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「ご迷惑をおかけして……本当にすみませんでした」
翌朝、事務所で頭を下げたわたしを、社長や社員のおじさんたちは笑顔で迎えてくれた。
「いいって、いいって。日和ちゃん、もう大丈夫なの?」
「体が一番大事だからね」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」
そう言いながら、ちらりと慶介くんを見る。だけど、腕組みをして、なんだか難しい顔つきをしている慶介くんを、それ以上見ることができなかった。
昼休み、誰もいない事務所でお弁当を広げていたら、外から慶介くんが帰ってきた。
「あ、お、お疲れさま……」
慶介くんは黙ったまま、わたしの隣の席にどすんっと腰かける。
うわ、怖い。やっぱり絶対怒ってる。
「あの、この前は、ごめんなさい。せっかく誘ってもらったのに、手を振り払ったりしちゃって……」
わたしのことをじろりとにらんだ後、ふうっと大きなため息を吐き、慶介くんはまたそっぽを向く。
「奏多。出て行ったんだって?」
「え、ああ……うん」
綾子さんに聞いたのかな。
慶介くんは、何かを考え込むように、指先で机をとんとんっと何回か叩いたあと、ポケットから携帯を取り出した。
「ちょっ、ちょっと待って! もしかしてまた、奏多に電話するつもり?」
「そうだけど?」
当然と言った顔つきで、慶介くんがわたしを見る。
「へ、ヘンなこと、言わないでね?」
「言わねぇよ。当たり前のことを言うだけだ」
当たり前のことって? おろおろするわたしの前で、慶介くんが携帯を操作する。
「あ、奏多か? おれだけど、今どこ? あ? 学校? 終わるの何時か教えろよ。あとアパートの住所も。は? 嫌だって? お前、ふざけんな。未成年のくせに勝手にアパートなんか借りやがって。大家に挨拶ぐらいさせろ、バカ!」
「慶介くん……」
わたしが声をかけても、慶介くんは話すのをやめない。
「自分一人で生きてんと思うな? 人に心配かけといて……そう、住所。ああ、わかった。じゃあ五時半に行くから、そこで待ってろ。逃げたらただじゃおかねぇからな」
そこまで言って電話を切ると、慶介くんは殴り書きしたメモをわたしに差し出した。
「五時半にここへ行けば奏多に会える。お前一人で行って来い」
「え、でも……」
「いいから行け!」
わたしにメモを押し付けると、慶介くんは事務所から出て行った。
バスに乗って、降りたこともないバス停で降りる。住宅街の中をしばらく歩くと、メモに書かれた住所に着いた。
「奏多……」
古い二階建てアパートの前で、制服を着た奏多が立っている。奏多はわたしに気がつくと、少し驚いた顔でつぶやいた。
「慶介さんが来るのかと思った……」
わたしはその場で足を止める。奏多がさりげなく、わたしから視線をそらすのがわかった。
「ご飯……ちゃんと食べてる?」
「……うん」
「学校も、ちゃんと行ってるよね?」
「行ってるよ」
何日かぶりに言葉を交わすわたしたちの間には、微妙な距離があいている。それはきっと、近づきすぎてしまった、あの雨の日のせい。
「慶介くんも、すごく奏多のこと心配してるんだよ。口は悪いけど」
奏多は何も言わずにうつむいている。わたしはそんな奏多に向かって言う。
「そのおじいさんってどこにいるの? 挨拶したいから教えて?」
奏多がゆっくりと顔を上げる。
「わたしが止めても出て行くんでしょ? 奏多がそうしたいなら、そうすればいいよ。引き止める権利なんて、わたしにはないから……」
夕焼け色の空の下、奏多の茶色い髪に西日が当たって、なんだかすごく綺麗だった。




