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慶介くんの軽自動車に乗り、雨の中を当てもなく走る。
「どこに行くの?」
と聞いても
「昼飯食いに」
としか答えてくれない。
いつも行き当たりばったりな慶介くんだから、きっと何も考えてないんだろうけど。
ワイパーが揺れるフロントガラスをぼんやりと眺める。雨の街はすべてがかすんで、なんだか夢の中にいるみたいだ。
「奏多はデートか?」
隣から聞こえる慶介くんの声に、思わず顔を向ける。
「そ、そうなの?」
「知らねぇよ。おれ、お前に聞いてんだけど?」
「わたしだって知らないもん」
そう言って慶介くんから顔を背け、窓の外を見る。一つの傘の下で、寄り添い合うように歩く二人の影を、奏多じゃないかどうか確認してる。
「でも……もしかしたら、そうかもしれない」
「え? あいつ彼女いんの?」
「わかんないけど……女の子からバースデーカード、もらってた」
「うお、マジで?」
慶介くんはなんだか嬉しそうだ。
「ほんとにわかんないよ? でも今日奏多の誕生日だから、もしかして……なんて思って」
「まぁ、いいんじゃね? 奏多だってもう高三だろ? 彼女の一人や二人いたっておかしくねぇよ」
「二人もいたらダメでしょ」
おかしそうに笑う慶介くんを横目に、わたしは静かに息を吐く。
奏多に彼女か――嬉しいような、寂しいような、とっても複雑な心境。男の子を持つお母さんって、みんなこんな気持ちになるのかな。
「で、お前はどうなんだよ?」
「え? なにが?」
今度はハンドルを握る慶介くんが、あきれたようなため息をついた。
「彼氏だよ、彼氏。お前、彼氏いねぇの?」
「い、いませんからっ!」
あれ、なに強調してるの? わたし。
赤信号で車を停めた慶介くんが、ちらりとわたしのことをのぞき見する。
「お前さぁ。もしかして一度も男と付き合ったことないとか?」
「あ、あるもん。少しなら」
「へぇー?」
高校生の時、同じクラスの男の子に告白されて、実はちょっとだけ付き合ったことがある。
でも、手をつないだあと、キスされそうになり、思わず逃げだしてしまって……今思えば、ひどいことをしちゃったなって思ってる。
それ以降、その彼とはなんとなく上手くいかなくなって、結局別れた。
友達からは、「今どき、中学生だってキスぐらいしてるよ」って、あきれられちゃったけど。
「付き合った方がいいよ。お前は」
「え?」
青信号になり、車がゆっくりと動き出す。左折して国道に出ると、慶介くんは少しだけスピードを上げた。
「お前が男も作らないで頑張っちゃってると、奏多だって気がねするだろ?」
「わたしは別にそんなつもりじゃ」
「そう見えちゃうんだよ。きっと奏多だって思ってる。あいつお前に、負い目を感じてるところあるから」
そうなの? 奏多はそんなふうに思ってたの?
奏多と二人で生きて行く――わたしはただ、そうしたいだけなのに。それが奏多の負担になっているんだとしたら……わたしはどうすればいいんだろう。
一時間車を走らせて、結局国道沿いの古いラーメン屋さんでラーメンを食べた。
「ここが目的だったの?」
と聞いたら
「べつに。ただ目についたから」
と慶介くんは笑う。そして、こっちから誘ったからと、今日もラーメンをおごってくれた。
「ごちそうさまでした」
また一時間かけ家に戻り、慶介くんの車から降りる。雨はもうすっかり止んでいた。
「いや。こっちこそ、いきなり付き合わせちゃって、悪かった」
あれ、へんなの。慶介くんが謝るなんて、なんだか調子狂う。
「日和。さっき言ったことだけど」
「え?」
運転席からわたしを見上げて、慶介くんが言う。
「付き合った方がいいよ、って言ったこと」
「あ、ああ……」
雲の切れ目から、かすかな日差しが差し込んできた。水たまりに浮かんでいるのは、淡い色をした桜の花びら。
「誰とでもいいってわけじゃ、ねぇからな」
「え?」
どういう意味? 首をかしげるわたしの前で、慶介くんは頭をかきながら、ため息まじりに言う。
「わっかんねーかなぁ? おれの気持ちが」
「な、なに?」
「付き合うなら、おれにしろ」
「へ?」
思わずヘンな声を出したわたしを見て、慶介くんがふきだすように笑った。
「お前が奏多から少し距離を置いて、男と付き合ってみる気になったら、おれが付き合ってやるってこと」
慶介くんの言葉を何度も頭の中で繰り返して、やっとその意味を理解したら、自分の顔がほてってくるのがわかった。
「そんじゃあ、な!」
手を伸ばして助手席のドアをバンッと閉めると、慶介くんの車は、わたしの前から走り去った。
どうしよう。どうしよう。もしかしてわたし、告白されたの?
ドキドキする気持ちを抑えるように、雨上がりの空気を吸い込む。
濡れた傘を握りしめ、ゆっくり顔を上げると、雲の隙間に青い空がのぞいていた。




