第六話 南無阿弥陀仏
2014/5/9 話結合
俺のアイコンタクトに気付いたイブは、吹き矢を取りだし警告なしにスリープダートを飛ばした。
見事商人らしき太った男首に当たり「うっ」という呻き声と共に倒れた。
「お、おい何しているんだ!」
俺達のいきなりの行為に騒ぐジェニーを無視し荷台の扉を開ける。
「やっぱり」
「姉様!」
悪い予感が当たってしまい溜め息をつく俺の横でイブが息をのむ。
中には、エルフの子どもや女性が詰められていた。
いきなり開いた扉に子どもは怯え、女性達は私を睨み付ける。
残念だが話しに聞いたエルフの姫らしき人はいない。
「こ、これは」
驚く、ジェニー御一行。
本気で知らなかったのか。
少しは怪しいと思うのが普通だろう。
頭の中沸いているのでは無かろうか?
俺は無言で拘束具を外していく。
思いもよらぬ行動にエルフ達は戸惑っているようだ。
だが、彼女はハッと我に返ると、俺が人間であることに気がつき頬に一閃平手打ち。
パシン、と乾いた音が響いた。
痛くはないが心は痛い。
「ねぇさま!」
イブは珍しく「てめこら、うちの姉様に何してくれとるんじゃ。面貸せワレェ!」というように激怒した。
「ぁあ、大丈夫だよ、イブ」
俺は女性に紳士なジェントルメンだ。
右の頬を打たれたら喜んで左の頬を差し出そう。
そうすれば、右の頬はもう打たれないからね。
確か世界的大ベストセラー本の一節だ。
女性達は俺に幾つかの罵詈と雑言、それから唾を吐き捨てて森の奥へ逃げていった。
泣きっ面にクリティカルヒット。
まぁいいや。
メイドカフェのメニューにはビンタ1000円なんてモノもある。
何処かの業界ではご褒美のハズだ。
それよりも。
「イブ」
「ん」
俺の意図を察し逃げていったエルフの後を追って行った。
いくら森の民とはいえ子どももいる。
ただ解放しただけでは何かあったとき寝覚めも悪い。
呑気に寝ている商人を視界に捉え接近する。
「おい、オキロ」
俺は身体の中の分子同士を激しく擦り合わせ静電気を発生させる。
静電気を侮るな。
大きくなれば雷なのだからな。
バチぃッ!と俺が触れると音が鳴った。
攻撃では無い。
これはただの静電気だ。
だから、こいつも死ぬ事はない。
「グビャッ!」と気持ちの悪い悲鳴を商人は上げるとゆっくり起き上がった。
「うぅ…なんなんだ」
「ダラダラ動くな!薄ノロが!」
「だ、誰だお前は!おい!護衛は何をやっているのだ。早く私を守れ!!」
商人はそう叫ぶがジェニー達は動こうとせずに冷めた目で見下ろす。
いや、お前達に責める権利は無いからな。
「あの、積み荷はなんだ?」
「中を見たのか!……ふ、ふふ、だが私を責める事は誰にも出来ない。皆やっている事だ。私を罰する法律など無いのだよ!!」
「いや。……私が責めるさ」
お前は己が欲を欲するあまりに、罪泣き知的生命体の自由を奪ったのだ。(あと俺にとばっちりを食らわせた。)
最早お前は商人では無い。
ただの盗賊だ。
盗賊は殺す。
「かくあれかし」
私は奴に岩を降り下ろし葬った。
捕食者が永遠に奪う側とは限らない。
欲に溺れ奪い続ければ何れ己が奪われるのだと知っておくべきだったな。
フハハハ、お前の馬車は有り難くいただくことにするよ。
安らかに眠りたまえ。
※
「お、おいあんた。殺す事はなかったんじゃ無いか?」
商人の死から数秒、我に返ったジョニーは俺に掴みかかる。
確かに、こいつだけが一概に悪いとは言えない。
需要があるから供給者がいるのだ。
奴隷の密輸に関しても罰する法律など無いらしいし、そもそも監査がザルだ。
黙認というやつだ。
奴隷が一般的な世においてその倫理を問うことは難しい。
改めて、リンカーンの偉大さがわかるというもの。
かといって、俺が商人を殺さない理由には成らない。
俺は殺したかったから殺したのだ。
「お前は本当に知らなかったのか?」
俺はジョニーの言葉を無視し質問する。
「し、知らなかった」
先程の俺の躊躇無しの一撃を思い出したのかジョニーは口早に弁明する。
まぁ、見てみぬ振りをするのが一般的か。
見てないなら、幾らでも知らぬ存ぜぬで通せる。
いくら、法律で罰することは出来ないと言っても奴隷の密輸は心苦しいのかもしれないな。
さて、コイツらをどうするか?
