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冬の日に少女と

作者: 星沢 遼

 雪が降った日の朝はどこかいつもと違う気がする。寒い日と比べてどこかピリッとした綺麗な冷たさを感じる。雪の白さが何もかもを覆い尽くしてしまい、世界からあらゆる感情を消してしまったようなそんな雰囲気。

 朝早く目覚めた私はさっそく雪だるまを作った。落ちていた石で目を、持ってきた人参で鼻を、拾った枝で口を作る。完成だ。名前は無い。どこかの世界では雪だるまに話しかけたり、また別の世界では雪だるまと雪合戦をしたりするのだろうか。私の雪だるまは動かない。

 雪かきをしたつもりだがそんなに雪は除けていなかった。大きな雪だるまにしようと思ったからだろうか、たくさん積もっている所へと動いていたらしい。仕方なくスコップを持ち家のドアまでの道を作る。

 道路までの道を作り終え一息つく。汗ばんだ肌をひんやりした風が冷やしていく。

「これが冬って感じだよね」

 誰もいない道路に向かって呟く。冬は好きだ。寂しい感じ、切ない感じ、でも温かさを感じる世界を毎年待ち望んでいる。

 雪雲が去ったあとの青空を見上げる。今だけは小説のような別世界に紛れ込んだ主人公の気分に浸る。

「誰にも邪魔されない世界にいるんだ、僕は一人だ!もう自由なんだ!」

好きな小説の主人公の台詞を頭の中に流す。家の中の暴力、街中での暴力、国同士の大きな暴力、様々な暴力にうんざりした主人公が最後にたどり着いた場所で叫んだ。

私も叫びたかった。でも、ここは誰もいないわけじゃない。まだ誰も起きてないだけ。

空に向けていた視線を道路に戻す。さっきまで無かった小さな人影が映る。小学生くらいの女の子だった。少女は空を見上げいつの間にか手を広げていた私を不思議そうに見つめている。お前何してるんだ?そんな目。

「おはよう、ずいぶん早起きだね」

 視線に耐えられず話しかける。

「おはようございます。やりたいことがあるの」

 少女は手に持っていたものを見せる。大きな柿だった。

「それをどうするの?」

「かき氷にするの」

 少女は柿を雪の中に埋めだした。

「かき氷って夏に食べるんじゃないの?」

 雪を見てかき氷はこりごりだと思う。最近のかき氷はふわふわになっていて余計に雪を連想させる。

「ううん、柿のかき氷なの。おばあちゃんが教えてくれたから」

 なるほどね、柿の氷か。美味しそうだけどやっぱり冬に食べようとは思わない。

「そっか、でも家の中で凍らせられないの?」

 わざわざ外でやらなくても家の冷凍庫を使えばいい。

「使えないの。私のうちびんぼーだから」

 聞いちゃいけない質問だったようだ。無神経だとよく言われるのはこういうとこだろう。

「そっかそっか、でもそこじゃ他の家の人が片付けちゃうかもしれないから私のうちの庭に埋めとこうよ。そうすれば誰かに盗られたりもしないよ」

 どうせ家の雪かきなんか私しかしないし。

「いいの?」

 少女は私を見つめる。お前が盗るんじゃねえか?そんな目にも見えなくはないが考えないようにした。

「今からだと夜にくれば凍ってるんじゃないかな」

「わかった。じゃあ夜にまたくるね。そういえばどうしてあの雪だるま倒れてるの?」

 少女が見つめる先には頭も体も地面に落ちた雪だるま。顔はちゃんと横向きになっている。

「雪だるまも寝たい時もあるのよ」

 そのあと少女ともう一つ雪だるまを作った。ちゃんと頭が乗った雪だるまを。朝のピリッとした世界で二人の楽しそうな声が響く。


 夜になっても柿は埋まったままだった。少女は来なかった。いつ来てもいいように庭を見れるとこで待っていた。七時、八時……さすがにもうこないだろういう一時まで。

 どうしたのだろうか。あの子は幻だったのか。

「雪だるまはちゃんとあるしなあ」

 幻なら私は一人で話ながら雪だるまを作っていたことになる。

「痛い子かよ」

 待てども待てども少女は来ず、いつのまにか眠っていた。


 目が覚めると毛布がかかっていた。夜中に帰ってきた母がかけてくれたようだ。簡単な朝食が置いてあり、わかる。

 さて今日はどうしようかななどと考えながら庭に目をやるとあの少女が庭の入口に立っていた。

 慌てて飛び出す。コートを取りに行く余裕が無いので毛布をかぶったまま。

「おはよう!昨日は夜に来れなかったの?」

 少女はうつむいたまま黙って頷いた。昨日のような明るい様子はない。

「ちゃんと見張ってたから柿はあるよ」

 昨日よりも溶けて減った雪を掘り返す。しっかりと凍った柿が出てきた。取り出し少女の手に乗せてあげる。

「家に帰って柿氷作るんでしょ?」

 私も興味が出てきたので今日柿を買ってきて作ろうと思った。

 少女は首を振る。何か言っているようだが聞き取れない。口元に耳を寄せる。

「帰りたくないの……」

 そう呟く少女の顔を見た。頬に大きなあざがある。

 ああ、そうか。家は貧乏なんかじゃないのか。使わせてもらえないのか。

 小説の主人公を思い出す。家の中で大きな暴力が支配した世界で苦痛に耐える日々。そこから逃げ出したあとはさらに大きな暴力が襲う。そこから逃げ出してもまた。

 他の世界の女の子を思い出す。父親からの暴力で片腕が動かなくなった。ようやく逃げ出し自由を手に入れた。完全な自由ではない。いつかまた捕まるかもしれない恐怖におびえながら。

 ぎゅっと少女を抱きしめる。

「柿氷うちで食べよう?私が作ってあげる」

 少女はようやく嬉しそうな顔をしてくれた。

かき氷機がどこかにあったはずだ。段ボールをひっくり返す。

「あったあった」

 埃っぽいけど洗えば大丈夫だ。

 先に少女の頬を冷やす。氷をタオルで包んだものを当てると痛そうに顔をしかめる。

「聞かないの?」

 家のことだろう。

「わかるからいいよ。それよりもさっさと柿氷作っちゃおうよ。溶けちゃうよ?」

 元の柿に戻ってしまう前に削らねば。かき氷機にセットし削る。オレンジの綺麗な氷が山になる。

 スプーンを挿し少女に渡す。

 一口頬張り嬉しそうな顔をする。

「笑う顔はかわいいのに」

 悲しい顔は見たくなかった。誰のでも。

「ねえ」

 少女の肩に手を置く。

「一緒に逃げ出そうよ。こんな世界から。ちゃんと叫ぼう!私たちは自由だって」

 そうだ。見たくないなら消してしまえばいい。あの主人公だって逃げたから助かったんだ。暴力と暴力で壊しあった世界から逃げ出したから。


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