18
「日和っ」
息をのんで目を開ける。震える肩を誰かにつかまれる。
「い、いやっ、いやぁ……」
「日和、落ち着け! おれだよ!」
薄暗い部屋の中で聞く声は、わたしのよく知っている声。
「……奏多?」
目の前でうなずいた奏多がわたしを見る。
「なんで?」
「なんでって……お前が呼んだんだろ?」
わたしが呼んだ?
座り込んだ部屋の片隅に、わたしの携帯電話が落ちている。奏多はそれを拾うと、わたしに差し出した。
「お前が呼んだんだよ。おれのことを。『たすけて』って」
携帯を握りしめ、奏多の声を聞く。
わたしが呼んだ。わたしが奏多のことを――そして奏多はわたしの前に来てくれた。
そう思った瞬間、こらえていた想いが、涙と一緒にあふれ出した。
「あの男に……会ったの」
「あの男?」
「六歳の時に別れた、お母さんの再婚相手。わたしのこと捜してたって、腕をつかまれて……」
思い出したら、また体中が震えだした。その震えを止めようと、自分の両腕を抱え込むけど、一向に収まってはくれない。
「日和……大丈夫だよ」
奏多のつぶやくような声を、泣きながら聞く。
「おれが来たから。ずっとそばにいるから」
震える背中に奏多の手が触れる。そしてそのまま、体を強く引き寄せられた。
「おれがずっと……日和のそばにいるから」
耳元でささやく声。わたしの髪を撫でる手。一番近くて一番遠かったそのぬくもりを、求めていたのはわたしのほうだった。
「奏多……」
震えながら手を伸ばし、奏多の背中に回す。
「奏多……奏多……」
すがりつくように、何度もその名前を呼ぶわたしを、奏多がきつく抱きしめた。
「月にウサギが住んでるって……本当に信じてたの?」
部屋の壁に寄りかかり、一枚の毛布に包まれて、わたしたちは窓の外を見上げる。カーテンの隙間に見えるのは、あの頃と同じ丸い月。
「おれ、そんなこと言った?」
「言ったよ。あの頃の奏多は、すごく可愛かった」
ちぇっと舌打ちするように、奏多がわたしから目をそらす。毛布の中で握り合った手は、ずっと離さないまま。
そんな奏多がつぶやくように言う。
「知ってる? ウサギって、寂しいと死んじゃうんだって」
「そんなの迷信でしょ?」
「迷信じゃないよ。本当に寂しがり屋なんだよ」
ゆっくりと視線を移し、奏多の目にわたしが映る。
「やっぱり日和はウサギみたいだ」
目の前にいる奏多の姿に、幼かった頃の姿を重ね合わせる。
あんなに小さな頃から、わたしたちは一緒にいた。奏多にはわたしが必要で、わたしには奏多が必要だった。
「奏多……」
わたしの隣で、奏多がふっと微笑む。ぼんやりとした月明かりの中、穏やかな気持ちで目を閉じる。
手を握りあったまま、ぎこちなく唇を重ね合わせたわたしたちのことを、お月さまだけが静かに見守ってくれていた。




