厄災の目
「待たせたな。もう平気だよ」
中に戻ると女は怯えた顔でオレを見ていた。
「貴方は、私を殺しに来たのではないのでしょうか?」
「だったら見つけた時に斬ってるよ・・・。とりあえず名前を教えてくれないか?オレは沖田宗一、君は?」
「私の名ですか?私は性は王、名は異と申します。字は有りません」
王異って確か西涼の人じゃなかったか?誰だったか忘れたが、誰かの妻で三国時代に唯一戦場に出たと言われる女傑で夫が奇策を用いた時には必ず関わっていたと言われる程頭もキレる人物だったはず。出身は違う場所なのか?
「そうか、なら王異と呼ばせてもらうよ。オレの事は好きに呼んでくれ」
「はあ・・・ところで貴方は何故此方にいるのでしょうか?それにこの村にはどういった経緯で?」
「ん?順番に説明するか・・・経緯については、領主からの依頼で賊の討伐に来た。で、此処にいる理由は少し話しがしたいと思ったから」
「前者については解りましたが後者については理由が解りません。貴方は私を見ても何も感じないのですか?」
「いや、特には・・・。まあ美人だとは思うけど」
「真面目に聞いているんです!」
「目の事だろ?それも含めてオレは何とも思わないって答えたんだけどな」
「本当に・・・貴方は何とも思わないのですか?」
「ああ、少なくともオレには目の色が違うってだけで人をどうこうしようなんて考えはない」
王異は完全に信用してくれた訳ではみたいだが警戒は多少緩めてくれたようだ。まあ、自分の事を死んだほうが良いとか言う奴が他人を警戒している時点で矛盾しているがな・・・
「今は一人で暮らしているのか?」
「はい、父は私が幼い頃に賊に殺されたそうです。一年程前まで母と二人で暮らしていましたが母が病死してからは一人で暮らしています」
「そうだったのか・・・。その目は生まれつきなのか?」
「はい、私が幼い頃からそうだったと、母に聞きました」
「辛いことを聞くようだけどずっとそんな扱いだったのか?」
「いえ、構いませんよ。私が10歳になるくらいから村の子供達にはずっと言われていましたね、本格的に賊や天災などが訪れるようになってからは村中で言われるようになりましたが」
人間ってのは何か理不尽な事が起こると無理やり理由を付けて納得したがる、そしてそれを排除して勝手に安心しようとする生き物だ。こいつもそれの被害者だったって訳か
「母親が庇ってくれていたのか?」
「はい、母は私が孤立しないようにいつも庇ってくれていました。何があってもいいようにと、教養や多少の武芸なども教わりました」
「良い母親だな。母親が亡くなられてから味方してくれる奴はいなかったのか?」
「そうですね、こんな目の色をした人物に好んで話しかける人は居なかったです。最低限の食料は自分で調達していたので殆ど会話は無かったです。何か村に問題が有る毎に毎回暴言を吐かれたり石を投げられたりしていましたが、直接話し掛けられる事は無かったですね」
「で、お前は自分が死んでしまった方が良いと思ったのか」
「・・・はい」
「お前は本当に死にたいのか?」
「・・・え?」
「オレは賊の討伐とは別にもう一つの以来も受けている。左右で目の色が異なる女の討伐なんだがな」
刀を抜き、低い声で話す。王異に恐怖と怯えの表情が浮かぶ。
「それなら仕方ないと思います。此処で死ぬのも私の運命だったのでしょう」
「本当にそう思っているのか?」
「ええ、私は受け入れるだけです」
「そうか」
静かに刀を構え王異を見る。無言で目の前まで行き刀を振り上げる。
「悪いが此処で斬る、覚悟は出来たか?」
「はい、未練は有りません」
「そうか・・・では、覚悟!」
表情を見ながら刀を振り下ろす。目を瞑っているが表情は変わらない。
「・・・嘘を付くなよ、未練タラタラじゃねえか」
「・・・?」
顔の前で刀を止める。恐る恐る目を開けた王異は困惑した表情でこちらを見ていた。
「何故、止めたのですか?」
「最初から言ってるだろ。お前を斬るつもりはないって」
「では何故こんな事を?」
「お前さ、正直になれよ。死にたいって奴は刃を向けられても怯えたりしないだろ?多少は怖いだろうがお前の表情には、はっきりと死への恐怖が浮かんでいたよ」
「それは・・・でも・・・」
「でもじゃねえよ!まだ生きていたいんだろ?まだやりたい事が有るんじゃねえのかよ?何が運命だ、何が受け入れますだ、自分の境遇を言い訳にして逃げてるだけだろ!」
「貴方に・・・貴方に何が解るというのですか!目の色が違うというだけで疫病神と言われ、村人だけでなく商人や旅人にも相手にされず、一人で孤独に生きていく事の辛さが解るのですか!」
「知らねえよ。オレはそんな事しないしされた事もないからな。でも他にもやれる事はあっただろ?此処で生きていけないなら別の地方に眼帯なり付けて移住するとか有るだろ!あんた頭いいんだから普通に生活する分には問題なくできるだろ」
