らに救助隊を差し向けたはずです」


「そうなのか……?」



 他国の救助隊が、果たしてこんな奥地まで来られるのだろうか。

 モンゴルに支配されているペルシアへは、ドラッヘンの軍隊は入国できないはずだ。

 だとしたら、わたしたちは自力で国境沿いまで行かねばなるまい。

 


「おい! お2人さん! 無視すんなよ! おれが信用できないか? ペルシアの元王太子という話は本当だぜ? あんたたちも素直に素性を明かせよ!」


「その前に……モンゴル軍はどうして襲ってきたのだ?」


「おれもそのことをずっと考えていた。おれたちを夜襲してきたのは、砂の城で襲ってきた連中と同じ正式なモンゴル軍の兵士たちだ。軍隊がただの旅のキャラバンに奇襲攻撃をするのはおかしい……狙いはおまえか? それとも、おれか?」


「そうだとしたら、王太子がここに居ることをモンゴル軍が知っているのはなぜだ? モハンマド、キャラバンの長は本当に信用できる人物なのか?」


「確かに父の側近の息子だった。彼の父もおれの父親と一緒に草原で殺された。モンゴル人に加担するわけがない!」


「モハンマド、思い込みは命取りだぞ? どちらにしても、モンゴルの目当てがわたしと姫でないことだけは確かだ。わたしはドラッヘン国の騎士アル・タヌイーンだ。こちらはアクア・モオ姫。ドーファン王太子の婚約者殿の姉上だ。ドラッヘンへの帰路で王太子が行方不明となり、我々が身代わりで捕えられた」


「なんだって? ドラッヘンの騎士だと! その黒い髪は……もしや黒騎士殿か? どうりで、その剣さばき……」



 モハンマドも黒騎士のウワサは知っていたようだ。

 異国で本当の身分を明かすのは命取りだ。

 あえてそれをしたということは、アル・タヌイーンがモハンマドを信用できる男だと確信したからだろう。

 たしかに、出会ったばかりだがモハンマドという男は裏表はなさそうだ。

 ペルシアの元王太子というのも本当らしい。

 第一この男は、何度もアクアたちを助けてくれた。

 


「黒騎士だったら、だいたいの素性は知ってるぜ? 子供の頃、僧院に閉じ込められていたんだろう? 会うのは初めてだが、なんだか懐かしい感じがするな……。まてよ……アクア姫? ドーファンの婚約者の?」


「なぜ、そのことを知っている?」


 

 アクアは驚きのあまりモハンマドに詰め寄っていた。

 ペルシア帝国に亡命していたドーファンが、もしかしたらモハンマドに自分の話をしていたのかもしれない。



「子供の頃ペルシアに滞在していたドーファンが、婚約者のアクア姫の自慢話をよくしていたんだ……あんたがそうなのか? 想像と違うな。本当は赤毛だったのか?」


「幼い頃は金髪だったんだ。ドーファンは……わたしのことをなんて?」


「とてもかわいらしく愛しい人だと言っていた。大人になったら島へ迎えに行き、結婚するんだとたのしみにしていたのに……ドーファンは、どうしてアクア姫の妹のほうと結婚することになったんだ?」


「大人になったドーファンは、わたしのことを憶えていないんだ……。王都の人間も妹を望んでいる。わたしの妹はおしとやかで美しいんだ」


「そうか……嫌なことを思い出させてしまったな、すまない。でも……おれは、あんたはてっきり、黒騎士の恋人なんだと思っていたぜ。ずいぶんと仲がいいじゃないか?」


「わたしとアル・タヌイーンは、そんな穢れた関係ではないぞ! わたしは彼のミンネなんだ。だから大切に守ってくれている。それに、彼は騎士修道師だ。神に愛を誓っている!」


「騎士修道師だと? だけど結婚はできるだろう? まあ、あんたが違うというなら、それでもいいが……。だったら! おれがあんたの夫候補になってもいいか? あんたのその尊大な態度が気に入ったぜ! アクア姫みたいなはねっかえりは、おれは嫌いじゃないぜ?」



