儚い少女
張遼に連れられて付いた街は今まで以上に賑わっていた。街が活気に溢れている事は統治者が有能な証であろう。
「こっちや、先ずはウチの主に紹介したいからなあ」
「そう言えば張遼の仕えている人ってどんな人なんだ?」
「そういや言ってなかったな、ウチの主は董卓、董仲穎や。少しは聞いたことあるやろ?」
「はい。董郎中は善政を敷く優秀な方であるとお聞きしております」
「お、王異っちは知っとるんか?」
「私の暮らしていた司隷まで伝わる方ですから相当優秀な方だと思っていたのですが、この街の様子がそれを物語っていますね」
「せやろ?月はめっちゃいい子やからなあ」
どうやら董卓のようだがオレの知っている董卓とは違うのか?だが董卓は洛陽に来るまでは優秀な政治家として知られていたはずだ、まだ変貌前の可能性も否定できない。先ずは会ってから考えるか
「ウチの送った伝令聞いとるか?」
「はい。張遼様がお客様をお連れになられると伺っております」
「もう中に入れても大丈夫か?」
「はい、董卓様と賈ク様がお待ちです」
「げ・・・また賈クっちに怒られるんか・・・」
「まあ、しょうがないだろうな」
「はあ・・・諦めるか、ほな行こうか?」
「ああ」
門番に確認を取り中に入る。客室に通されると中には二人の少女がいた。一人は優しく微笑んでおりもう一人は注意深くこちらを観察している
「ただいま帰ったで~無事に討伐も終了や」
「何が無事よ?ボクは危ないところを助けて貰ったって聞いているけど?」
「まあまあ詠ちゃん、無事に帰って来れたんだからそんなに言わなくても」
「月は甘いのよ!」
「詠ちゃん、お客様の前だよ?」
「う・・・」
「失礼致しました。私は董卓、字は仲穎と申します。霞さんを助けて頂いてありがとうございます」
「私は賈ク、字は文和よ。私からもお礼を言わせて貰うわ」
「困った時はお互い様だ。オレは沖田宗一、よろしく頼む」
「私は王異と申します。字はありません、よろしくお願い致します」
自己紹介を交わして席に着く。玲もそうだが先ずはお互い相手を観察しながらといったところだろうか。まあ悪いようにはされないとは思うが
「そんでな月、ウチお礼として宗ちゃんに色々せなあかんからその間宗ちゃん達に泊まる部屋貸してやってくれへん?」
「構いませんよ。それに私も何かお礼をしなければと思っていたところです。沖田さん、王異さん、何かご希望の品などはありますか?此方で用意できるものであれば用意させて頂きます」
「いや、滞在する部屋を貸していただけるのならばそれで十分だ」
「ちょっといいかしら?アンタ達は何故此処に来たのかしら?」
「オレ達は見聞を広める為にこの大陸を旅しているんだ」
「それでこんな所まで来たの?他に見るべき所はたくさんあると思うのだけれど?」
「まあ急いでいる訳ではないからな、ゆっくりいろんな所を訪れているのさ」
「なら尚更さっきの答えは不自然ね。旅をしている貴方達が何も欲しがらない訳ないじゃない」
「詠ちゃん、失礼だよ?」
「月は黙ってて!」
賈クが話に入ってくる。それどころか主導権が移ってしまっているような気がするがまあいいだろう。やはり突っ込んでくるか、まあ日本人の習性としてなのかちょっと遠慮してしまったのだがそこを突っ込まれた。日本人以外には変に見えるってのは本当みたいだな
「何故そう思う?」
「貴方達徒歩でしょ?普通大陸を旅するのならば移動手段として馬を用いるはずよ。徒歩で此処にいるのならば涼州の馬を求めて来たと考えるのが自然じゃない?」
「隠しても無駄か。まあ間違ってないよ、オレ達は旅のついでに馬を探しに来たんだ」
「なら何故欲しがらないの?」
的確だな。しかしどうしたもんか・・・。日本人だから遠慮しちゃった、なんて言えないし納得してもらうにはそれなりの理由が必要になるだろう。どうするかな・・・適当に言って誤魔化すか
「そうだな・・・一つはオレがこの地域の馬の相場を知らないことがあるな。この時点で金子は要求できない、馬を買うことができなくなるかもしれないからな。後は馬を貰ったとしてもそれを維持する蓄えもないし方法も知らない。だから馬の事は後で張遼に聞いてから考えようと思っていたんだ」
「でもそんな状況じゃ馬は買えないわよ?」
「まあそれは時間をかけて何とかするさ、宿代がある程度浮く訳だし情報も手に入るからな」
「考えているようで行き当たりばったりなのね」
「まあ元々オレの育った地域では控えめな事が美徳とされていてな。オレもそれが染み付いているから遠慮したってのあるかな」
「ふうん。そんな地域あるんだ」
何とかやり過ごせたか。一方の董卓は何やら考えている様子。何を言って来るのだろうか?
