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普通の人間

玲と共に村を出てから二ヶ月程経った。洛陽に真っ直ぐ向かうなら南下すればいいのだが寄り道をする為に敢えて西に向かっている。今のオレ達は徒歩で移動しているのでまず最初に馬を調達したいのだ。涼州までは遠いが涼州の馬は質がいいと聞く、なので玲と話し合った結果先に涼州に行く事になった。司隷を出て西を目指す、確か天水とかがある地域だったはず。


「玲、馬を買うためには結構金が必要になるよな?」

「ええ、路銀を稼ぎながら向かうとしても涼州に入って暫くは購入できないでしょうね」

「うーん、まあ涼州はまだまだ先になるしとりあえず着いたら考えるか。悪いなあ、オレの我侭に付き合わせて」

「構いませんよ。私も涼州には興味が有りますし馬を調達する事にも賛成ですから」

「ありがとうな。にしても今はどの辺なんだ?全くわからん」

「もう直ぐに安定に入る頃かと思いますが」

「安定、確か天水の隣だったか?」

「隣の隣が正解ですね。でも其の辺まで来ていますよ」

「もう少しか、とりあえず町が見えたから休んでいこう」

「はい、今日は此処で一晩明かしましょう」


町の中で、賊を討伐した時に奪い取った物や余った武器等を商人に売る。これでも幾らか路銀の足しにはなるのだが馬となると気が遠くなる・・・

二人で食事も済ませてから宿屋に向かうことにした。


「玲、今日は何が食いたい?」

「私はなんでも構いません。宗一様のお好きなもので」

「う~ん、じゃあ安く済みそうな処でいいか?」

「そうですね。なるべく節約するようにしましょう」

「だなぁ・・・。彼処でいいか」


選んだのは質素な感じの食堂、値段も良心的な価格だったので今夜は此処で済ませよう。注文を済ませたオレ達は今後の予定を相談していた。


「ところで、涼州の有力者と言えば誰がいるんだ?」

「そうですね。先ずは韓遂殿、馬騰殿の両名でしょうね、それと董郎中もでしょう。」

「韓遂、馬騰は知っていたが董郎中って誰だ?」

「董卓殿の事です。善政を敷くと領民の間では評判ですよ」


董卓か、そう言えば董卓も涼州出身だったな。しかし董卓と言えば暴虐の限りを尽くし政権を欲しいがままにした人物だったはずだが、オレの知っている歴史と違うのか?しかし玲が言うのだから間違いはないだろう、董卓か・・・気になるな。


「ああっ!す、済みません!」


お店の料理を運んでいた女の子が手を滑らせて料理を落としてしまった様だ。オレ達の後ろで食事していた連中に思いっきりぶっ掛けてしまったみたいだが・・・


「おい!何しやがる!」


まあ、そうなりますよね・・・


「申し訳ございません!」

「おい!この服はテメエなんかが一生働いても買えない様な代物なんだぞ!どうしてくれるんだよ!」

「お客様!うちの者がご迷惑をお掛け致しまして申し訳ございませんでした!」

「テメエが店主か、どうしてくれんだよ?ちゃんと弁償してくれんのか?」

「何卒お許し下さい!まだ起業したばかりで店に余裕がないのです。料理は作り直させて頂きます、勿論お代もいりません、何品か追加させて頂きます。どうか、どうかお許し下さい!」

「バカ野郎!兄貴の服はそんなチンケなモンじゃねえんだ!この店ごとよこせや!」

「まあ待て、オレもそこまで鬼じゃねえ。これから毎日オレ達に飯を食わせてくれれば許してやるよ。勿論金は出さねえがな」

「そんな!せめて10日程にして頂けませんか?それ以上はお店が経営していけなくなってしまいます。どうかお許し下さい・・・」


やっぱ何処に行ってもこういう奴はいるんだよな、いちゃもん付けて迷惑料を要求する奴。しかしどうしよう、飯は来てないのに目の前は修羅場・・・出ようにも通路には店主達、こいつらが満足するまで我慢して見てなきゃならんのか