「モハンマド!」



 アル・タヌイーンが、モハンマドを怒鳴りつけた。



「おいおい、黒騎士さま! そんな大声を上げるとモンゴル軍に見つかるぜ? いくらアクア姫があんたのミンネだからって、結婚できないんじゃ恋愛の対象にはならないだろう? だったら、おれが想いを寄せるのは自由なはずだ!」


「貴様! 貴様のような女ったらし! 目に触れるだけでも穢れるわ! アクア姫、わたしのうしろに!」



 アル・タヌイーンがアクアを自身の背中に隠した。

 アクアはモハンマドの言葉に驚いていた。

 自分のような女を妃候補にしてくれる男がいるとは。

 世の中には物好きな殿方がいるものだ。


 男勝りのアクアは、いままで異性に女扱いしてもらったことがなかった。

 だからモハンマドの言動がとても新鮮だった。

 世界は広いものだと、アクアは改めて実感していた。


 

「アハハハハーッ! こりゃあ、いいや! そこまでの態度を取っていながら……アクア姫は結婚の対象ではないなどと! 黒騎士殿、あんた本当に面白い男だな!」



 モハンマドが大声で笑った。

 そうか、彼はアクアをからかっていたんだな。

 このような状況下で冗談が言えるとは!

 さすがに元王太子だなと、アクアはモハンマドを見ながら感心していた。

 モハンマドを見つめるアクアを目の前にして、アル・タヌイーンが歯軋りしていたことも知らずに。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 頭上から聴こえていた大勢の足音や怒声は段々と鳴りをひそめていった。

 モンゴル兵は皆、廃墟から立ち去ったようだ。

 念のため、夜が明けるまで地下室に隠れていることにした。


 月はすでに沈んでいる。

 狭い地下室を暗闇と静けさが支配していた。

 度胸のよいモハンマドはすでに横になり、寝息を立てはじめた。

 

 アクアはアル・タヌイーンの腕のなかで規則正しいその鼓動を耳にしながら、母の故郷ドラッヘンへと思いを馳せていた。

 誘拐犯の正体を暴くことは、果たしてできたのか。

 もしまだだとしたら、ドーファンは今も危険な身ではないのだろうか。

 彼とマリー・ベルはもう結婚したのか。

 ドーファンを想うとアクアの胸に一抹の寂しさが去来した。

 小さい頃から彼の妃になることだけを目標に生きてきた。

 その大切な思い出と共に、自分もどこかへ放り捨てられたような気分だ。

 モハンマドに自慢したぐらいアクアのことが好きだったはずのドーファン。

 彼はなぜ、幼い頃の記憶をきれいさっぱり失くしてしまったのだろう。

 

 それにしても、爺やたちは本当に無事に帰れたのだろうか。

 あのあと敵からの攻撃はなかったのか。

 もっとも、海賊たちが守ってくれたはずなので安心はしていたが。 

 爺やに無性に会いたくなった。

 今となっては、彼の小言がなつかしい。

 爺やも歳だ。

 長旅でケガや病気をしていないだろうか。

 アクアはドーファンではなくなぜか爺やの安否を気にしながら、アル・タヌイーンの腕の中で浅い眠りに就いた。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇



 3人はまだ暗いうちに地下室から外へ出た。

 あたり一面に焼け焦げた匂いが充満し、凄まじい争いの跡が眼前に広がっていた。

 廃墟のいたるところからいまだに噴煙が上がっている。



「ひどい……」


「姫さん、モンゴルの蛮行はこんなもんじゃないぜ? こんなのまだ、いいほうだ! 目当てのもんが見つからないから早々に引き上げたんだろう。目的はやはり、おれたちのどっちかなのかもな……」


「目的がなんであれ、早くこの場を去ることを考えたほうがよいな」




「ラクダが戻ってる!」



 アクアが指差す方向に2頭のラクダがいた。

 アル・タヌイーンが袋を括り付けておいた、上等なラクダたちだ。

 縄に繋がれていた場所に戻ってきていた。



「腹が減れば帰ってくるさ! ラクダに括りつけてある袋には食料が入っているのか? あっちに水飲み場がある。ラクダと一緒におれたちも水と食事をとり、すぐに出発するぞ!」


「モハンマド、モンゴル人は水に毒を仕込んではいないか?」


「アル、あいつらは常にここらを徘徊している。自分たちも利用する水飲み場に、毒など仕込みはしないさ!」


 