当初の目的は馬車を借りること。
おまけに姫様居ればいいなぁ、といったとこ。
エルフの解放や商人などついでだ。
「姉様」
背後にイブさんが気配無く現れる。
この娘、だんだん忍っぽくなってくるな。
吹き矢とか糸とか。
あげたの俺なのだが。
「終わった」
「そっか。ご苦労様」
イブが現れるとジョニー達に緊張が走るのを確認した。
一人だけほわっと顔を紅くさせた援護職がいるが放っておこう。
なるほど、私を襲わないのはイブの存在か。
コイツらは放置でいいか。
わざわざ私たちと敵対する理由もあるまい。
いくら奴隷が一般的と言っても奴隷の密輸を平気で行う冒険者と知られれば悪評が広まるからな。
映画ブラッドダイヤモンドと同じだ。
「じゃあ此は私達が貰って行きますね」
「お、おい!」
「イブ」
「ん」
イブは吹き矢を吹くと、私に近づこうとしてきた人達を眠らせた。
優秀過ぎるだろ。
残るは援護職だけか。
「あの!私も一緒に行って良いでしょうか?」
やだなぁ。
この子、スッゴく電波っぽい香りがする。
現に仲間が眠らされていても狼狽える様子が全く無い。
まぁいいか。
悪い娘では無さそうだし。
適当なところで捨てよう。
「近くの街までなら」
「まぁ!良かったです。この出合いも主のご導きですね」
眠らせた冒険者達は…………。
運が良ければ助かるだろう。
※
「さて、ここでお別れだ」
「えぇ!早すぎますぅ!!」
早速街に到着した私はレイチェルを馬車から蹴り下ろす。
あぁ。
レイチェルとは電波援護職の名前だ。
コイツは俺が馬車を操っているのをいいことに、俺のイブにちょっかいを掛けまくってた。
殆どがこの女の独り言だったがいい気分はしない。
「全然早くない!街までの約束だったろ」
この女と、別れられると思うととても清々する。
ここまでの道のり。
俺のストレスは上がりっぱなしだった。
初めて見たときから俺の第六感が警告していたのだ。
美人だが生理的に気が合わない。
「では、こうしましょう。イブ様に聞きいて多数決をとるのです。イブ様ならきっと私を見捨てないハズ」
「私は姉様と同じ意見」
「そんな!イブ様」
駄々をこねるレイチェル。
子どもか。
俺の意見が変わらないのを見越したのか「こうなったら!」と言い出し、懐を探る。
どうするのだろう。
そう思い俺が見ていると、レイチェルは手錠を取り出すと自分の腕に取り付けた。
何故そんなものを持っているのか。
そんな俺の疑問をよそに馬車についていた鉄格子にもう片方の手錠の輪を通した。
「これで私を置いていけませんね」
ドヤ顔すんな。
俺は無言で御者台に登るとゆっくり走らせ……。
そのまま降りた。
鉄格子を掴み囚人のように俺を見ながらすれ違うレイチェル。
「え、え?」
戸惑いながら離れていくレイチェルを眺める。
馬車一つで厄介払い出来るのなら安いものだ。
「あの?え、あれ?イブ様?え、ぇ………」
小さくなっていく声に哀愁を感じるがそんなものは気のせいだな。
さて、余計な手間を取らされたが、これからどうしよう。
姫様を探せと言われてもあてもないしな。
まぁ、ギルドや奴隷商関係者を片っ端から当たっていけば何れ辿り着くだろうが、面倒だし、何より目立ち過ぎる。
それは俺の望むところでは無い。
そう言えばそろそろ季節は夏だ。
夏と言えばアレだろう。
そう、
「イブ。海に行こう」
「うみ?」
ちゃんとこの世界にも海はある。
イブはまだ海を知らない。
見せたらどの様な反応をするのだろうか。
驚く姿が楽しみだ。
「見てのお楽しみだ」