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携帯のアラーム音で目を覚ます。もそもそと布団から這い出して、いつものように階段を下りる。
朝食を作ろうと台所に立ったところで、わたしは一つため息をついた。
「……今日もパンでいいか」
冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに入れる。食パンを一枚焼いてバターを塗り、お皿にのせる。それを卓袱台へ運ぶと、わたしは黙って食べ始めた。
この家から奏多がいなくなって一週間。ひとりぼっちの部屋にはまだなじめない。
奏多のお弁当を作る必要がなくなり、なんとなく自分の分を作るのも面倒になった。
朝食も夕食も、ありあわせのもので済ませてしまう。
奏多がいたって、そんなに会話があったわけでもないのに、誰もいない部屋は恐ろしいほど静まり返っている。
「ごちそうさま」
つぶやいた自分の声が、当てもなく浮かぶ。
食器を運び、簡単に洗うと、わたしは鏡の前に立ち、髪をとかした。
――ひよちゃんの髪の毛、ウサギさんみたい。
肩先のあたりまで、まっすぐ髪をおろしたわたしは、あの頃のようなウサギさんでは、もうないのだ。
「日和!」
名前を呼ばれてハッとする。顔を上げると慶介くんがわたしのことを、あきれたように見下ろしていた。
「ったく、ぼうっとしてるんじゃねぇよ」
「……ごめんなさい」
慶介くんの手から書類を受け取る。
「一件ずつ領収書きっといて」
「はい」
うなずくわたしのことを、慶介くんはまだじっと見つめている。
「そんなに気になるの? あいつのこと」
「え?」
「奏多だよ」
そう言うと慶介くんは、わたしの隣の席にどすっと腰をおろした。
「もうほっとけよ。あいつが自分から出て行ったんだ。居場所もわかってるんだし、人様に迷惑かけてるわけでもなさそうだし……だろ?」
「うん」
ダメだな、わたしは。仕事中にぼんやりしたりして。
だけど、ずっと一緒だった奏多がいなくなって、わたしの中にぽっかり穴があいてしまったみたいなんだ。
わたしにとって奏多が、こんなに大きな存在だったなんて……いなくなって初めてわかった。
「日和。お前さぁ……」
ギシリと音を立て、慶介くんは椅子の背にもたれる。そしてわたしのことを、にらむように見つめてつぶやいた。
「お前、奏多のことさ……」
事務所の前に車が止まった。ドアが閉まる音がして、社長達の声が近づいてくる。
「いや。やっぱりいいや」
「慶介くん……」
ふっとわたしに笑いかけ、慶介くんが席を立つ。
ごめんなさい。ごめんなさい、慶介くん。
心の中でその言葉を繰り返し、右手でそっと自分の唇に触れる。
奏多とキスしたことは――誰にも言えない。




