13
あの日雨に濡れたせいか、わたしは熱を出し、寝込んでしまった。
会社を二日休んだ夜、心配した綾子さんが、わたしの家まで駆け付けてくれた。
「もう熱は下がったのね? 食事はとれてるの?」
「いえ……全然食欲なくて……」
「少しは口にしたほうがいいわよ。何か温かいものでも作るわね」
「本当にすみません。仕事もお休みしちゃって」
布団の中でつぶやくわたしに、綾子さんは優しく笑いかける。
「いいのよ、気にしないで。奏多くんはアルバイト?」
綾子さんの声を聞きながら、ぼんやりした頭で、二日前の出来事を思い出す。
「奏多は……出て行っちゃったんです」
「出て行った?」
「友達のおじいさんのアパートを、貸してもらうからって……二日前に、ほとんど何も持たないまま……」
「あら、まぁ……」
そうつぶやいた綾子さんは少しの間黙り込んで、だけどすぐに笑顔に戻ってこう言った。
「心配だけど……きっと大丈夫よ。奏多くんはしっかりしてるから」
「でも……あの子、まだ高校生なのに」
ふっと笑った綾子さんが、少し懐かしそうな表情で話し出す。
「実は奏多くんが中学生の頃ね、何度か慶介がうちに連れてきて、一緒にご飯を食べたりしたのよ。日和ちゃんには内緒で」
「え、そうだったんですか?」
一緒にお邪魔したことはあったけど、奏多が一人でお邪魔しているなんて知らなかった。
「あの頃、奏多くんが言ってた。日和ちゃんには反抗しちゃうけど、嫌いじゃない。日和ちゃんは、昔からずっと変わらない優しいお姉さんで、だけど自分だけが変わっていく気がして、どうしたらいいのかわからないって」
「奏多がそんなことを?」
綾子さんが静かにうなずく。
「きっとね、奏多くんも戸惑っていたんだと思うの。自分の周りと自分の変化に。それで人に迷惑かけたりもしちゃったけど、そんな時日和ちゃんが飛んできて、自分のことのように謝ってくれたって。この子のしたことは、全部わたしの責任だから、全てわたしが責任とりますって、はっきり言ってくれたって」
やだな……すごく恥ずかしい。あの頃はただ必死で、自分がそんなことを言ったかどうかも覚えていないのに。
「奏多くんはね、そんな日和ちゃんの姿を見て、自分もちゃんとしなくちゃって思ったそうよ。だから大丈夫。奏多くんは真っ直ぐ生きてる。決して間違った道へ進んだりはしないわよ」
綾子さんの前でこくんとうなずく。なんだか胸がいっぱいで、上手く言葉が出てこない。
そんなわたしに微笑みかけ、綾子さんが優しく言う。
「あったかいスープでも作るわね。台所借りてもいいかしら?」
「……はい」
「じゃあ、少し待っててね」
立ち上がった綾子さんが、静かに部屋を出て行く。わたしは布団を頭までかぶって、そっと唇に指を当てる。
奏多に触れられた時、わたし嫌じゃなかった。奏多だったから、怖くはなかった。
大切に大切に守ってきた奏多に、実はわたしも守られていたってこと、今になってやっと気づいた。