「そんな事考えない訳ないでしょう!でも路銀や食料などはどうするのですか?そこまでの蓄えも無い、賊に襲われたら逃れる術もない、どうやってたどり着けというのですか?」
「だからそれが駄目なんだよ!アレも出来ないコレも出来ない、結局現状維持で何もやろうとしない。危ないし問題もあるが死にたいって思うほど追い詰められてんなら死にそうな危険を冒してでも活路を見出すことだって出来んだろ!死にたいほど辛い現状を維持するくらいなら、死ぬかもしれない別の可能性に賭ける事だって変わんねえよ!」
「でも・・・でも・・・私は・・・私は・・・」
「お前の本音はどうなんだよ?言ってみろ、本当に死にたいならオレが此処で楽にしてやるから」
「私・・・私は・・・」
「どっちなんだ!王異!」
「私は・・・まだ死にたくないです!普通の人みたいに生きたい。旅をしてこの国を見て回りたい・・・私にも何か出来る事があるならやってみたいです・・・」
「そっか・・・」
「それに・・・私も友と呼べる人が・・・欲しいです」
「うん・・・」
「私も・・・私だって・・・」
震える王異を抱きしめる。想いを塞き止めていた物が崩れ彼女は大声を上げて泣きじゃくる。キツイ事を言った自覚もあるし、彼女の人生は想像も出来ない程過酷な物だったのだろう。オレと歳は殆ど変わらないだろうがこれぐらいの歳で孤独というのは心身ともに苦しいだろうな・・・。
今は思いっきり泣かせてあげよう
「すみません、取り乱してしまって・・・」
「いや、構わないよ。それにオレも厳しい事を言ってしまったからね、謝らないといけないのは此方だ。すまなかった」
「いいんです。私もこれで吹っ切れました」
「それなら良かった。オレはこの後領主の下には戻らず旅を続けようと思う。王異はどうするんだ?」
「その事なのですが、もう一つ私の話を聞いて下さいませんか?」
「ん?構わないが」
「私は母に様々な事を習いました。武には自信が有りませんがこれでも知識については多少自信はあります」
改まって話しだした王異の言葉を真剣に聞く。話がまだ読めないので聞き逃さない用注意を払う
「いつも母はこう言っていました。『もし今後自分の為すべき事が見つかったら、迷わずその道を進みなさい。』と、沖田様はご自分の進むべき道は見つかっているのですか?」
「オレか?オレは元々この国の人間では無いからな、ただ自分の国には戻れないものだと思っている。直感だけどな。だから今はこの国を見て、それで自分の在り方を決めようと思っていてな。オレにはそれなりに力がある、それの使い方を決める為にな」
「そうでしたか。私も今の現状を見極める為、この村を出ようと思います。そして今後私はどうするべきか考えてみようと思います」
「そうか、オレもそれがいいと思うよ」
「あの・・・それでお願いなのですけれど・・・私も貴方の旅にご同行させて頂けないでしょうか?」
ああ、そういう事。きっとまだ一人では心細いのだろうな。それに腕の立つ訳ではないので色々危険が伴うのだろう
「まあ、女の一人旅は危険だしな。オレは回り道をしながら洛陽を目指している、それでも大丈夫か?」
「はい!私も洛陽には行くつもりでしたので」
「そうか、ならオレは構わないが一つ条件が有る」
「なんでしょうか?」
「読み書きを教えてくれないか?話せるのだが文章となるとダメなんだ」
「ええ、私は大丈夫です」
「じゃあ決まりだな。しばらくの間宜しく頼むよ」
「はい!ありがとうございます。それと私の真名を沖田様に受け取って頂きたいのです。私の真名は玲と申します、受け取って頂けますか?」
「ああ、宜しくな玲。オレは字も真名も無い、まあ宗一呼んでくれ」
「はい。宗一様と呼ばせて頂きます」
「様は付けなくてもいいよ」
「いえ、そのような訳にはいきません。宗一様と呼ばせて下さい」
「まあ構わないけどさ・・・。とりあえずここから離れよう、領主の奴が偵察を出しているかもしれないからな」
「そうですね、どちらに向かいますか?」
「とりあえず西に向かおう。山を経由していけば万が一調査されても気付かれないだろうからな」
玲の支度を待ってから西に向かう。次の村か町に着いたら宿屋にで今後の予定を決めるか、ゆっくり寄り道しながら洛陽を目指せばいいだろう
「お待たせ致しました」
少し時間を置いて玲は出てきた。鍛錬で使っていた槍と幾つかの荷物を持っている。
「よし、じゃあ行きますか」
「はい!これから宜しくお願いしますね」
「こちらこそ宜しくな。文字が読めなくて聞いて回っていたから助かるよ」
「それくらいは任せて下さい」
「ああ、賊とか戦闘はオレに任せてくれ」
新たな同行者を得た。資金や食料のやりくりなど考えることは多いが旅の仲間ができることはいい事だ。さてどこに向かおうか




