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「日和っ」

 息をのんで目を開ける。震える肩を誰かにつかまれる。

「い、いやっ、いやぁ……」

「日和、落ち着け! おれだよ!」

 薄暗い部屋の中で聞く声は、わたしのよく知っている声。

「……奏多?」

 目の前でうなずいた奏多がわたしを見る。

「なんで?」

「なんでって……お前が呼んだんだろ?」

 わたしが呼んだ?

 座り込んだ部屋の片隅に、わたしの携帯電話が落ちている。奏多はそれを拾うと、わたしに差し出した。

「お前が呼んだんだよ。おれのことを。『たすけて』って」

 携帯を握りしめ、奏多の声を聞く。

 わたしが呼んだ。わたしが奏多のことを――そして奏多はわたしの前に来てくれた。

 そう思った瞬間、こらえていた想いが、涙と一緒にあふれ出した。

「あの男に……会ったの」

「あの男?」

「六歳の時に別れた、お母さんの再婚相手。わたしのこと捜してたって、腕をつかまれて……」

 思い出したら、また体中が震えだした。その震えを止めようと、自分の両腕を抱え込むけど、一向に収まってはくれない。


「日和……大丈夫だよ」

 奏多のつぶやくような声を、泣きながら聞く。

「おれが来たから。ずっとそばにいるから」

 震える背中に奏多の手が触れる。そしてそのまま、体を強く引き寄せられた。

「おれがずっと……日和のそばにいるから」

 耳元でささやく声。わたしの髪を撫でる手。一番近くて一番遠かったそのぬくもりを、求めていたのはわたしのほうだった。

「奏多……」

 震えながら手を伸ばし、奏多の背中に回す。

「奏多……奏多……」

 すがりつくように、何度もその名前を呼ぶわたしを、奏多がきつく抱きしめた。


「月にウサギが住んでるって……本当に信じてたの?」

 部屋の壁に寄りかかり、一枚の毛布に包まれて、わたしたちは窓の外を見上げる。カーテンの隙間に見えるのは、あの頃と同じ丸い月。

「おれ、そんなこと言った?」

「言ったよ。あの頃の奏多は、すごく可愛かった」

 ちぇっと舌打ちするように、奏多がわたしから目をそらす。毛布の中で握り合った手は、ずっと離さないまま。

 そんな奏多がつぶやくように言う。

「知ってる? ウサギって、寂しいと死んじゃうんだって」

「そんなの迷信でしょ?」

「迷信じゃないよ。本当に寂しがり屋なんだよ」

 ゆっくりと視線を移し、奏多の目にわたしが映る。

「やっぱり日和はウサギみたいだ」

 目の前にいる奏多の姿に、幼かった頃の姿を重ね合わせる。

 あんなに小さな頃から、わたしたちは一緒にいた。奏多にはわたしが必要で、わたしには奏多が必要だった。

「奏多……」

 わたしの隣で、奏多がふっと微笑む。ぼんやりとした月明かりの中、穏やかな気持ちで目を閉じる。

 手を握りあったまま、ぎこちなく唇を重ね合わせたわたしたちのことを、お月さまだけが静かに見守ってくれていた。

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