28
家までの道を、ほろ酔い気分で奏多と歩く。いつもだったらバスに乗る距離だけど、バスに乗ろうとは、どちらの口からも言い出さなかった。
もう少し一緒に、歩きたかったから。
頬に当たる夜風が心地よい。暑くもなく、寒くもなく、雨の季節が訪れる前の、わたしの一番好きな季節。
「綾子さんのお料理、美味しかったね」
久しぶりにいただいた綾子さんの手料理は、お母さんの味がした。お腹いっぱいご馳走になって、満足気分のわたしに奏多が言う。
「日和、お前さぁ、ちゃんと飯食ってんの?」
「え」
「一人だからって、手抜きしてんじゃねぇの?」
何も言い返せないわたし。確かに奏多が家を出てから、まともに食事を作っていない。
だって食べてくれる人がいないから、何の張合いもないんだもん。
「食事には手を抜くなって、いつも千景さんが言ってたろ?」
奏多の口から出た、わたしの母の名前に、きゅっと胸が痛くなる。
「奏多こそ、ちゃんとご飯食べてるの?」
「日和よりはまともに自炊してる」
隣を歩く奏多の姿をちらりと見る。すると奏多もわたしを見て、自慢げに言った。
「おれは一人でも、毎朝味噌汁作ってるし、昼は弁当作っていくし、夜はバイトの賄い食う時や、風子のお母さんにおかず分けてもらう時もあるけど、それ以外はちゃんとご飯作ってる」
「……偉い」
「偉いじゃないんだよ。お前ももっとちゃんとしろよ」
「奏多にそんなこと言われるとは思わなかった。大きくなったね」
「なんだそれ」
ふうっと笑うわたしの隣で、奏多があきれたようにため息をつく。そしてわたしから視線をそらすと、なんとなく空を見上げて、こんなことを言った。
「おれさ……ひとこと謝りたいんだよな。お母さんたちに」
わたしは黙って、奏多の横顔を見つめる。
「おれの本当のお母さんは、毎日仕事ばかりしてたから、あんまりおれと遊んでくれなくて。だからあの頃は、お母さんといるより、日和の家にいたほうが楽しかった」
――日和ー、かなたんが来たよー。
小さい頃、恵さんの陰に隠れるようにして座っていた、奏多の姿を思い出す。
「今なら、お母さんはおれを育てるために、必死に働いてくれてたんだってわかるけど……あの頃は全然わかってなくてさ」
奏多が夜空を見ながら、ふっと息を吐く。
「おれ、お母さんの前で、あんまり笑った記憶がないんだ。きっといつもふてくされてた、可愛くない子どもだったと思う。本当は一緒に遊んだり、一緒に笑って欲しかったんだけど、それも言えなくて……」
初めて聞く奏多の言葉。ずっと一緒にいたのに、わたしはそんな奏多の気持ち、何にもわかっていなかった。
黙ったままのわたしに振り向き、奏多が笑って言った。
「でさ、二番目のお母さんは、めっちゃ口うるさくて。飯食いながらテレビ見るなとか、肘ついて食うなとか……あー、この人ウザいっていつも思ってた」
そう、わたしの母は、お母さんを亡くした奏多を特別扱いするわけでもなく、自分の子どもと同じように接していた。
「だけどそれも、おれのことを思ってくれてたんだって、今ごろになって気づいて……あー、おれずっと、何やってたんだろうなんて最近思ってさぁ」
「奏多……」
「今さらこんなことに気づいても……もう遅いのに」
奏多のお母さんも、わたしのお母さんも、もうこの世にはいないから。
ありがとうも、ごめんなさいも、ごちそうさまも、おやすみなさいも……もう言うことはできないから。
「……大丈夫だよ」
すっかり大きくなった奏多につぶやく。
「大丈夫。お母さんたちは、ちゃんとわかってくれてるから」
「……そうかな」
「そうだよ」
奏多にそう言って笑いかける。奏多もわたしの前で小さく笑う。
ひとりぼっちの奏多と、ひとりぼっちのわたし。
まだまだ頼りないわたしたちだけど、お母さんたちは空からずっと見守ってくれる。きっと――。