「さっきから見ていると自分達で足を引っ掛けたのに大した言い分ですね」

「ああん・・・なんだテメエ?」


おい・・・なんで自分から飛び込んでいくんだ玲・・・


「奥に座っている方が足を出したのは見えましたよ。自分達で仕掛けて迷惑料を要求するなんて卑劣極まりないですね」

「テメエ!喧嘩売ってんのか!」

「貴方達こそ恥を知りなさい!」

「黙れ!」

「きゃっ」


男が玲に手を上げた。やれやれ、出来れば静かに夜食を摂りたかったがこうなってしまった以上はオレも黙ってはいられない


「おい、いきなり手を上げるとは酷いんじゃない?」

「うるせえ!テメエも同じ目に合いたいのかよ?」

「やってみろよ。出来るもんならな」

「おらあ!」


男の手を何の苦労もなく止める。暴れて店内を荒らしてもいけないので通路上に投げ飛ばす


「相手の実力も解んないのかよ・・・。玲、大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

「眼帯は!?」

「あっ!」


殴られた時に眼帯が外れてしまった様で眼帯は床に落ちていた。慌てて着け直したのだが玲の目はしっかりと見られていた


「なんだよ、その目は!」

「兄貴、まさかアイツ等死神とか妖なんじゃ・・・」

「糞、気味が悪い!サッサと消えろ!」


男達だけでなく、店主達も玲を見て怯えている。目の色がなんだってんだ、それが何か悪いのか?どいつもこいつもそれだけで見方を変える、普通の人間じゃねえのかよ・・・


「おい、オレの連れに何か文句有るのかよ?店荒らして人の連れにもいちゃもん付けんのかよ?」

「だってお前、そいつは!」

「普通の人間だろうが!お前なんかより余程まともだろう!こいつは誰にも迷惑なんか掛けてねえからな!」

「存在する事が迷惑じゃねえか!見るだけで気味が悪いよ!」


オレは有無を言わさず男を殴った。倒れ込む男を掴み入口まで蹴り飛ばす


「おい・・・お前ら表出ろよ。二度と口聞けないようにしてやるから」

「悪かった!冗談なんだ、こっちも機嫌が悪くてついつい心無いことを言っちまった!許してくれよ!な?」


問答無用に男にもう一発入れた後、連れにも一発入れておく


「さっさと消えろ」

「チクショー覚えてろ!」

「兄貴~」


奴らを追い払った後店内に戻ると店主たちは腰を抜かしていた。今度はオレ達に怯えているようだ、忙しい奴らだな・・・

玲は下を向いて座り込んでしまっていた。一緒に旅に出てからこんな事は無かった、やはりショックなのだろう無言で俯いている。


「玲、行くぞ。おい、もう飯はいらん」


玲の手を掴んで外に出る。野次馬の姿もちらほら見受けられたが無視して町を出る。今夜はここに泊まろうと思ったがこんなとこには長居したくない、もう日は暮れているが街を出て近くにあった森を目指す。歩いている間、玲は終始無言だった。

暫く歩いて丁度いいスペースを見つけて玲を座らせ火を起こす。


「落ち着いたか?」

「はい・・・すみません」


玲の隣に座って火を見つめる。事前にこういったことが起こることを予想して眼帯を付けていたのだが、こうなってしまったか・・・

玲自身もある程度覚悟はしていたがやはり辛いのだろう。オレ自身、少し甘く考えていたところもあった。同じ人間なんだから外に出れば受け入れてくれると心のどこかで決めつけていたのかもしれない。勿論受け入れてくれる人はいるだろう、でも大半がそうではない様だ。オレは元の世界でカラコンなどで慣れているからというのもあるかもしれないが、この世界にはそういったものはないのだ。気味が悪いと思うのも仕方ないかもしれないな・・・。これは旅に同行しているオレもしっかり考えておくべきだった、中途半端なまま大丈夫と決めつけて玲を傷付けてしまった。失敗したな・・・


「玲、ごめんな・・・」

「え?何故ですか?」

「オレさ、心のどこかで決めつけていたんだ。あの村では受け入れられなかったけど、他の地域ではきっと受け入れてくれる。もし眼帯が取れても大丈夫だろうって。その結果がこれさ、もっと真面目に考えておくべきだったのかもしれないって思ってな。本当にごめんな、辛い思いさせたよな」