 3人はラクダを連れて水飲み場へ行き、喉を潤しナッツやビスケットを食べた。

 アル・タヌイーンが袋からデーツを取り出しラクダに与えた。

 その際アクアは、血止め効果のある竜血を砕いて水に溶かし、アル・タヌイーンの頬に塗ってあげた。



「姫、このようなことを……かたじけない」


「よいではないか! この竜血は、アルの仲間にもらったものだ! 役に立ってよかった……あれ? あれは……」



 水飲み場の陰にアクアたちが脱ぎ捨てた金髪の鬘が落ちていた。

 火に焼かれボロボロだった。

 だが、例の真珠と貝で出来た髪飾りだけはキレイな状態で焼け残っていた。

 アル・タヌイーンはそれを拾い上げるとススを払い、伸びはじめたアクアの赤毛に挿してくれた。



「焼け残ってくれて幸いです……アクア姫、よくお似合いですよ」


「ありがとう、アル! これで少しは女らしく見えるかな?」



 アクアは赤毛をひっぱり、アル・タヌイーンに微笑んだ。

 朝日を受け、髪飾りがキラキラと光輝いた。

 水鏡に己の姿を映しながらアクアは満足していた。



「お2人さん! そろそろ出かけてもよろしいでしょうかね? まごまごしてると誰かがやっかんで、また炎の矢が降ってきますぜ?」


「……それはモハンマド、お前だろう? 姫、出掛けましょう。準備いたしましょうか」


「ああ、わかった」



 3人は足にしっかり布を巻くと黒のチャードルを身に纏い、ラクダに乗って朝焼けの中を出発した。



「ちょっと待て、モハンマド! そっちは旧王都へ行く道だ! 王都と言っても名ばかりの無法地帯だろう? そんなところに足を踏み入れるわけにはいかない!」


「王都の外には今、モンゴル兵がウヨウヨしているはずだ。王都の中のほうが安全だ。敵もまさか、おれたちが王都に入るとは思わないだろう。それに、出国するなら王都を突っ切るのがいちばんの近道なんだ」


「だが……女連れとわかれば奴隷の売人たちに狙われる」


「姫さんかい? パッと見なら……髪も短いし、大丈夫じゃないか? 仕草も話し方も男そのものじゃないか!」




「なんだと、モハンマド!」


 

 アクアが怒ってモハンマドをにらみつけた。



「ほーら、見てみろ? まるで男だ! ペルシアにはこんな女、どこを探してもいないぞ!」


「モハンマド!」


「まあまあ……アクア姫。では、ここからは男のフリをしていてください。声は発しないように。いっぺんで女だとバレますから」


「わかった。黙っている」


「それでは……ペルシアの旧王都へ参りましょう。なるべく早めに抜けて隣の砂漠へ向かいます。剣を離さぬよう。ならず者が大勢います。剣の流儀など守っていたらヤラれてしまいます。敵が抜くより先に切りつける。それがここの流儀です」


「わかった……郷に入れば郷に従えだな。容赦なくいくぞ!」


「やれやれ……やっぱり! こんな女、ペルシアどころかこの大陸中のどこにもいないぞ? 南の島の姫君は、男より野蛮とみえる」


「モハンマド! 聴こえてるぞっ!」


「はいはい……この2人にかかっちゃ、おれの王太子としての威厳もあったもんじゃないぜ、まったく! どれ、またモンゴル軍が来るといけない。先をいそぐぞ!」




「ではアクア姫、いやアクア・モオ、暑くてたいへんですがラクダで参りましょう。いまは秋口だから昼間も移動できますが、真夏だったら大変でした。不幸中の幸いです」


「もっと温度が上がる時期があるのか? 同じ南国でも砂漠にはモーシャス島のように海風が吹かないから、ことのほか暑いな」


「内陸部の砂漠は海のそばと違い乾燥しているため、暑さが特にきつく感じられます。王都の向こう側にある砂漠の旅は山並みに沿って移動するため、更に厳しいものとなるでしょう。いまのうちにこの気候に慣れておいてください」


