10
翌朝、眠気をこらえながら台所へ立つと、昨日ラップをかけて冷蔵庫へしまったお皿が、綺麗に洗われて、食器かごの中に並べてあった。
食べたんだ。奏多。
冷蔵庫の中をのぞくと、チョコレートケーキもなくなっている。
ちょっとだけホッとした気分になって、お弁当の支度にとりかかろうとすると、わたしの背中に声がかかった。
「弁当……いらないから」
驚いて振り返ると、制服を着た奏多が立っていた。
「あ、今日はお弁当ない日だっけ?」
そう言いながら、昨日慶介くんに言われた言葉を思い出す。
――ひとりの女として、見てると思う。
どうしよう。奏多の顔をまともに見れない。
「違う。これからずっといらない。バイト代で昼飯買うから」
「え、そんな、もったいないよ」
「朝飯もいらない。学校で食う」
「な、なんで?」
バッグを肩にかけ直し、背中を向けて歩き出す奏多のことを追いかける。
「ちょっと待って! 奏多、わたしのこと、まだ怒ってるの?」
玄関に座り込み、靴を履いている奏多に言う。
「ごめん。勝手に人のもの見たのは、悪かったと思ってる。奏多が嫌なら、もう絶対奏多の部屋入らないし、それに……」
「もういいよ。そんなの」
わたしの言葉を遮るように、奏多がつぶやく。
「別にもういい」
「じゃあ、朝ご飯ぐらい、うちで食べて行きなよ」
だけど奏多はわたしに振り向かないまま、玄関のドアを開く。
眩しい朝日が差し込んで、一瞬目を閉じたわたしの耳に、聞き慣れない声が響いた。
「あ、奏多くん! ちょうどよかった」
静かに開いたわたしの視界に、奏多に駆け寄る女の子の姿が見える。
「今ね、間違えて隣の家に行っちゃったの」
奏多と同じ制服を着た彼女が、そう言いながら笑っている。後ろ姿の奏多が、どんな表情をしているのか、わたしにはわからない。
「ほら見て。約束通り、ちゃんとお弁当作ってきたよ」
そう言って、可愛らしい絵柄のついたランチバッグを、奏多に見せている彼女。
わたしの頭に、バースデーカードに書かれた丸っこい文字が浮かんでくる。
「あ……」
ふと、わたしのことに気づいた彼女が、小さく頭を下げた。短い髪をした、運動部にいるような、活発そうな女の子。
わたしは少し戸惑いつつも、同じように挨拶をする。
「お姉さん?」
小声でささやく彼女の脇を、奏多が自転車を押しながら、早足で通り過ぎる。
「行こう。風子」
「あ、うん」
風子と呼ばれた女の子が、もう一度わたしに頭を下げ、奏多の後を追いかけるようにして去って行く。
わたしはそんな二人の姿を、ただ黙って見送るだけだった。
その日は仕事でミスばかりしてしまい、そんな自分が許せなくて情けなくて、もう本当に最悪だった。
「そんな日もあるわよ」
そう言ってさりげなく、増えてしまった仕事のフォローをしてくれた綾子さんには、頭を下げっぱなしだ。
なんとか一日の仕事を終わらせて、机の上を片づけながら、社長の席を見る。
社長と明日の打ち合わせをしている慶介くんとは、今日はまだ一言も話していなかった。
「お先に失礼します」
社長が「お疲れー」と手を上げて、慶介くんがわたしを見た気がしたけど、声をかけられる前に逃げるように事務所を出た。