「沖田さん、事情は大体解りました。私はお礼として、この場所に留まっている間に使う部屋の提供に加えてお二人に馬と路銀の提供をさせて頂きます。そして私の真名を御預けします」
「月!真名はさすがにやりすぎよ」
「董卓殿、こちらとしてもそこまで要求するつもりはないのだが」
「沖田さん、この大陸では恩を施した者は大度を示し、施された者は施された恩を超える謝儀をすることで自らの器量を顕すのが習わしとされています。私は自らの器量を示すことに興味は有りませんが、霞さんを救って頂いた恩に対してはそれを超える謝儀をする必要があると思っています。私の真名では足りないかもしれませんが今の私達に出来る最大限の謝儀として受け取って頂きたいのです」
「玲、本当なのか?」
「はい、一般的にもそのようになっています」
「礼多人不怪とは言ったものの日本人には慣れないな」
「にほんじん?」
「ああ、気にしないでくれ。しかしオレ達が悪人である可能性も考えないのか?裏から賊に手を回して張遼を襲わせてそれを助ける。そうやってアンタに取り入ろうと考えているかもしれないぞ?」
「そんな方もいますね。でも貴方達はそうではないでしょう?」
董卓は真っ直ぐにこちらを見て微笑んでいる。この少女は儚い外見の中に何を持っているのだろう。末恐ろしい少女だ、年下でかなり歳が離れているなんて考えたくもないな
「何故そう思う?」
「貴方達を見ていればそれくらいは分かります。私はこれでも人を見る目には少しは自信があるんですよ?」
「そうか・・・これを受け取らないと董卓殿の顔に泥を塗ることになるみたいだな、ならばありがたく受け取らせてもらうよ」
「良かったです。私の真名は月です、今後は月とお呼び下さい」
「ウチは霞っていうんや。よろしくな宗ちゃん」
「月が預けたのに私が預けない訳にはいかないじゃない。私の真名は詠よ」
「オレは真名が無いんだ。今後は宗一と呼んでくれ」
「私は玲と申します。今後は玲とお呼び下さい」
「それにしてもアンタなかなか頭も回るのね。彼処で固辞していたら怒鳴り散らしてやろうかと思ったけど良かったわ」
「詠ちゃん・・・?」
「だって月の面目を潰す訳にはいかないじゃない!」
「私は構わないの。面目だけじゃ何も生まれないよ?」
「いいやんか、細かいこと気にせんでも」
「あんた達ねえ・・・」
「宗一さん、詳しいことは明日お話するとして今日はこの後簡易にはなりますが酒宴の席を設けさせて頂きます。お二人には是非参加して頂きたいのですがどうでしょうか?」
「そうか、なら折角なので参加させてもらうよ。玲も大丈夫か?」
「宗一様が問題ないのならば私も問題ありません」
「お!酒やな~ウチも嬉しいで~」
「もう、アンタは毎回毎回・・・」
「詠ちゃん・・・?」
「うう・・・月~」
「今日の仕事が終わり次第準備させていただきます。お二人共少しお待ち頂けますか?」
「ああ、構わないよ。それまで適当に時間を潰しているさ」
「助かります。ではお二人の部屋までご案内致しますね」
月達に案内された部屋に荷物を置いた後玲と二人で街を歩く事にした。霞もついてこようとしていたのだが詠に連れて行かれた。あの二人はいつもあんな感じなのだろうか?
街に出ると街は賑わっていた。もう日も暮れそうな時間だがこれだけの賑わいを見せている、やはり月は優秀な人物なのだろうな
「玲、月達をどう見る?」
「まずは月様。噂以上の人物だと思います。恐らく統治者としても一流、そして底の知れないお方だと思いました」
「ああ、あの外見に惑わされたら痛い目を見るのであろうな」
「ええ、問題は有事の際に非常に成りきれるかですね」
「ああ、恐らくそういった闇の部分は詠が担当しているのだろうがな。月が非常な命令を出せるかはまだわからない」
「ええ、詠様は先程も私達を注意深く観察されておりました。恐らく彼女が参謀的な存在なのでしょう、月の補佐をしつつ裏の仕事は彼女が担当しているのだと思いました」
「オレも同意見だ。霞に関してはたぶん同意見だろうな」
「恐らく。彼女はああ見えて将軍としては一流の人材ではないかと思います」
「ああ、先程は不覚を取ったが個人としても統率者としても一流だろうな」
「優秀な人材が集まっている様ですね。他の方もいると思いますがきっと一流の人材なのでしょう」
「玲、折角の機会だ。お前は詠に色々と教えてもらえ。軍略、政治、諜報、全部は教えてくれないだろうが勉強になる事は多いだろう」
「そうですね。今晩お話を聞いてみたいと思います」
「ああ、いろんな奴と親睦を深めたいな」
ここでは得られる事が多いだろう。オレも聞きたこともあるし玲も勉強したいこともあるだろう。収穫の多い一日だったがここにいる間はたくさんの事を勉強させてもらおう。
夜が楽しみだな