「宗一様が悪いわけではありません。それに私は慣れていますから・・・。むしろ私が同行させて頂いている為に宗一様に迷惑を掛けてしまっています。謝るのは私の方です・・・」

「それこそお前が悪いわけじゃないだろうよ。それにお前がいたからオレも字が読めるようになったんだ、感謝してるよ」

「いえ・・・宗一様が読み書きを覚えた今、私はもう別れたほうが良いと思います。同行する約束も果たした訳ですしもう一緒にいる義務はないと思います」

「何言い出すんだ?オレは別に義務を感じてお前と一緒に旅をしている訳ではないんだぞ?」

「でも私が一緒に居ると宗一様に迷惑を掛けてしまう。宗一様の武の才能は一級品です、何処に行ってもそれなりの地位の方から登用して貰えるでしょう。でもその時私がいると邪魔になってしまう。もし何処かに士官するというなら私は黙って去るつもりでしたが甘かったようですね・・・此処で一区切りつけたほうが良いのかもしれません」


これは重症だな・・・トラウマ的な物なんだろうがこんな状態で一人にするなんて有り得ない。それにオレにはこいつと別れるなんて選択肢はない


「あのな、オレはまだ士官しようなんて思ってない。それに玲を置いて行くつもりもない。嫌って言っても無理やり連れて行く」

「何故でしょうか?宗一様には得をする事なんて一つもないのですよ?」

「オレは確かに剣の腕には自信がある。ただそれだけだ。それ以外はただの世間知らずのガキと何ら変わりはない。お互い自分のやるべき事が見つかるまでの条件で一緒に旅をしているようなもんだが、オレ一人じゃあ右も左も解らない、ただ歩いて付いた先で路銀を稼いでの繰り返し。そんなんでやるべき事も糞もあるかよ、玲が一緒に旅をするようになっていろいろと教えられてばっかりだっただろ?オレ一人じゃ何も出来やしないんだ、玲がいないとオレは困るんだよ!オレには玲が必要だから一緒にいるんだ・・・。解るか?オレは得しかしてないんだよ」

「・・・本当に?貴方にとって・・・本当に私は必要な人間なのですか?」

「何度も言わせるなって、必要だから一緒に旅しているんだ」


オレ一人では地理も通貨価値も文字も解らない。商人には足元を見られ騙される、人伝てに洛陽についてもどうしようもなかっただろう。玲と一緒に旅をして様々な事を教えて貰った。オレのいた世界の常識なんて通用しない、この世界で生きるにはこの世界の知識が必要なんだ。玲と会えて本当に良かったと思っている


「私・・・私は・・・貴方と一緒にいてもいいのですか?」

「ああ、むしろオレの方から頼む。玲が旅を終えるまででいい、これからも一緒に旅をして知らない事を教えて欲しい」


玲は泣きながらオレに飛び付いて来た。前にもこんな事があった気がするなあ

玲が泣き止むまで抱きしめながら頭を撫で続けた。


「宗一様」

「なんだ?」

「私の目の事を言われた時に怒って頂けた事、とても嬉しかったです」

「まあ、怒って当然だよ」

「いえ、私にとっては始めてでした。ありがとうございました」

「次は言わせないようにするからな」



玲は泣き止んだ後、オレから離れようとはしなかったが少し考え事をしている様だ。元々玲が寝てからも見張りをする為に寝ないつもりだったのだがこの体勢のままだと見張りにならない、でも引き離す訳にもいかないしなあ・・・





「宗一様・・・私、自分のやりたい事が見つかったかもしれないです」

「マジ?」

「まじ、とは?」

「ああ、本当にって事」

「本当です。」

「聞いてもいい?」

「今は秘密です」


その夜、玲はずっとオレから離れようとしなかった

王異(玲)の容姿についてですが、黒髪のロングヘアーで左右の目の色が異なる事。身長は170弱くらいで和服が似合うイメージで考えています

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