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「奏多は……」

 正面に座る風子ちゃんと目が合った。思わず視線をそらしたくなる衝動をぐっとこらえて、わたしも風子ちゃんだけを見つめて言う。

「わたしのたった一人の家族で……それ以上に、他の誰よりも大切な人、だと思ってる」

「それって……恋人としてってことですか?」

 八歳も年下の女子高生に、『恋人』だなんて言葉を投げつけられ、どうしたらいいのかわからなくなる。

 だけどここで目をそらしては、目の前の彼女に対して失礼だ。

「奏多が高校を卒業して、成人するまでは、わたしがすべての責任を負うつもり」

 ――かなたんが大人になるまで、わたしがちゃんと見届ける。

 そう決めたから。

「だけどその後、もし奏多がわたしでいいって言ってくれるなら……そういう関係になりたいって思ってる」

「……信じられない」

 わたしの前で、風子ちゃんがつぶやいた。


「だって小さい頃からずっと、本当の家族のように暮らしてきたんでしょ? そんな人のことを、どうしてそんなふうに思えるの? それとも最初から、奏多くんのことをそういう目で見てたんですか?」

「ううん、違う」

 わたしは首を横に振る。

 小さくて頼りなかった奏多のことは、本当の弟のように思っていた。わたしが守ってあげなくちゃって思っていた。

 だけどその立場が、いつの間にか逆転して……わたしが奏多に頼っているって気づいた時、わたしの中で奏多は、家族以上に特別な存在に変わったのだ。


「納得できません」

 風子ちゃんの声が少し震えていた。

「八つも年下の高校生のこと、お姉さんが本気で好きになるとは思えないし、奏多くんだって二年後に誰を好きになってるか、わからないじゃないですか」

 膝の上の両手をぎゅっと握る。

「わたしは納得できない。そんなあやふやな関係のために、奏多くんが進学をあきらめて、就職するのなんて、絶対おかしい」

「……そうかな」

 両手を握ったまま、わたしは一言ずつ、自分自身を確認するかのようにつぶやいた。

「奏多の進路のこと、ちゃんと話し合っていなかったのは、良くなかったって思ってる。でもね、奏多が自分で決めた未来は信じてあげたい。今までだってそうしてきて、ちょっと道から外れた時もあったけど、間違った方向へは進んでいないから」

「そんなの……」

「それにわたしは、今の気持ちを大事にしたい。確かに二年後には、どうなってるかなんてわからないけど……でも今の気持ちは本当の気持ちだから」

「……好きってことですか?」

 風子ちゃんがじっとわたしの顔を見つめている。

「奏多くんのことが、好きってことですか?」

「……うん」

 静かにうなずきながら、自分の気持ちを確認する。

 うん――わたしは奏多のことが好き。


 静かな居間の中に、柱時計の時を刻む音だけが響く。少し開いた窓から、生温かい風が吹き込んでくる。

 風子ちゃんは黙ったままうつむいていた。そんな彼女に、わたしは声をかけてあげることができない。

 やがて風子ちゃんが肩を揺らし、震える声でつぶやいた。

「あたしだって……好きなんです」

 わたしは黙って、風子ちゃんの声を聞く。

「二年生の時、隣の席になって、ノート貸してもらったり、勉強教えてもらってるうちに仲良くなって。話してると楽しかったし、笑ってくれると嬉しかったし。もっと近づきたい、ずっとそばにいたいって思うようになって。それで思い切って告白して、結果フラれちゃったけど、それでもあきらめきれなくて。誕生日にカード渡したり、おじいちゃんのアパートに住んでくれれば、近づけるかもしれないなんて、密かに期待したりして……」

 風子ちゃんの声が、涙声に変わった。

「あたし、ウザいですよね。こんな女、引きますよね。でもあたしだって、今の気持ちは本当の気持ちで……」

 その先は声にならず、代わりに泣き声が聞こえてきた。


「風子ちゃん……」

 ぽろぽろと涙をこぼし、声を上げて泣いている風子ちゃん。

 彼女を泣かせたのはわたしだ。

 大人と呼ばれる年齢のくせに、八歳も年下の高校生を好きになったりして……しかもわたしは、彼を守らなければならない立場だというのに。

 今、目の前で泣いている、奏多と同じ制服を着た彼女のために、わたしが身を引けばいいのかな。

 奏多は奏多の生活の中で、自然に知り合った同年代の彼女と、付き合ったほうがいいのかな。

 そんなことを一瞬だけ思い、わたしは小さく首を振る。

 ――今の気持ちを大事にしたい。

 ついさっき、自分で言った言葉じゃないか。

 わたしは今の気持ちを大事にしながら、自分に正直に生きていきたい。


「もう、ここで大丈夫です」

 バス停で立ち止まった風子ちゃんが、わたしを見て言う。

「今日は突然押しかけて泣いたりして……本当にすみませんでした」

「ううん、わたしこそ……ごめんね?」

 短い髪をさらりと揺らして、風子ちゃんはさっぱりした表情で、わたしに笑いかける。

「お姉さん、なんで謝るんですか? 謝られたら、あたしがみじめになるだけです」

「あ、ごめんなさ……」

 言いかけて口を閉じたわたしを見て、風子ちゃんは声を立てて笑った。

「お姉さんって、可愛いですね」

「えっ、全然そんなことないよ?」

「ううん、可愛いです。天然っていうか、しっかりしているようで、どこか抜けてるところとか」

 それ、奏多にもよく言われる。


「それからあたし、まだあきらめていませんから」

「え?」

「奏多くんのこと」

 にっこりと微笑む風子ちゃんの後ろに、バスのライトが見える。

「二年後、もしかしたら奏多くん、あたしに気持ち傾いてるかも」

「そうだね、二年後のことなんて、誰にもわからないものね」

 わたしたちの立つバス停に、バスが近づく。ヘッドライトの灯りに照らされながら、風子ちゃんが聞く。

「お姉さんの名前、何ていうんですか?」

「日和。日曜日の日に、和むって書いて日和」

「あー、そう言えば奏多くん言ってました。日曜日のお姉さんは、お日様の当たる縁側で、のんびりごろごろお昼寝ばかりしてるって」

「ええっ、そんなことないよ?」

 くすくす笑う風子ちゃんの後ろで、バスが停まりドアが開いた。

「日和さん。今度また、おしゃべりしに来てもいいですか?」

「うん。わたしなんかでよかったら」

「絶対来ます。それじゃあ」

 小さく手を振って、バスに乗り込んでいく風子ちゃんを見送る。

 バスの灯りが消えてから、なんとなく空を見上げてみると、ぼんやりとかすんだ月が、雲の隙間から顔を出した。

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