「そうか……なにごとも慣れだな。わかった! 修行と思ってがんばるよ!」




 ◇ ◇ ◇ ◇




――ザッザッザッザッ。



――ザッザッザッザッ。



 照りつける太陽の下、ラクダの足音だけが砂漠にこだましている。

 途中オアシスで休憩を取りながら、3人は黙々とラクダに揺られていった。

 モハンマドの先導がよかったのだろう。

 怪しい隊列や人影に出会うことはなかった。

 日が暮れはじめた頃、王都を囲う高い壁が見えてきた。



「これが王都か……すごく大きな都市だな……。モハンマド、どうやって入るのだ?」


「アクア・モオ、王都とは名ばかりだと言っただろう? 門なんか、とっくの昔にモンゴル軍に壊されて無くなってるよ。いまやペルシアの都は、獣だろうと人間だろうと出入り自由だ!」


「そうか、すまない……悲しい出来事を思い起こさせてしまったな……」


「いいってことよ、気にすんな! 過去は過去! 起こってしまったことは仕方がないんだ。悲劇もひっくるめて、それ全部がペルシアの歴史だ。いまにおれが、素晴らしい未来を国に取り戻してみせるさ! おれはこの都に精通している。細い路地裏だって一本残らず把握してるから、なんでも聞いてくれよ!」


「モハンマド、どうもありがとう! 頼りにしているぞ」




「いまさらだが……モハンマドは命を狙われている。王都に足を踏み入れて大丈夫なのか?」


「灯台もと暗しで、かえって動きやすいんだよ。おれが逃げ出したのは子供の頃だ。だから、成人したおれを見ても王太子だとわかる奴は滅多にいない。キャラバンの長は特殊なケースだ」


「そうか……それにしても、モハンマドがいてくれて本当に助かった。あらためて礼を言わせてもらう。おまえのお蔭でわたしたちはここまで逃げ延びることができた。どうもありがとう」


「そう思うなら、おれをドラッヘンへ一緒に連れて行けよ。王太子らしく扱えなんて言わないからさ! さあ、ここが入り口だ。じきに暗くなる。先に寝床を探そう。間違っても、宿屋なんかに泊まろうとするなよ? 安全そうな廃屋ハイオクを探して潜り込むんだ。そうだ! ちょっと待ってろ!」



 モハンマドがラクダを連れて、王都の入り口にある小屋へと入っていった。

 しばらくすると小さな袋を持って出て来た。



「どうしたんだ?」


 

 アル・タヌイーンが聞いた。



「ラクダは盗まれる可能性があるから、小屋の主に売り飛ばしてきた。この袋の中身は、それで得た金だ。1人で持っていると危険だから、あとで3人で分けよう」


「わかった」



 食料の入った白い袋は、アル・タヌイーンとモハンマドがそれぞれに担いだ。

 3人は剣を構えながら、王都の中へと踏み込んでいった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 高い壁の向こう側には、荒涼とした景色が広がっていた。

 かつては栄えたであろう都はすべて廃墟と化し、人っ子ひとり居なかった。

 転がったゴミや棒切れだけが虚しく風に転がっていた。

 


「これは……」


 

 アル・タヌイーンがショックを受けながらつぶやいた。



「これが、ペルシアのなれの果てだ……。いそごう! どこに強盗が潜んでいるかわかったもんじゃない!」


「ああ、そうだな……」



 3人は、更に王都の奥へと進んだ。

 日はとっぷりと暮れ、月や星は出ていなかった。

 灯かりがないと1歩も踏み出せないほどの暗闇が広がりはじめた。

 


「まずいな……こう暗いと、先に進むのは断念したほうが良さそうだ。そこの建物に入ろう。ここなら安全だろう」


 

 3人は大通りの右側に建つ大きな廃屋へと近づいていった。

 大きな商家だったようで、朽ち果ててはいたがりっぱな建物だ。

 手前に井戸があったので、3人は先に喉を潤した。



「少し仮眠を取ろう。こっちだ」


 

 モハンマドに誘導され、アクアとアル・タヌイーンは壊れた戸から建物の中へと入っていった。

 そのとき一陣の風が吹き、月が顔を覗かせた。

 廃屋内の壊れた窓から月光が射し込まれた。



――ガタンッ!



 奥で何かが蠢き、人影が立ち上がった!



「誰だ!」



 アクアたちは一瞬で剣を身構えた!

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