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「ただいま……」

 玄関にある、奏多の濡れた靴を確認してから、居間に顔を出す。

 奏多と会うことに、なんとなく気が引けてしまうのは、どうしてだろう。

「奏多? 帰ってたんだね」

 居間で横になって、テレビを見ている背中に声をかける。すると、わたしに振り向かないまま、奏多がぼそっとつぶやいた。

「慶介さんと会ってたんだ?」

「え?」

「うちの前に、車が止まったのが見えたから」

「ああ、ご飯食べに行って来たの。奏多もいれば、一緒に誘ったのに」

 わたしの声に、奏多がふっと笑った気がした。

「行くわけねぇだろ」

「ど、どうして?」

 リモコンをつかんでテレビを消すと、奏多は体を起こして振り向いた。

「付き合ってんの? 慶介さんと」

 わたしのことを見る奏多と、久しぶりに目が合う。

「付き合ってなんかないよ? ラーメン食べに行っただけ」

「ふうん? ラーメンねぇ……」

 信用してない顔つきで奏多が言うから、なんだか悔しくなってきた。


「奏多こそ、今日どこに行ってたの? 女の子と、会ってたんじゃないの?」

 奏多が黙ってわたしを見ている。肯定も否定もしようとしない、奏多の顔を見ていたら、無性にイライラしてきて、つい思っていることを口にしてしまった。

「ふうこちゃんって、誰?」

 言ってから、すぐに後悔したけど、もう遅い。

 奏多の表情が変わって、わたしのことを、にらみつけるようにして言った。

「おれの部屋、入った?」

「だって開いてたし、ぐちゃぐちゃだったし、部屋を片付けようとしたら、机の上にカードがあったから……」

 手に持っていたリモコンを、奏多が畳の上に叩きつけた。わたしは驚いて肩をすくめる。

「人のもの、勝手に見てんじゃねぇよ!」

「な、なによ。そんなに見られたくないものだったら、ちゃんとしまっておけばいいでしょ」

 卓袱台の上に両手をついて、奏多が立ち上がった。そしてわたしの前に来て、ぎゅっと両手を握りしめる。

「な、なに?」

 奏多のことを、見上げるようにして言う。大切に大切に見守ってきた奏多が、今、わたしを見下ろしてにらんでいる。

 奏多の体がすっと動いた。わたしはぎゅっと目を閉じる。肩と肩がちょっとぶつかって、そのまま奏多は大きな足音を立てて、二階へ行ってしまった。


「はぁぁぁ……」

 一気に力が抜けて、その場に座り込む。胸がドキドキして、指先が震えている。

 怖かった。目の前に立つ奏多のことを、すごく怖いと思った。

 気がつくと涙が出ていて、あわてて手の甲でそれをぬぐう。

 ……わたし、どうしたらいいの?

 必死に涙をこらえながら、棚の上からわたしを見ている、母の写真を見上げる。

「お母さん……」

 お母さんなら、こんな時どうするの? お母さんなら、奏多に向かって何て言う?

 教えて欲しい。今すぐここに来て、わたしに教えて欲しい。

 そんなことを思ったら、こらえていた涙があふれ、わたしは声を押し殺して一人で泣いた。


 卓袱台の上に並んだ夕食を眺めながら、わたしは小さく息を吐く。

 柱にかかった時計を見て、奏多の分のおかずに、一つ一つラップをかける。

 あれから奏多は、一度も自分の部屋から出てこなかった。

 わたしはラップをかけたおかずを持って、冷蔵庫を開けた。中には、さっき慶介くんに寄ってもらって買った、ケーキ屋さんの箱。

 奏多の誕生日には毎年買っている、チョコレートケーキが入っているのだ。

 わたしは静かに冷蔵庫の扉を閉めると、台所と居間の電気を消した。


「奏多?」

 階段を上り、奏多の部屋のドアを軽く叩く。足元からは、ほんのり灯りがもれている。

「夕飯のおかず、冷蔵庫に入れといたからね?」

 ドア越しにかけた声に、反応はない。

「奏多……あの……さっきはごめんね?」

 古いドアにそっと右手を当てて、それをゆっくりとすべらせる。

「もうわたし、奏多の邪魔はしないから。だから……ごめんなさい」

 そっと手を離し、心の中だけでつぶやく。

 ――十八歳の誕生日、おめでとう。

「もう寝るね。おやすみ」

 奏多の部屋に背中を向け、自分の部屋のドアを開け中へ入る。

 ぱたんとドアが閉じられると、なんだかものすごく寂しくなった。

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